第165話 穴山佐保理は覚醒する2

 何と言うことだ……。

 私は絶句した。


 社会科準備室にひとりアンニュイな彼の姿を求めて、鑑賞するために覗いてみると、女子三人に囲まれているではないか。


 生駒いこま徳子のりこ蒲生がもう冬美ふゆみ、細川いぬい……生徒会か。


 大方ダーリンが会長に泣きついたのだろう。

 これならまあ仕方ない。

 生徒会が無下に断れないであろうから、可愛いダーリンの悩みを。

 断ったらむしろ私が許さないよっ、アハハッ。


 おや、上杉菊理くくりが入ってきた?

 まあ、あいつは仲の良い浅井市花を探しに来たと考えて良いか。

 探しても見つからないよ、キャハハッ。




 しかし、その後私は頭を悩ませることとなる。

 ダーリンが蒲生冬美と二人きりになっている……。


 彼女は以前ダーリンのことを好きだと言っていた。

 ……

 何か違う感情が一瞬湧いたが関係ない、気のせいだ。気の迷いだ。

 ダーリンにちょっかいをかけるようであれば彼女とて容赦はしない。


 そして、私は、自分の拳を、血が出るほどに、握りしめることになる。



 ダーリンと蒲生冬美が……キスしていた。



 さっきまで十種に呪われた時の話などしていたから、感情的に盛り上がったのだろう、そうだろう。

 だがそれは――



 万 死 に 値 す る 所 業



 折良くダーリンがもう帰るのか、手を振ると部屋を出て行った。

 不思議だ、一緒に出て行くのならともかく、どうしてキョウケン部員でも無い蒲生冬美が残るのか。


 気になった私が観察を続けていると、彼女は立ち上がり、竹刀袋を肩に掛けて、部室の扉に向かった。


 鞄を持っていたところを見るともう帰るのだろう。

 気にしすぎたか。

 ならば、下校時に襲わせて貰う。


 ……相手は蒲生冬美。手抜かり無いようにしなければ。


 私は空中で右手を前に伸ばす、そして手のひらを広げた。


「守護者筆頭の言葉に従い、来たれ、六人の勇者よ」


 宮本武蔵むさし、本多忠勝、酒呑しゅてん童子どうじ、沖田総司そうじみなもとの為朝ためとも、そして安倍あべの晴明せいめい、六人の守護者が宙に浮かぶ。


「晴明は学校の出入り口に結界を。他の勇者は中で待ち受け、蒲生冬美を無力化せよ」


 六人の英雄を総動員するのは反則のようなものだが、相手は十種の蛇だ。このくらいで丁度良い。

 

 私が指示すると、晴明は頷き、狩衣をたなびかせながら、学校の正面玄関に飛んで行く。

 本多忠勝、酒呑童子、源為朝も同様にすぐに身を消していたが――


「沖田総司、宮本武蔵、疾く行かぬか」


 私はなぜか動かない二人を見とがめ、苛立つ。


「なあ、その、いいのか? こんなことをして」


 沖田総司が迷いを込めた視線で私に尋ねてきた。

 何を言っているんだこいつは、悪いわけがないだろう。

 良いのはその顔だけか?


「我の言葉はあるじの言葉、逆らうというのか、沖田総司?」


「ソウジはそれがわかってるから、お前に聞いてるんだよ!」


 横から宮本武蔵が五月蠅く口を挟んできた。

 全く不快だ。何が言いたいんだこいつらは?


「何度聞かれても変わらぬ、行け。貴様らは我に逆らうことは能わぬ。わかっておろう」


「わかった……俺なりの戦い方で戦わせてもらう」


「お、おいソウジ、俺は納得してねえからな、チクショウがよ!」


 沖田総司が先に消え、それを見て追いかけるように宮本武蔵も消えた。

 これでいい。あいつらは私に逆らうことなんてできないんだから。


 結界の外から観戦する。


 何だと……

 急にどこからともなくダーリンが姿を現していた。


 なるほど、あいつだ、細川乾の十種か……キッ。


 武蔵が片方の剣を消されて、いいようにやられてしまった。

 何のための『見切り』かと思ったが、姿を消している相手では無理か。

 まあ剣豪といえどその程度だ。

 ああしかし、あの二人の息のあった戦いは見ていてとてもイラつく。


 次は、本多忠勝。

 『八握剣やつかのつるぎ』よりも長い槍のリーチで優勢に攻めるが、最終的にはやはり姿を消した相手を見失い敗北。

 槍のリーチ差も見えない相手には無力だったということか、笑えるな。


 ならばと、酒呑童子に期待したが、いつのまにかそこにいた上杉菊理くくりに瞬殺。

 こいつの存在意義は何なのかと私がしばらく考えこんだほどにあっけない最期だった。守護者を交代させるべきだな。



 もう残り全員でかかれと私は命じる。



 蛇娘には、源為朝。

 ダーリンには、沖田総司。

 他のやつらには、安倍晴明の式神。


 沖田総司には、重ね重ね時間稼ぎであることを命じた。

 ダーリンには敗北している身、勝てるはずはないが、念のためだ。



 我ながら完璧な布陣のはずだったのだが、気がつけば前者二名は倒され、安倍晴明も捕縛されている。



 どうやら私は他の十種神宝とくさのかんだからの力を甘く見ていたらしい。

 会長の『足玉たるたま』はさておき、ダーリンの『八握剣』、蒲生冬美の『蛇比礼おろちのひれ』、細川乾の『蜂比礼はちのひれ』、上杉菊理の『生玉いくたま』、この四つは戦闘用の十種として有能ということか。


 劣勢。

 不愉快ではあるが、引き際だろう。

 私は、余計な事を言いそうな安倍晴明に止めを刺して、その場を去った。


 そして去り際に、細川乾が私に投げかけた言葉で思いだす。

 そうか、もうひとりの私が、あそこにいる。


 おそらく奴らは確認に行くだろう。

 丁度良い、罠をはって、出迎えようか。


 他の守護者は全て消えた。設定上私の力はこれで最大まで振るうことができる……そして


「それでわらわは何をすればよいのじゃ?」


 私の前に現れたのは、十二単の姿の九尾の狐。

 やはりこいつは守護者の敵で、最後に現れるということか。

 設定上は今の私と均衡する力を持つはずではあるが……


「おや、お前は我と戦うのではないのか? 特異点を求めて」


「物語には設定がいくつかあってな。いまおぬしが言うたはそのひとつ。妾が悪の象徴。別の物語では、一つになった守護者が暴走し特異点と妾がそれを止める。妾が正義の象徴。さらに別の物語では……」


「共闘することもあるということか」


「左様。さらなる別の敵が別次元から現れるゆえ。全ては、あるじがどう物語を捉えるかによる。妾もおぬし達もそれを演じるのみ。全ては創造主たるあるじの気分次第よ。あるじ殿」


「物わかりの良すぎるやつ。却って不気味だが、まあ良い。では生駒徳子の家の前に結界罠を敷き、十種の所有者を迎え撃て」


「心得た」


 狐が家の前で両手を広げると、周りはいつしか草原となった。

 大地の果てが見えない。

 草原といっても、人の体が隠れる程のものではなく、丈の低い草の間からはところどころに地面が見える。


「どうじゃ、綺麗であろう。心安らがぬか?」


「これから敵と戦うというのに、安らぐも何も無い! お前はその力で奴らを無力化すれば良い」


「無力化、の……」


「何が言いたい?」


「おお、怖い怖い。妾が主に逆らうわけは、逆らえるわけはないであろう、気に障ったならば許してたもれ……そろそろ頃合い。招き入れねばならぬしの」


 話している間に、やつらが生駒の家についたのが見えた。

 玄関のところでもうひとりの私と話している。


 もうひとりの私、穢れの無い私。

 あいつも私は許せない。

 こうして私に手を下させ、自分はのうのうと日々を過ごしている。

 ついでに滅してやろう。こちらに取り込んでやる。


「よし、やれ」


 私が狐に命令すると、目の前にあの五人と、もうひとりの私が現れる。

 生駒が冷静ぶっているのが笑える。

 自宅についたら異空間なのだから素直にパニックになれば良いものを。


 あいつはともかく他の全員は、白い私とこの私を見比べて当惑している。フフッ、名乗ってやるか。


「我こそヤマトタケル。主の命により、そこな黒髪の娘をもらいうける」


 ここまでは順調だった。

 予定通りだった。

 しかし、私を真っ直ぐに見て、ダーリンが私に言った次の言葉が、そこに目には見えない染みを作った。


「佐保理が!?」


 信じられないといった顔。

 彼は何か私が間違ったことをしているというのか?


 私は彼に愛を注ぎたい。

 彼にも私に愛を注いで欲しい。


 そのためには周りの私以外の女共が邪魔なのだ。

 それだけだ。


 それだけなのに……


「さてもさても、妾の役割は弱い者イジメばかりよの。まあ、出番が無いよりはマシかもしれぬが、さて……」


 狐がスッと前に出て口上を述べ、意味ありげにこちらをちらりと見た。

 私は頷き、サッと離れる。


 狐男の群を召喚し、彼女は大狐へと変化した。

 案の定、あの忌々しい金色の大蛇が立ち塞がる。


 いや、これで良いのか。

 あの武道場での戦いから推測するに、戦いがどのような結果になるにせよ、蒲生がもう冬美ふゆみの力は尽きるだろう。


 狐男の群は、果てしが無いわけではないが、非戦闘員である生駒徳子を狙わせておけば戦いづらいはず。

 目的は蒲生冬美の無力化および封印。

 時間が稼げれば良い。

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