第7章 死返玉 ~屠る少女
第121話 自然の中で
「ああっ、見えてきましたよ。あれです、あれ」
横を歩いていた
「あ、ああ、そうだな」
気のない返事をしてしまったせいだろうか、ふり向くと、こちらの顔をじろりと見て、彼女は言うのだ。
「先輩、元気無くないですか?」
「そんなことは無いさ。菊理が元気過ぎるんだよ」
「じーっ、……」
この子は頭の良い子だった。
隠し事はできそうにない。
自分はタダでさえ顔に出るタイプらしいから。
なら――
「後、その、何ていうのか……俺、実は女の子と二人で休日出かけるのって初めてだからさ、緊張してるんだ」
「ええっ、初めてなんですか!? 遠山先輩とは幼馴染なんですよね? キョウケンってウチの学校でも綺麗だったり可愛かったりする先輩が揃ってると思うんですけど……」
正直に言い過ぎたか、まさかこう攻めてくるとは。
そういえば、八重の部屋にはラブコメらしいタイトルのライトノベルも多かった記憶がある。
「菊理、お前忘れてるだろ、俺、この四月にこっちに引っ越してきたばっかりなんだって」
「でももう2ヶ月以上たつわけですよね? 恋愛に時間は関係無いと思うんですけど。あれ、じゃあ東京にいたときも……」
痛いところをついてくる。
「俺べつに勉強できるわけでも、スポーツできるわけでもないからさ。モテる要素なんて皆無だと、賢いお前ならわかるだろう!」
つい力説してしまった。
あっけにとられた顔をする菊理。
ごめん、とすぐに彼女に謝ると、くすりとしてこう言うのだ。
「大事なのは、先輩が自分のことをどう思うのかではなくて、女の子が先輩のことをどう思うのか、ですよ。なるほどなるほど、自分のことって自分ではわからないと言いますが、よくわかった気がします」
頷いている。
納得している。
不本意ではあったが、これで彼女の問いを躱せたなら良しとするか。
市花と似たようなしゃべり方なのは、きっとキノセイだと思いたい。思いたいが、絶対に先輩市花の受けてはならない影響をたくさん受けていそうなのは間違いなさそうだ。
「よーし、じゃあ、気合い入れてやるか! パターゴルフ!」
この声に真面目な顔で頷く菊理。
そう、今日は彼女と二人で、パターゴルフ場にやってきたのだ。
なぜって……それは……
――――――――――――
「波瑠先輩、今日も静かですね」
「そうだな」
目の前の波瑠先輩は、投げかけた言葉に相づちをうってはくれるが、やはりあの時と同様、心ここに無いように思える。
お昼。
社会科準備室で今日も食事をとる。
キョウケン女子四人の行方不明事件も解決し、変わらない日常に戻ったはずではあったのだが、実際にはそうはならなかった。
いつもすり寄ってきてくれる佐保理は、あれからしばらく学校を休んでいる。
自分が彼女の家に行こうとしたら、なぜか
下駄箱のところで。待ち構えていたかのように。
彼女の十種の力を以てしても、自分の思考は読めないはずなのだが、
『今はあなたが行かない方がいいわ。
『で、でも……』
『彼女が選べるの? 好きだって言えるの?』
『そ、それは……』
『なら、今はやめておきなさい』
こう言われてしまうとそれ以上食い下がれなかった。
乾達、具体的には、乾と市花、直の三人は足繁く彼女の家に通っていたらしい。
朝の登校時に直から聞いた話では、最初は家に入れて貰えず、すごすごと引き返すしかなかったそうだが、ある日から部屋に入ることができるようになったとか。
『もう、ポ……
最初に入ったときの言葉がこれだったという。
しかも顔を赤くして。
細川さん何をしたんだろう? と首を傾げる直だった。
多分、文字通り強引に入ったんだろう。体を透過させて。
乾は、屋上にいた一年前の佐保理の心を開かせたのだ。
同じことなら、きっとできてしまう。
そして、乾の一年前の話から、これであの時の屋上の四人が揃ったことになる。
「きっと同じことになる」という過去の直の言葉どおりで、彼女たちに必要なのは時間だけだった。
もちろん、直にも市花にも、乾に聞いた話は全く伝えていない。
佐保理も、多分あの時は寝ていたんだろう。
不器用な彼女は人にも自分にも嘘をつけるとは思えないから。
しばらくして、佐保理は学校に来れるようになったようだ。
ようだ、というのは、直に「とらはまだダメ」と釘をさされて会わせてもらえてないからだ。
直と市花のガードは完璧で、後ろ姿どころか、つま先すらも拝ませてもらえていない。
ただ、学校に毎日来ているのだとは思う。
お昼に直と市花が社会科準備室に来なくなっているから。
今日も二人はいない。
代わりに入り浸るようになった生駒会長に波瑠先輩がこの前言っていた。
『穴山のこと、ありがとう、
『し、仕方ないでしょ。私も鬼ではないし、そもそも屋上を立ち入り禁止にしたのは安全のためなんだから』
波瑠先輩がくすりと笑い、また静寂が戻る。
この感じ、四人は屋上にいる。間違いない。
それなら大丈夫だろう。
ちょっと様子をのぞいてみたくはあるが、乾のあの話を聞いてしまっては自分の興味で邪魔をしていいもののようには思えない。
というわけで、放課後も三人が部活に来ないのは黙認されていた。
しかし、裏を返せば、波瑠先輩と自分しか部員がいないわけで、佐保理の事件前から調子の悪そうな先輩をひとりにするわけにはいかない。
そう思っていたのだが、生駒会長が余りに自然にいつもいるので、自分が必要ないのでは、むしろ邪魔なのではとも思えてきたほどだ。
『生駒先輩……いくらなんでもキョウケンに来すぎじゃないですか』
言いたいけど言えない、もどかしさ。
考えてみると、生徒会も乾がいない上に、冬美も休んでいる。
この前のあの様子だと、イケメン副会長先輩は、十種案件にはノータッチのようだから、十種について動くのであれば、波瑠先輩もいるキョウケンの部室のほうがいいのかもしれない、しれないが。
ちなみに冬美は、大蛇の力を極限まで使ってしまうと、しばらく動けないほど衰弱してしまうとのことだ。
四月にそのことを教えてくれていたら……でもこれは今だから言えることなのだろう。
ともかく、冬美はまだ学校に来れない状況なのは確かである。
二人の先輩の間の微妙な空気を感じながら、お弁当をつつく。
波瑠先輩は、いつもどおりため息をつきながら物思いにふけっている。
生駒先輩は、横目でそれを見ながら、優雅な手つきで食事をしている。
何のために一緒にいるのかよく分からない。いたたまれない。
空気を読むという言葉があるが、これでは空気があるのかもよくわからない。
皆、早く戻ってきてくれ。そう願わずにはいられない。
そんなことを考えていたら、つんつんと突然隣からつつかれた。
はずみで、箸にもっていたじゃがいもを落としてしまう。
運良く、弁当箱の中に着地したものの、文句が言いたくなった。
「こら、急に何するんだよ、菊理」
「じゃがいもを箸で持ったまま五分以上も硬直されていたので、その、もしかして寝てしまわれているのではないかと思ったんです」
「そ、そんな。乾じゃないんだからさ」
心配そうな顔でこちらを見ている彼女。
どうやら賢い彼女にはすべて筒抜けらしい。
「やっぱり顔に出てるのか」
「そうですね、穴山先輩への心配、目の前の先輩お二人への気遣い。それから……あたしにも何かあるんですか?」
鋭い、そして最後のこれはカマかけなのか!?
しかし、まだ彼女に言うには、心の整理がついていない。
「そ、そりゃ気になるさ。何で菊理がここにいるんだろうなって思うし。お前は市花が目当てで来てたんだろ?」
「それは……そうですけど。あの屋上は割り込むの無理ですよ」
「だよな。でも、それだったら別にここに来なくてもいいんだぞ」
いきなり来なくなったら薄情だと思われるのでは無いか、それで菊理は来ているのだ。そう思って、先輩らしく優しく言ってやった。
すると、菊理は、他の二人の様子を窺いつつ、いきなり近づいてきて耳元で囁いたのだ。
「だってあたしがここで抜けちゃうと、秋山先輩一人になっちゃうんですよ。いいんですか?」
耳にかかる彼女の息に、ドキリとした。
いやいや、そんなことを考えてはいけないと首を振る振る。
「でしょう。もー、あたしだって好きでいるわけじゃないんですから」
好意的に解釈してくれたらしい。助かった。
しかし、こう近くで見ると、整った睫に、丸みを帯びた頬のライン、蠱惑的な唇。先輩の女性陣を綺麗だ、可愛いとはいうが、彼女も十分可憐で可愛いと思える。
「あ、ありがと、な」
「じゃあ、ありがとうついでに今度の日曜日。あたしと一緒にお出かけしてもらえますか?」
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