第57話 Heaven

「天の浮橋」


 虎は、目の前にある吊り橋上部の板に書かれた文字を読んだ。

 天に浮く橋ということか、そのままではないか。




 ゲームコーナー脇のテーブルにて、クレープおよび大阪焼きでの腹ごなしが終わった辺りで、波瑠が一同に確認したのだ。


「遊園地はもう、いいよな?」



「そうですね、乗り物チケットも、もう買い足さなきゃだし」


 直は、こんなときも、やはり、しっかりしている。

 冷静に考えると、かなり遊んだものだ。



「ビックリハウスで秋山くんの泣きっぷりは撮影・録音も含め堪能しましたので、この上、お化け屋敷まで連れて行くというのも野暮ですね」


 市花は、こんなときも、市花だった。

 いやその、撮ったものと録ったものを差し出してほしいのだが。



「思い出、たくさん、作れました」


 佐保理は……この笑顔を保存しておきたいくらいだ。



 うん、どうせ、俺に発言権は無いから、他の三人が良いなら良いとしておこう。

 虎は前向きな卑屈さを、心の中で呟いた。



「ふむ、皆の口ぶりでは問題なさそうだが、本当に大丈夫か、一応テストさせてもらうかな、」


「て、テスト?」


 波瑠の抜き打ちっぷりに虎は狼狽する。


「当たり前だろう、秋山。人生、評価というものはつきものだぞ」



 夢の国で、ここまで夢の無いことを言われるとは思っていなかった。



「では一問目」


「波瑠先輩……ちなみに何問あるんですか?」


「百問くらいあったほうがいいか?」



 開始時のツッコミで、スムーズに入れなかったため、どうやら機嫌をそこねてしまったらしい。



「すみません、野暮でした」


 謝る謝る。


「わかればいいんだ。ちなみに回答者は誰でもいいからな」


「優しいんですね」


 ヨイショは忘れない。


「フッ、では一問目、ワンダフルランドの観覧車の高さは……」


「ご、五十メートル!」


 我ながら速い速すぎる、とうそぶく虎。


 しかし、目の前の波瑠は残念そうな顔。


「まったく、お前は人の話をちゃんときかないから、クイズにも向いていないな、秋山」


「ど、どういうことですか?」


「今の問題は、『ワンダフルランドの観覧車の高さは五十メートルですが、観覧車の中央部に描かれているキャラクターの名前は何でしょう?』だ。『中央部』あたりからが早押しの勝負所だぞ。こんなのクイズ番組の基本だろうが。今まで何を学んできたのだ、お前は」


 いつの間に、クイズ研究会になったのだろう。


 そうは思いつつも、もうこうなっては、いたしかたなし。


「すみませんでした……」


「はいはい、私わかります!」


 佐保理が右手を挙げてアピールしている。

 トーンの下がった虎とは対照的だ。


「よし、穴山!」


「ワンダフルフルくんです」


「正解だ。ワンダフルランドだから、ワンダくんとかにしておけば語呂が良いのに、あえてフルを重ねてくるというこの暴挙。商標か? 商標なのか? と逆に心を捕らえて離さない。信じられないだろう、秋山。だが、これが現実だ」



 夢の国で、ここまで現実の厳しさを教わるとは思っていなかった。



「よし、遊びの時間は終わりとしよう」


「あれ? もう、いいんですか?」


「確認したかったことが、確認できたからいいんだ。な、穴山」


「先輩は、やっぱり気を使いすぎだと私思います。説得力はないですけど、私、想像されてるよりも、きっと、もう少し強いですよ」


「そうだな、今の答えっぷりを見ると私もそう思える。そんなお前に、さっきは変なことを言ってしまったな。本当にすまない」


 先輩が謝っている。


 話しぶりから、さっきの高所恐怖症の話なのだろうか?

 虎にはよくわからなかったが、波瑠と佐保理がどちらも和やかなので、これでいいのだと思っていた。




 ともかく、ワンダフルランドは卒業ということで、またも波瑠のお勧めの場所とやらに行くことになった。


 それは、東京ディスティニー・ランドの隣にある東京ディスティニー・シーのように、ワンダフルランドに隣接する形で存在するテーマパークだという。



 その名も『高天原たかまがはら』。



 ゲームコーナーを出て、園内を歩く道々、隣を歩く波瑠に虎は尋ねる。


「どこかで聞いたような気がする名前ですけど、何でしたっけ?」


「秋山、お前が私の話を何一つ理解してないことはわかった」


「ええっ、そんなことないですよ、話半分くらいは理解してます」


「お前は日本語の使い方をまず勉強しろ!……まあいい、何度も説明しているが『高天原』は神々の住まう天の国だ」


「天の国……」


「これも前話したが、十種の真の所有者、ニギハヤヒは高天原出身だ。十種の故郷だといってもいい」


「そうか、十種の故郷……」


「おそらく、ここの命名者は『天国』くらいの意味で考えているだろうがな。しかし、こっちもワンダフルランドに負けずにワンダフルなんだぞ」


 さっきまでのシリアスが急に崩れる。


「その言い方だと、嫌な予感しかしないですよ、波瑠先輩」


「何だと、さっきはお前、あんなに満足そうだったじゃないか、あれは嘘なのか」


「嘘っていうか、俺に発言権なかったじゃないですか」


 虎は言うだけ空しかった。

 そのとおりなのだから。


 だが、波瑠にはちょっと違ったらしい。



「か、顔だ、顔色で判断してるんだよ! 聞くまでもないというやつだ。……べ、別にお前の顔を始終見てるわけじゃないからな、勘違いするなよ!」



 あの朝のように指差ししながら、また赤くなっている。

 今日は体調があまり良くないのかもしれない。

 興奮させては体に障る可能性があるか。



「波瑠先輩、わかりましたから、そんなに興奮しないでください。先輩のワンダフルには、不安もありますが、興味もありますから」



 波瑠は、疑い深そうな目で虎をじっと見ている。

 そうか。何となく虎は分かった気がした。


「ワンダフルランドは最高にユルかったです! 高天原にも期待してます」


「さ、最初からそういえばいいんだ。言葉にしてくれないと、わからないだろう」


 口調とその内容はともかく、表情は喜んでいると思われる。

 このクイズには正解したと、虎は考えた。




 ワンダフルランド園内を縦断し、たどり着いたそこには、吊り橋があった。

 二つの園をつないでおり、吊り橋からの見晴らしも良いのだと波瑠は熱弁をふるう。


「どうだ、風情があるだろう。ちなみに逆側には『夢の架け橋』って書いてあるらしいぞ。目的地が遊園地になるからだろうな。風流じゃないか」


 む、吊り橋!?

 振り返ると、不安そうな顔の佐保理。 

 直も気づいて戸惑っているようだ。


「波瑠先輩、吊り橋は、今の佐保理には……」


「そんなことわかってる。意地悪じゃ無いぞ、リハビリというやつだ。穴山、吊り橋効果って知ってるか?」


「吊り橋効果?」


「吊り橋のような危険な場所を渡るとな、ドキドキするだろう。そのドキドキを、一緒に渡っている相手へのドキドキと勘違いしてしまうそうなんだ、人間は。あとはわかるな」


「……」


「秋山、お前、穴山と一緒に渡れ。遠山……いいか?」


「もちろんです。とら、帰りは私とだからね」


 直は、曇り一つ無い笑顔でそう言った。


「お、おう」


 何も言葉にできない。


「ダーリン、手、つないでも、いい?」


「お、おう」


 何も言葉にできない。

 佐保理は、そんな虎の手をとるとはしゃいで、先に立ち言うのだ。


「早く、わたろ」

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