第164話 穴山佐保理は覚醒する1

 やはり思い出してしまう。

 人間嫌なことからは逃げられないみたい。

 忘れよう、忘れようとするほど、却って思い出して嫌な気持ちになる。

 上手くできてない。



 あの日、キョウケンと生徒会の合同会議の終わった後、ダーリンといぬちゃんのおうちに行った日。


 どうして私もついていったのかは……いぬちゃんにダーリンを取られてしまうのではという、ただそれだけ。

 いぬちゃんは悪くない。

 多分ダーリンを独り占めしたい、こんな感情を抱いていた私がいけない。


 そんな私が彼女の家の玄関で、タケルと呼ばれた男の子と目が合ったとき、自分の心臓がドクンと大きく鳴ったような気がした。


 今思えば、それが始まりだった。


 その後、いぬちゃんの部屋の片付け中に、なぜか体から力が抜けて、私は倒れこむように寝ていたらしい。

 起こされたときには、もう空が暗くなっていた。


 帰り際に、ダーリンがいたく気にしていたけど、私は大丈夫と微笑んで見せた。

 実はまだちょっとくらっとするけれど、彼に心配はかけられない。

 心配し過ぎてしまう人だから。


 駅との分かれ道で、手を振って彼を見送る。

 終電が近いらしく、急ぎ駆ける彼の姿は瞬く間に小さくなってゆく。



「なるほど、主よ。あの男なのだな」



 近くから、子供の声がした。

 何だろう、この大人ぶった物言いは。


 不思議に思ってふり向くと、そこには、見たことの無いような形をしている黒い服を纏った男の子がいた。


 黒い服と言ってもスーツではなく、上着とズボンにわかれ、和服のように上着の左右を重ねている。上着の腰にあたる部分は紐で絞られていた。見た目は、麻のような生地。

 テレビに出てくる忍者のようではあるけれど、それにしてはゆったりしすぎている。本当不思議な服だった。


 男の子。そう、この子はどうみても小学生。

 

「あなたは?」


「我は七人目、最後の守護者ヤマトタケル」


 この言葉で頭の中を検索して、しばらくした後にようやく私は思い出す。


 守護者とは、総司達のこと。

 確かに、守護者は七人だと言っていた。


 総司そうじ武蔵むさし忠勝ただかつ酒呑しゅてん晴明せいめい為朝ためとも九尾狐きゅうびのきつねで七人かと思っていたのだけど、ということは九尾狐は、数に入っていない?


 でも、それなら酒呑も似たようなものではないの?


 私が創造したもののはずだから、設定の責任は私にあるのだろうけど、自分で自分がわからなくなる。

 どう考えても痛恨の設定ミス。

 恥ずかしい。これはお帰りいただくしかない……。


「ごめんね、守護者はもういいのよ。おかえりなさい」


 私がせめて最後に頭を撫でようと手を伸ばすと、小さな彼はなんとそれを片手でピシッと弾いた。あれ?


「え、えっ!?」


「主よ、我は、貴女の現し身。魂の一部。返る場所は、貴女の中。されど、使命を果たすまでは返るわけにゆかぬ」


 難しいことを言い始めた。

 他の守護者もそうだけど、こういう所は本当に私が創造したとは思えない。なので、とりあえず聞いてみる。


「……どういうことなの?」


「貴女には、しばし、眠っていただく」


「ええっ!?」


 男の子がてのひらを私に向けると、私の視界がぼんやりして……暗くなった。



 次に気付いた時、いや、気付いた時というのも変か、頭がハッキリしたときは既に、彼の中に同化していた。


 上手くは言えないけれど、黒い彼は、私だった。

 私は、ヤマトタケルを通して世界を見ていた。


 私自身は何もできない状況で。

 まるで、仮想現実の映画を見ているかのように。


 彼は、ダーリンをずっと監視していた。

 と言っても、おもに外にいるところをだけど。

 見るだけで無く、神通力によるものか、ダーリンの周りの物音も聞くことができた。その気になれば壁も透過できるこの力。


 朝の登校がなおちゃんと一緒でないのは気になったけれど、逆にホッとしてしまった自分もいて複雑だった。



 喧嘩とかでないことを祈ります。



 ダーリンの授業風景が覗けたのは貴重な経験だった。


 途中で居眠りしそうになっていたのは、昨日のいぬちゃんの家で疲れたからだろうか。頑張って欲しい。私の声は届かないかもしれないけれど。




 お昼のキョウケン。

 いつものメンバーに菊理くくりちゃん……もちろん私はいないけれど。


 私のせいで、ダーリンが直ちゃんに叩かれていた。

 でも、いつも理由は関係ないから、これはスキンシップというものかな。

 可哀相だけど泣き顔が可愛いダーリン。

 この調子だと直ちゃんと喧嘩してるわけじゃなさそうだ。

 よかった……?


 私のことを話題にしていたのも気になったけど、やっぱり北条先輩の様子も気になる。元気が無い。それを気にする風のダーリンは優しい、優しいけど……私の方をもっと気にして欲しい。



 この祈りが通じたのか、ダーリンは放課後、私のクラスに来て斉藤さんと話していた。

 斉藤さんの確認に、つきあってない、の一言。

 うん、これは本当。本当だけどちょっと寂しいな……


 だけど、もっと残念だったのは、社会科準備室での一部始終。

 北条先輩が心配なのは理解できた私だけど、私の自宅への訪問がダシに使われたみたいで、良い気がしない。良い子じゃない私だった。


 ダーリンと北条先輩、北条波瑠が二人で歩いているのを見ると、とてもモヤモヤする。お母さんの心を生駒いこま先輩がどうしようと気にならないくらいに。


 帰り道、ようやく二人の帰路が別れたところで、私、ヤマトタケルはダーリンではなく、北条波瑠の目の前に立った。


「お前は……何者だ」


「主の命により、その身を頂く」


「何!?」


 私がてのひらを彼女に向けると、彼女の瞳が虚ろになり、そして空中に現れた煉獄の闇に包まれて消える。

 ここまでほぼ一瞬。


 躊躇いだとか、後悔だとかはなく、一仕事を終えたと言った、そんな感覚。


 これで、ダーリンと私の邪魔者は消えた。

 ……フハハハハ。

 快感とはこのことを言うのだろう。




 翌日、昼休み、私はダーリンに絡む浅井市花に腹が立っていた。

 こいつは、何でいちいち余計なことを言って、遠山直がダーリンにスキンシップするタイミングをつくるのか? 理解できない。


 しかも、わざとらしく北条波瑠を心配するふりをして、ダーリンを独り占めにしている。全ての行動はあきらかにダーリンに絡むのが目的としか思えない。


 社会科準備室での良い雰囲気が、無神経なあの生徒会長にぶち壊されたのは私には僥倖だった。そのままダーリンを引き離してくれるとは好都合。


 私は浅井市花の前に立つ。


「!」


 どうだろう、一言も言わせる余裕の無いこの仕事の速さは。

 こいつの驚いた顔はなかなか見られないから、写真でも撮っておきたいくらいだった。仕事が速すぎるというのも考えものだ。

 



 そして次の日、独りで呆けるダーリンをうっとり眺めている私の邪魔をするものがまた現れる。


 遠山直、いや、言動からして、つやか。


 剣道の修行の時から気になっていた。

 師弟以上の何かがこの二人にはある。


 ダーリンに遠山直が近づくのでさえ不快であるのに、こいつが乗り移った状態なのはもっと最悪に、史上最悪に不快。


 なかなかダーリンと離れなかったが、生徒会室から社会科準備室に戻った後にチャンスが訪れた。

 状況にしびれをきらしたつやが、ダーリンを置いて部屋から飛び出していく。


 今こそ……しかし、私は彼女が手に持つ竹刀が気になった。

 ダーリンに近づくのは認めない私だけれど、彼女の剣の腕前は認める。彼の剣の師匠としては認める。

 慣れてはきたが、攻撃を受ける可能性は捨てきれない。

 窮鼠猫を噛むという。ましてや相手はその猫でもあるつやだ。


 私は空中で右手を前に伸ばす、そして手のひらを広げた。


「守護者筆頭の言葉に従い、来たれ、本多忠勝!」


 目の前に、武者鎧を着た英雄が現れる。

 手にはもちろん、名槍『蜻蛉斬とんぼきり』。


「つやが屋上に来たところを、無力化せよ」


 彼は無言で頷くと、屋上で配置についた。


 そして、しばらくしてつやが現れると問答無用で襲いかかる。

 彼女は『蜻蛉斬』の性能に気がついていたようだったけど、竹刀ではどうしようもない。

 いや、あれは、『八握剣やつかのつるぎ』のクセだろうな。

 キャハハハ、私賢いし。

 わかってて剣で受けちゃうなんて、ウケルウケル。


 竹刀の先を消され、槍の柄で殴られ吹っ飛んだところを、私が闇に葬った。

 これで私以外のキョウケンの女はいない。


 私は空に舞い上がる。


 下で生徒がざわついているのを感じたのだ。

 会長の生駒辺りが何かしているのか?

 まあもう遅い。

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