第122話 気になる二人
「ここは十八ホール、パー七十二、五百六十七ヤードある本格派のパターゴルフ場なんですよ」
目を輝かせていると言っても過言ではないほどに。
「そ、そうなのか、それはよくわからんが凄そうだな。でも俺、はじめてなんだけど大丈夫かな?」
パターだけ使うゴルフだということくらいはわかる。
しかし、全くやったことがないことはやはり不安である。
菊理に格好悪いところを見せたくない、というのは、もちろんある。
最初にこう言っておけば、もし上手く出来なくても、ということを考えないやつは……男ならいないはずだ。
「秋山先輩は器用な方ですから、きっと大丈夫です。第一あたしのほうが力の調節は大変なんですからね。でも、学校ではないので失敗してもきっと困るのは先輩くらいでしょうし、今日はあたしも存分に楽しませてもらいます」
なるほど、自分が誘われた理由がわかった。
市花だと彼女としても気を遣わないわけにいかないのだろう。
ちょっと不本意ではあるが、この笑顔を見ては、どうでもいい。
しかし、元気良くニコリと笑う彼女の裏にあるモノに、同時に気が付く。
なぜなら、加減を間違えれば物でも人でも壊してしまう力なのだから。
自分の一挙手一投足に気をつかわねばならない。
それはとても辛いことだろう。
他の生徒の体に触れることのある競技や、自分の体では無いために制御の難しい球技は嫌だと本人が言っていたのも頷ける。
これだけ広ければ危険も少なそうだし、今日は先輩らしく周りに配慮して、彼女には気にせず存分に楽しんでもらおう。
「でも、普段学校行くのに使ってる電車の沿線にこんなとこがあるなんて知らなかったよ」
菊理から、目的地が自宅から学校の最寄駅までの途中にあることを聞いた時には驚いたものだ。自分がいかにまだこの土地の初心者であるか思い知らされた。
「この辺りでは結構有名なんですよ~。ほら、あの有名な名古屋のアイドルグループOSU48が番組でここで勝負してたりもしてましたし」
「駅からもうちょっと近いといいんだけどな」
このパターゴルフ場までは最寄駅から歩いて二十分以上かかった。
「やっぱり都会っ子なんですね、先輩は。そもそも田舎は車無しで遊びに行けるところが少ないですから、電車だけで来れる分、これでも立地としては良い方なんですよ。自転車だとどうしても行ける範囲が自宅周りに限られますし」
「そんなもんか」
「そんなもんです。あたしが一度行ってみたいアウトレットモールとか、車無しだと、最寄りの駅からバスで三十分ですよ三十分」
「バスで三十分か……車の無い高校生には辛いな」
「往復のバス代でここのパターゴルフ代が出ちゃいます。プラスで電車代ですからお財布にも痛いですよ」
「親御さんに送ってもらうとか……そうだ、菊理、お前なら本気だせば一キロ一分かからないんじゃないのか? スピードあげれば、姿も見られないだろうし」
「秋山先輩、あたし一人だったらそれでいいですけど、その、それだとデートにならないじゃないですか」
デート、そうか相手がいるのか。
なら菊理にお姫様だっこしてもらって……あれ、何で自分で考えているのだろう。ここは市花が妥当ではないか。
「先輩、また何かひとりで考えてませんか?」
じーっとこっちを見てくる菊理。
「い、いや、菊理が好きになる男ってどんなやつかって妄想してたんだよ」
「……」
菊理は、じーっとこっちを見つめたままだった。
「何だよ、何か変なこと言ったのか? 俺」
「いいえ、何でもないですよ。そろそろコース周りましょう、先輩」
体をくるりと翻し、彼女はパターゴルフという看板の出ている、大きめの小屋のような建物の中に入っていった。
自分も続いて入る。
正面にはカウンターがあり、右手にパターがたくさんならんでいた。もちろんパター一種類ではあるが、サイズが豊富な感じだ。
カウンターで利用料を払い、パターとゴルフボールを借りる。
菊理は、ホームページから印刷してきたという割引券を見せて、割引してもらっていた。
ちゃっかりしている。
いや、複数人有効なもので自分も恩恵を被っているのだから、そんなことを言ってはいけないか。
しっかりしている。
こっちだ。
「秋山先輩、こっちですよ~こっち」
菊理の呼ぶ声に従い進むと、最初のホールに辿り着いた。
自分にとって初めてのパターゴルフ。
彼女にとってもそうだったらしい。
やはり、力の加減は難しいようで、菊理が最初の一撃で転がしたはずの玉はその刹那姿を消していた。
頑張って探すこと探すこと。
近くの木にめり込んでいるのを発見したときには、人に当たらなかったことを二人で天に感謝してしまった。
「むー、力を入れず振りは重力にまかせて、手は支えて当てるだけ、がポイントですかね……」
「うん、次はそれで頼む。最悪俺に当たっても俺は死なないけど、一応他にもお客さんいるみたいだからな」
このパターゴルフ場は、それなりに盛況らしく、見回すと、他のコースに人影がちらほら。コース同士隣接していることもあり、ちょっと気になる。
「むー……はーい」
不服そうではあるが、やむを得ずといった感じで頷く菊理。
その後は、地面にパターがめりこむアクシデント等はあったものの、コースアウトはあまりしなくなった。
考えてみると、彼女は日常生活を普通に送れているのだから、力の調節のコツさえつかめばこなせるだけの器用さはあるのだろう。
恐ろしいことに、コースを半分回った頃には、パーの回数の範囲でカップインさせることができるようになっていた。
それでも、上手くいくとやはり嬉しいらしく、カップインの度にはしゃぐ。
無邪気なその笑顔に、吸い込まれそうになる。
「ん?」
彼女はふとこちらを見上げると、じーっと見つめる様にして言った。
「あたし、秋山先輩と来て良かったって思います」
「え、何だよ。急に」
「何て言うのかな、先輩って、しっかり面倒見てくださるというか、あたし自身を見ていてくださるというか、あたしとしてはそれが嬉しいんです」
いきなり褒められた。
奉仕の心が認められてたのだとしても、ちょっと嬉しい。
今の顔はだらしないだろうから、誰にも見せられない。
それも楽しんでいそうな目の前のこの子以外には。
「これであたしだけを見てくれるのなら……」
「うん?」
「……何でもありません。次のホールいきましょう」
やや強引に話を切ると、彼女は既に歩き出していた。
何だか前屈みな上、右手と右足が同時に出ている。
ちょっと危ない気がする。
「あっ」
言わんこっちゃない。
見事に他のお客さんとぶつかった。
そしてパターを手放し、尻餅。
「だ、だいじょうぶか? あ……そうだお怪我は」
菊理を支えて立たせてから相手がいることに気がつく。
見上げると、自分より少し背が高い男性。
男性……というよりは、自分に年が近いから少年か?
「ああ、大丈夫、大丈夫……気にしないでいいから」
彼は軽い感じだった。
良い人そうでホッとする。
ここで、まだ注意が足りなかったことに気がつく。
「ちょっと、あなた気をつけなさいよ。ジョー
菊理に怒りをぶつける少女。
髪の毛を左右それぞれ結び下げる、いわゆるツインテールと呼ばれるその髪型は一見可愛い印象を与えたが、彼女の言動は厳しかった。
彼のツレなのだろう。
「ごめん、こっちが不注意だった」
「何、あなた、この子のお兄さん?」
急にそんなことを言われても困ることを言われた。
いや、何を困っているのだろう。
先輩……だよな。
「お兄さんならちゃんと妹のこと見てあげてよね、全く」
「お、おい
「ジョー
捨て台詞のようにそれだけいうと、くるりと回って立ち去ってゆく。
「すまないな。兄の俺のことになると、いつもああなんだ。そっちも兄妹なら、何となくはわかるだろ……じゃあな」
彼は、ニコリとすると手を振って彼女の後を追いかける。
「……」
「どうした菊理、どこかいたむのか?」
「お兄ちゃん……か」
「兄妹にさせられちまったな。ああ、でも菊理が妹なら悪い気はしないぞ。むしろこんな可愛い妹は嬉しい!」
フォローになるかわからないが、とりあえずヨイショしておく。
「やっぱり先輩も『お兄ちゃん』て呼ばれたいんですか? いいですよ……お兄ちゃん」
これ以上ないという可愛らしい微笑みを作ってのお兄ちゃん……。
魂を全て奪われるというのはこの状態のことを言うのだろう。
「ちょ、ちょっと先輩。抱きつかないでください!」
顔を両手で押されて抵抗された。
危なかった。
捕まるところだった。
何という破壊力だ、菊理の『お兄ちゃん』。
「もー、手加減しながら抵抗するのは大変なんですからね。次は命の保証はいたしかねます……」
言いかけて、考え込んでいる。
「まだ、何かあるのか」
「あのお兄さん……いいえ、これはあたしの気のせいかもです」
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