第58話 ホップステップフレンズ
「よーし、ゲームクリア!」
佐保理が歓声をあげる。
吊り橋を渡り終え、辿り着いたそこは、展望台だった。
観覧車よりもやや低いところにあるからか、峡谷の緑の木々の鮮やかさや、雄大な眺めを、正にその中で、間近で楽しめる場所となっている。
佐保理は、虎から離れると、今丁度吊り橋を渡り終えた直と市花に向かって、走ってゆく。
彼女は、流石に渡ってる間、虎の左腕を痛いほどに両手で強く握っていたが、吊り橋が揺れても、観覧車の時のように、取り乱すことはなかった。
吊り橋からの風景を楽しんでいたというよりは、さっきまでいたゲームコーナーで虎が体験しなかったゲームの話など、他愛の無い会話をしていた印象が強いが、それで平静でいられるのなら、彼女は恐怖を克服したと言っていいのではないだろうか。
むしろ、彼女がぴったりくっついてくるため、意図せず左腕に擦り付けられる、その柔らかい体の感触に、始終鼓動が止まらなかった虎の方が、激しく消耗していた。
幸か不幸かようやく解放され、背伸び、深呼吸して回復する。
でもまだ、不思議と腕に残っている感触が消えない。
忘れようとすればするほど、思い出す。
そんなつもりはないのにどうしよう、と困惑気味の虎だった。
最後に渡り終えた波瑠は、直、市花と戯れる佐保理の姿に、とても満足そうな顔をしながら、そんな彼に近づいてくる。
「秋山、お役目ご苦労。すまなかったな、色々押しつけてしまって」
いつもの近すぎる距離まで来て、途中から小声になった。
「い、いえ」
「どうした、お前。ずっと左腕をさわって。怪我でもしたのか?」
「い、いえ、そうではありません」
「なんだその丁寧口調は。変なやつだな。まあ、いいか。この展望台もなかなかだが、まだまだ序の口というものだ。そろそろ次にいくぞ。穴山、頑張ったから、ご褒美をあげないとな」
佐保理を見つめる波瑠。
視線に気づいた佐保理がこちらを見て、きょとんとしているのが印象的だった。
――――――――――
「こ、ここは……も、モフモフワールド!」
佐保理が、顔面を紅潮させている。
その瞳に映るは、うさぎ、やぎ、アヒルの群。
「まてまてまて、穴山、こっちでまず餌を買うんだ」
突撃しようとしていた彼女の首根っこを捕まえる波瑠。
「まあ、気持ちはわからなくもない。女子としては滾るものがあるよな、この『どうぶつふれあい広場』は!」
滾る、という表現はあまりこの場合使って欲しくないと思う虎だった。
メルヘンなムードがその一言で、完膚なきまで破壊される。
波瑠が、佐保理へのご褒美にと皆を連れてきたのは、柵に囲まれた中に放し飼いされた、うさぎ、やぎなどの動物たちとふれあうことのできるこの空間だった。
佐保理は、餌を購入すると、早速うさぎの群に突撃している。
他のメンバーはと見ると、直はやぎの群で餌をやりながら、額のあたりをなでているし、市花はアヒルの群に囲まれてご満悦そうだった。
一人取り残された感覚にとらわれる虎の肩を、波瑠が叩く。
「秋山、男だからって遠慮しなくていいんだぞ。ああ、でも、アヒルには餌をやってはいけないからな、要注意だ」
この時も、波瑠先輩のアドバイスは、いつもどおり完全に明後日だった。ある意味彼女らしい。
虎は、どちらかと言うと、彼女たちが分散した今、自分がどの動物のエリアにゆくべきかに悩んでいたのだった。
何というか、この、選択肢を委ねられた感じに。
なぜか動かない波瑠先輩も含めると、必ずどれかを選ばなければならない四つの強制選択肢が今自分の目の前にあるように思える。
うさぎ……佐保理
やぎ ……直
アヒル……市花
???……波瑠
このままここに留まれば……どうなるのだろうか?
「お、おい、何とか言わないか。もしかして、本当に調子悪いのか?」
「わっ」
気がつくと、波瑠が至近距離に迫っていた。
「まるで、幽霊を見たような反応をするんじゃない。失礼な」
「す、すみません」
「そうか、その様子。秋山は疲れてるのかもしれないな。浅井はともかく、遠山も穴山もハングリーだからな。一人で相手にしていては大変だ。わかる、わかるぞ、うん」
勝手に納得され、頷かれている。
「え? えっと、そ、そうですかね?」
「よし、それなら、お前向きのところがある。二人で行こうじゃないか」
ニヤリと不敵に笑う波瑠。
ふ、二人で!?
この言葉に鼓動は早くなる。
いつものように反論の余地を与えられることはない。
どうやらルートは確定したようだ。
虎は覚悟を決めた。
「ここですか?」
虎が拉致気味に連れてゆかれたのは、『どうぶつふれあい広場』の脇にある、四角い建物だった。
入り口の上には『どうぶつふれあい小屋』と書いてある。
横には『ご自由にお入りください』と書いてあるから、特に係員に断るなどしなくてもよさそうだ。
わざわざ屋内に囲っているということは、その必要があるということだ。何が中にいるのだろう?
まさか、ライオンや虎だったりするのだろうか?
そんな虎の躊躇も気にせず、波瑠はいつもの調子。
「まあ、遠慮せず入ってくれ」
勝手知ったる我が家のように言う。
その笑顔には逆らえず、虎は恐る恐る建屋に踏み込む。
「こ、これは……」
中には、たくさんの木箱、透明ケースが置かれており、そこにはモルモット、小うさぎ、ハムスター……が騒いでいる。
即ち、小動物の楽園であった。
「よしよし、ハム助、ハム太、ハム蔵元気にしてたか。さあこのニンジンバーをほうばれ、心ゆくまでな!」
「せ、先輩……」
「何だ!? 邪魔しないでもらえるか、すまないが今忙しいんだ。まったく、人気ものはつらいな」
つ、冷たい。
この反応、絶対に彼女自身が、先ほどからここに来たくてうずうずしていたに違いない。
一匹一匹、呼びかけながら、高速でニンジンを与えて行く。
虎には、全く見分けがつかないが、彼女にはついているようだ。
ハムスター鑑定士、そんな言葉が頭を過る。
旺盛なハムスターの食欲の前に、餌は瞬く間に無くなってしまった。
「すまない、もうお前達にやれるものは、無いみたいだ……」
頭を垂れて悲しそうな顔をしている。
「波瑠先輩……」
「というわけで、私は餌を買ってくる。さっき在庫が無くなっていたから、用意してもらうのにちょっと時間がかかるかもしれないが、この癒やしの空間を堪能しつつ、待っていてくれ」
それだけ言い残すと、疾風のように駆けていった。
なんという展開の速さ。
そして、静寂。
まあ、小さいのがコロコロしているのを見るのは、確かに癒やされる。
それに、今日は、キョウケン女子達と一日中一緒で、虎なりにずっと気を使っていたこともある。
実は、波瑠はこの時間をくれようとしたのかもしれない。
虎は事態を前向きに、都合良く考えようとした。
その時――入り口の扉が開いた。
「あれ? 波瑠先輩早いですね、在庫あったんですか? ……!」
そこに立っていたのは、波瑠でも、他のキョウケン女子でもなかった。
明るいブラウンの髪の少女。
三つ編みにした髪を片側に降ろしている。
身長は直と同じくらい。
襟周りだけ白く、他は黒い、ドレスのような服を来ている。
確か、こういう服を『ゴスロリ』と、昔、直が言っていた記憶がある。
それもあって、どことなくお嬢様っぽく見えた。
「こんにちは、秋山虎君」
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