第56話 デート・ア・ライブ
「ここだよ。私が来たかったところ」
佐保理はとても生き生きしている。
言うやいなや、疾風のように駆け去り、年代物に見えるゲーム機の筐体の間を、あっちにいったり、こっちにいったり。
本当に、さっき死にそうだったとは思えない。
でも、こっちの佐保理の方が彼女らしいと、虎は微笑ましく、彼女の様子を眺めていた。
二人が今いるこの場所は、遊園地の一角にあるゲームコーナー。
「どれをやるのか本当に悩んじゃうよ、ダーリン」
「そ、そうか、楽しそうだな、佐保理」
「もちろん。ここは、お父さん、お母さん世代が子供だった頃の貴重なゲームばかりなんだもん」
佐保理は、わからないという風の虎に、説明の必要を感じたようだった。
「実演しながら説明するから、見ててね」
手近な筐体にコインを入れてシートに座る。
画面を見る、真剣な顔の彼女から、普段のおっとりさが消えている。
虎はもう、いろんな意味で目が離せなくなった。
「この巨大な画面に、荒いポリゴン、つんざく音響の3Dシューティングゲームは、当時としては滑らかな画像で多くのゲーマーを魅了したんだ。ああ……しまった!」
やられてしまったらしい。
しかし、確かに見かけはともかく動きは非常に滑らかだった。
「この3D戦車ゲーム、独立した左右二本のレバーによる操作な上、対戦もできる、という画期的で挑戦的なシステムだったのだけど、それだけじゃなく、一人称視点と戦車の後方視点を選べるという柔軟性もあって大人気だったんだって。あれ……どっち?」
ゲームオーバー。
どうやら、一人称視点は、彼女にはむいていなかったらしい。
ただ、単純な撃ち合いではなく、敵を探す、自分も身を隠すというこのゲームの奥深さは、現在のゲームにも通じるもので、その先駆者としての凄さは虎にも分かった気がした。
「馬がかわいいでしょ~これにまたがるの。でもこのゲーム、競馬場、コース、馬も選べる本格派なんだよ。えっと、初心者マークの馬がいいんだったかな……よーしゴー! あとは、愛馬のスタミナに気をつけつつ、腰をフリフリスピード上げて……ちょっと恥ずかしいかも……おっと、ここで鞭! 全力でいくよっ!」
1位でゴール!
馬にまたがったまま、ガッツポーズ。
勝ち誇った顔の佐保理は、とても可愛かった。
しかし、虎は、その顔よりも、乗馬中の揺れる彼女の二つの膨らみの記憶が頭から離れずに困っていた。
今も、気になる。気になってしまう。
彼女がスカートであることもあり、自分たちの他に人もいないのに、なぜか周りを気にしつつ、そちらも……。
最初以外、全く競馬ゲームの画面を見ることは無かったが、これはこれでこのゲームの良さを実感したと考えて、いいだろう。
ありがとう神様。
「でも、よく知ってるんだな、佐保理。ゲームのこと」
「小さい頃、家族でここに来たとき、お父さんに教えてもらったの」
「なるほどな」
「お父さんとお母さんも、ここでこんな風にデートしたんだって。だから、今日は嬉しいかな」
意味深なことを言いながら、虎の顔を見上げてニコリとする。
「お、おう……」
「お母さんが、『私がこの競馬ゲームするとお父さん、だらしない顔して喜んでたのよ』って言ってたんだけど、どうだった? ダーリン」
意地悪そうに微笑む。
虎は敗北を悟らずには居られなかった。
彼女との距離は、今、とても、近い――
「具合は良くなったようだな 穴山」
いつの間にか、波瑠が二人の横に立っていた。
「「先輩っ!」」
全く気配はなかった。
あの時の黄梅のように。
驚きの余り後退する虎。
「何だか近すぎじゃなかった? 今」
直は、疑惑を浮かべた顔。
どことなく、ふくれっ面。
「惜しいですね、もう少しでスクープだったかもしれないのに」
スマートフォンを片手に、市花は舌打ちをしている。
「はい、これ、とらの分、チョコバナナでよかったわよね」
「そしてこれが、穴山の分だ。あずきにカスタードとは、なかなかわかってるな、お前は」
それぞれ、クレープを渡された。
この園内には、美味しいクレープで有名な店があるという。
観覧車を降りた後、食べに行こう、という波瑠の提案に、女性陣は待ってましたと色めき立った。
ただ、佐保理の調子がまだ悪かったので、彼女が行きたいと行っていたゲームコーナーに、佐保理と虎だけ残されたのだ。
買ってくるから待っていろ、と。
「やっぱり、あずきとカスタードの組み合わせは至高! 美味しいっ」
ゲームコーナーの片隅にある、テーブルを占拠して舌鼓をうつ。
直は「たまにはこの三人で」と、佐保理と市花を、強引に虎と別の、少し離れたテーブルに座らせた。
佐保理は、最初はちょっと残念そうではあったが、今はクレープに夢中。
虎は、それを、ちらりと横目で見ながら、波瑠先輩と二人で一緒のテーブルに座っている。
政さんがいない理由を尋ねると、「クライアントと連絡をとらなければいけないみたいなんだ」と教えてくれた。
いつもどおり、後で連絡すればいいらしい。
クライアントというのは、耳慣れない言葉だ、政さんはどんな職業なのだろう。
こういうことは、聞いてみても失礼が無いものなのだろうか、と考えながら、クレープをかじる。
ふんだんに惜しみなく使われたチョコレートの中から現れるバナナの食感。これは……確かに美味しい。
ふと周囲を見回す。
それにしても、この遊園地は本当に自分たち以外の客がいない。
まさに貸し切り。
実は夢の中なのでは、と自分の頬をつねってみたくなるレベルだ。
遠慮しないで良いのは助かるけれど、やっぱり遊園地の経営が心配になってしまう虎だった。
「穴山が気になるのか?」
波瑠の声に、テーブルに視線を戻す。
虎は、その上に、彼女の目の前に置かれているものに違和感を感じた。
「波瑠先輩、それ何ですか?」
対面の波瑠が、箸でつつきながら食べていたのは、クレープではなかった。
溢れる芳醇なソースの香りに、上にこれでもかというほど乗っているマヨネーズ。波瑠側の半分ほどは、既に彼女の胃の中のようではあるが、残っている部分ですらも、その下にあるものがよく見えない。
「見て分からないのか? 『大阪焼き』だ」
「『大阪焼き』?」
見て分からないのかと言われても、そのマヨネーズの量では……。
「小さなお好み焼きだ。今川焼きの鉄板がそのまま使えるらしいから、小型店舗では都合がいいのかもしれないな。このサイズが丁度いいし、何よりここの園の店はマヨネーズかけ放題というのが最高だ」
それにしてもかけ過ぎなのでは、と虎は思ったが、ご満悦な表情を見て、頷くだけに止めておいた。
人の欲望は、解放することも、時には大事なのだ。
だんだん、そのことがわかってきた虎だった。
「で、どうなんだ?」
「……佐保理、どうして高所恐怖症に急になっちゃったんですかね。あの時は、屋上から飛び降りても平気そうだったのに」
「そのせいかもしれない」
波瑠の声のトーンが低くなる。
「えっ!?」
「考えてみろ、あの事件は、あいつにとっては相当ショックなことだぞ、その一部として屋上から飛び降りたことがトラウマになっていてもおかしくない」
「そうか……」
「だが、十種による副作用の可能性も高い。とにかくお前は気にするんじゃ無いぞ。そもそも私が指示したことだ。罪ならば私の罪さ」
「波瑠先輩……」
「何話してるんですか? 二人とも」
横からの急な声は、二人を驚かせる。
そこに立っていたのは、佐保理だった。
「穴山、聞いていたのか?」
「何のことですか? 私食べ終わって、直ちゃんに『あっちの二人、気にならないの』って言われたからきてみただけですけど……」
「気になったのか?」
「そうですね、これでゲームコーナーの仕返しができるかもって。その先輩の様子だと、成功みたいですね」
「お前……」
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