第50話 乱入者
突進する虎を光線が襲う。
左の剣で受け止め散らし、右の剣で大蛇の頭に一撃を喰らわす。
大蛇の頭は一瞬ふらつくが、次の瞬間猛然と虎に牙を向けて襲いかかる。
虎は、左に捌き、かろうじて躱すことに成功。
二刀流は虎自身が思っていたよりも有効に機能していた。
これは、おそらく、左右の八握剣が、共に身体と一体化しており、腕の延長のように重さを感じること無く振ることが可能だからだと思われる。
佐保理には本当に感謝しなければならない。
この二刀流は彼女の力無しには有り得ないのだから。
彼は、引き続き、大蛇の隙をついては攻撃を繰り返す――
「やはり、オリジナルの『八握剣』でも、この変身を解くのは無理なのか」
腕を組んだまま難しそうな顔をして、波瑠が呟く。
彼女達は、武道場内の少し離れたところに、安全な場所を確保し、二人の勝負を見守っていた。
「無理じゃな。『八握剣』は、不浄なるモノを切り裂く剣。あれは神獣であることをさておいても、そもそも十種の力により変わり身したものであるからの」
「え、でも私の時は……」
佐保理が、つや様に何かを言いかけ、口ごもる。
そんな彼女の意図を理解してか、つや様は優しい口調で答えた。
「十種の力は、他の十種の所有者そのものには効かぬのだ。『辺津鏡』の場合、作り出したものは、そなたの身体とは別であるから、『八握剣』で斬ることができる」
「なるほど、『蛇比礼』の大蛇は、蒲生自身であるから、斬れないということか、つや様」
「そのとおり。あの光線は、斬り裂き消滅させることができるがの」
二人の会話に、佐保理も理解した風で、頷く。
「そういえば、穴山、お前は大丈夫か?」
佐保理を気遣う波瑠。
「まだ、余裕あるみたいです。一度、全力を使い切る経験をしておいて良かったの、かも」
「ほぼ本物と変わらぬ『八握剣』に加え、この防御壁を作り、まだ余裕があるのか、そなたは」
つや様が驚いている。
そう、波瑠が気遣った理由もそれであった。
彼女達の目の前に展開されている透明な防御壁。
これは、佐保理が辺津鏡で作り出したものだ。
戦いを見守る関係者、何よりも負傷者である
最初、波瑠は具を保健室に連れて行こうとした。
しかし、具が騒ぎを大きくしたくないと言いはるので、やむを得ず、脱臼していた具の腕を波瑠が処置し、武道場に備え付けられていた救護キットを用いて、市花が包帯を巻くなどの手当を行った。
市花は看護の心得があるのだ。
具の、最後まで戦いを見届けたい、という希望に誰も否とは言えず。
今、彼女は武道場の片隅で、虎と蒲生の戦いを観ている。
武道場にこれ以上の傷がつかないようにしてほしい、という彼女の願いもあり、防御壁はこの武道場の壁際、床にも展開されている。
パッと見では、見えないが、虎が捌いた光線が壁に命中しても傷ひとつつかないことから、その存在がわかる。
全ての維持に要する力を考えると、佐保理の力はとんでもないものと考えられよう。
「もしかして、つや様、私褒められてますか? 剣の持ち主に本物っていわれるのはとっても名誉です!」
嬉しそうにはしゃぐ佐保理。
「うむ、褒めておるぞ。この短期間で良くそこまで十種を使いこなすものよ。十種に呪われるものは、その十種に相応しき心、力の持ち主であるが、そなたの力は、妾の時代の使い手にいささか劣らぬ」
つや様はどこか遠くを見ているようだった。
その瞳が見つめるのは、遥か過去か。
「そっか、つや様の時代にも、『辺津鏡』の持ち主はいたんですね。どんな方だったんですか?」
「そなたに似ておる。夢想家でな、突拍子も無いことをよく言うのだが、大事なときには皆を支えてくれる、実は芯の強い、そんな
「つや様の時代の私か……あれ? 何だかおかしなこと言っちゃったかも」
「よいよい。妾もそなたを初めて見たとき、かの
「ということは、『沖津鏡』の持ち主は、北条先輩に似てるんですか?」
「言い方に遠慮の無いところは、そっくりじゃの」
「つや様、私はそんなに言い方ひどいのか!?」
「その自覚のないところも似ておる。生き写しとは、そなたらのためにあるような言葉かもの」
「む、むう」
「もっとも……あの方がおらねば、妾は『絶望の時』には抗えなかったのだがな」
これは、小さく、小さく呟きのような声であったため、何を言っているのかまでは、波瑠には聞こえなかった。
「何か言ったか? つや様」
「何でもない」
「あっ、危ない!」
叫ぶ佐保理の視線の先で、虎がバランスを崩して転倒していた。
大蛇の首がここぞと、そこをめがけて、一直線に向かうかと思いきや。様子を窺うように、彼が、立ち上がるのを待っている。
そして立ち上がったのを確認すると、光線を吐きかける。
虎は間一髪という感じで、それを右手の剣で跳ね返した。
「遊んでるんですか、冬美さん……」
佐保理でなくとも、見たものはそう思わずにいられない。
「殺気が無いからのう。最初くらいじゃ、あったのは」
「あの十種の呪いのせいで、試合には半端にしか出られず、練習にも参加できなかったんだろ。浅井が調べたところでは、クラスにもあまり溶け込んでなかったようだし、そりゃ何も気にしないで体を思う存分動かせれば、楽しいだろう」
「『清姫』を気にして……私と一緒だったんだ、冬美さん」
佐保理はまたも嬉しそうにしている。
冬美との共通性を見いだせたことは彼女にとって喜びであったのだ。
そんな彼女の顔を見ながら、波瑠が手を打つ。
「そうだ、思い出したんだが、『清姫』って、日本のとある伝説にある、大蛇になった少女の名前なんだな」
「伝説? どんなお話ですか?」
「お坊さんに恋をして、彼女はそれとなく振られるんだ。『また会えるから、またね』ってな。頑張って追いかけて再会したときには、『君なんて知らない、別人じゃない?』とか他人のフリまでされてしまう」
「お坊さんひどいです!」
「ひどくはないさ。そもそもお坊さんは恋とかしちゃいけないんだ。悟りの妨げになるからな。もともと叶わぬ恋なんだよ」
「それなら私悟れなくていいです!」
「そのお坊さんはそうでもなくてな。それで振られた彼女は、愛しさの余り、彼を追い続け、いつしかその姿が大蛇になり、最後は自分に嘘をついていたことがわかってしまったから、炎を吐いて彼を焼き尽くすんだ。そして、その後、悲しみのあまり湖に身をなげる」
「ええええ!」
あまりにあまりなストーリーに衝撃をうける佐保理。
「おそらく、自分が大蛇になることを意味しての名称であって、別に男性に危害を加えるとか、入水するとか、そのあたりは含んでいないとは思うがな。なかなか洒落た愛称を十種につけるものだ」
「では、ダーリンは、大丈夫?」
「あいつは嘘つかないからな。大丈夫だろう。お前のライバルが増える可能性は高いがな」
「ええええ?」
「そなたたち、前を見よ、終わるぞ」
それまで、武道場の半ばを覆い、神秘的な光に包まれていた神獣は、光を失い、地にその身を投げ出した。
大きさが急に小さくなってゆき、最後にはうつ伏せの人の形をとった。
虎は、彼女が裸であることに気づき、赤くなって後ろを向く。
「冬美さん!」
タオルを持って、佐保理が駆け寄る。
その前に、立ち塞がる影があった。
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