第163話 秋山虎は考える

 今日は社会科準備室に自分の他には誰もいない。


 孤独。


 そのせいか、考えてしまう。


 菊理くくりのこと、松莉まつりのこと。


 菊理は八重やえと一緒に松莉のもとへいってしまった。

 今頃、どうしているだろうか。

 八重を盾にとられて、いいようにこき使われていないだろうか。



 そうは言っても、これは松莉のことをよく知らない自分の偏見かもしれない。

 生意気で、俺に対しては常に見下すような態度を取っているから、全く擁護はできないが、彼女が俺を比べていたのはいつも自分の兄のジョーさんとだった。


 俺が菊理の兄だと名乗っていたからだろう。

 彼女にとっては自分の兄、ジョーさんが最高なのだ。

 これは妹だから当然。

 ならばそれ以外の兄は全てそれより下に違いない。


 生駒いこま先輩に、彼女を庇うような発言を自分がしてしまったのは、パターゴルフ場での兄との幸せそうな姿を目にしていたからだ。

 あの、ジョー兄さんに見せていた笑顔が本当の松莉だとしたら、許せないのはそれを彼女から奪ってしまった神であり、運命だ。


 しかし、だからと言って、彼女の暴挙を許すわけにはいかない。

 何よりも彼女自身のために。


 生駒先輩が言ったようにジョーさんを斬ることができるのは自分しかいない。

 彼女を救えるのは自分しかいない。


 だが、果たして自分はジョーさんを斬れるのだろうか?

 あのとき、松莉に止められなかったらそれができていたかと言われると心許ない。

 八重だって、菊理に止められてなくとも、斬れていたか自信が無い。

 気がついたとき、逆にホッとした。

 ああ、自分は八重を斬らずにすんだのだと。


 情けない。


 こんなことでは……ダメだ!


 俺は刀身の無い八握剣やつかのつるぎの柄を握りしめる。



「今からでもジョーさんを斬りに行くって考えてますね、秋山先輩」



 今の今まで気がつかなかった。

 社会科準備室にもうひとりいることに。


 左右の三つ編みのおさげは真面目そうな雰囲気を醸し出している。

 セーラー服のリボンの色から、彼女は一年生らしい。


 入り口の脇で、ニコリと微笑みながら、こちらを見ている。


 もちろん彼女はキョウケンではないはず。

 菊理が入ってくれないからキョウケンにはまだ一年生はいない。

 いや、そんなことを考えていてもしかたない。


 北条先輩への恋愛相談者だろうか?

 それなら不在だと断らなければ。


 まてよ、さっき何か言っていなかったか……



「もう一度言った方が良いですか? 秋山先輩」


「えっ!? 俺の考えてることわかるのかよ」


「秋山先輩はわかりやすい方ですから。私でも顔を見たら大体考えてることがわかります」


 以前も誰かに言われた気がする。デジャブだ。


「それで、先輩はジョーさんを斬りに行くんですか?」


「ちょっと待て、初対面のお前が何でそれを知ってるんだよ」


 俺は八握剣やつかのつるぎを握って身構える。

 彼女はその様子に驚くそぶりもせず、ただ、こう言った。


「『八握剣やつかのつるぎ』は、破邪の剣。普通の人間である私には効かないですよ」


「何!?」


 十種神宝のことを知っている?

 となると……


「お前、生駒先輩の関係者か?」


「良い線ではありますが、私は生徒会ではありません」


「じゃあ、何者なんだよ?」


「もちろんキョウケン所属ですよ。ね、北条先輩」



 彼女のその声と共に、扉から現れた人物。


 それは、俺が、待ちに待っていた人物。


 美しい黒髪をかき揚げ、不敵な表情で微笑む人物。


 俺はたまらず、椅子から立ち上がり、彼女の元に駆け寄る。



「波瑠先輩!」


「秋山、不在にしてすまなかった」


「よかった……もう大丈夫なんですか? 無理はしないでくださいね」


「祖母に力を貰ってきたから問題無い。情けない孫だと怒られたよ」



 先輩のお祖母さんは……。

 俺はこの一言で彼女が今までどこで何をしていたのか、何となく理解できた。


 ともかく、この落ち着き、一緒にいるだけで感じる安心感。

 間違いないキョウケン部長、北条波瑠、その人だ。



「そうですか。こっちは松莉に、その、ジョーさんと一緒に逃げられて、菊理も彼女と一緒に……」


「八重がいたんだろう。それでは、仕方ないさ」


「えっ! なぜそれを?」


「ここに来る途中で彼女から聞いている。お前がどうしようもなかったことも含めて」


 波瑠先輩は、傍らのおさげの一年を指さした。


「この子、一体何者なんですか、先輩。キョウケン所属ってどういうことです?」


「私のこと気になっちゃいますか~? 秋山先輩」


 この雰囲気、どことなく佐保理に似ている。

 嬉しそうに割り込んできた彼女を、波瑠先輩が制す。


「こらこら、ちょっと待て、小木曽おぎそ。そんな場合ではないのだろう。秋山、彼女は小木曽おぎそ真理奈まりな。九つ目の十種神宝とくさのかんだからの所有者だ」


「えっ!? この子が、ですか?」


「ただいまご紹介に預かりました、小木曽真理奈です。よろしくお願いいたします、秋山先輩」


 ぺこりとお辞儀をしてニヤリと笑う。

 嫌みはないのだが、何というか、全くこちらは相手のことを知らないので、少し、その、どことなく不気味に思ってしまうのが申し訳ない。

 だが、波瑠先輩との会話の様子を見るに、悪い子ではないことはわかる。


「もう少し、時間があれば別だが、思った以上に事態は深刻だ。事は一刻を争う。二人とも互いの紹介は無しで話を進めさせて貰って良いか?」


「もちろんです」


「わかりました」


「ありがとう。まず、秋山に話しておくことがある。私の知る、十種神宝の始まりの話を」



 それから波瑠先輩が語ったのは、驚くべき話だった。


 彼女が中学一年の時に、偶然十種神宝の封印を解いてしまった。

 その結果、彼女は『沖津鏡おきつかがみ』に呪われ、神子の力を手にする。


 十種神宝と一緒に眠っていた神「ヤチ」もこの時同時に目覚め、十種神宝の神子みこが揃った時に再び現れると言い残して消えた。


 神である彼女の目的は、十種神宝の神子を揃え、儀式を行い神の力を手にすること。手にした力で何をするのかは不明であるが、結果として未来が消える。


 だから、十種神宝を先に集めて、こちらが神の力を手に入れ、その野望を阻止しなければならない。



「十種の封印を解いてしまったのは恐らく私だ。皆を不幸にしているのは私。お前も巻き込んでしまって本当にすまないと思っている」


 波瑠先輩はこの俺に向かって深々と頭を下げた。


「いいえ、先輩のせいじゃないですよ、それ。最初から絶対そのヤチって神のせいですって」


「ありがとう、そう言って貰えると助かる」


「でも、どうしてそこまで急ぐんですか? 沖津鏡である程度探知できるし、小木曽ので九つだから、あと一つなんですよね?」


「秋山先輩、私のこの『道返玉ちかへしのたま』で封印の解けた十種が九つ揃ったことが重要なんです」


 彼女の掌の上に虹色に輝く勾玉。


 つや様の『八握剣やつかのつるぎ』、

 佐保理の『辺津鏡へつかがみ』、

 冬美の『蛇比礼おろちのひれ』、

 生駒先輩の『足玉たるたま』、

 菊理の『生玉いくたま』、

 乾の『蜂比礼はちのひれ』、

 松莉の『死返玉まかるかへしのたま』、

 波瑠先輩の『沖津鏡おきつかがみ』、

 それにこの『道返玉ちかへしのたま』で九つ。


「結局、あと一つだから、急ぐってことじゃないのか?」


 俺の言に彼女、真理奈は首を振った。


「封印が解けた十種が九つとなった時、最後の一つ『品物之比礼くさぐさのもののひれ』の所有者が目覚めます。だから、おそらく既に目覚めています。これは最後の封印の解除を意味するのです」


「話が読めないんだけど」


「十種全ての封印の解除はヤチの封印が解けることも意味します」


「何ッ!」


 すでに神ヤチ本体の封印が解けてしまっているということか。


「既に十種神宝を巡る最後の戦いは始まっているんです」


「わかってくれたか、秋山。早急に十種の力を結集する必要がある。だが、今の状況では、我々はバラバラだ。まずは、松莉ちゃんの件を片付けねばならない。ヤチが動く前に」


「じゃ、じゃあ、早く松莉のところへ……」


「そのためには準備が必要です。松莉のゾンビは秋山先輩に何とかしていただけると信じていますが、問題は、『生玉』の菊理」


 そうだ、菊理にはこの前一撃でやられている。

 油断とかいう問題ではなく、あの速さには反応できない。


「彼女をどうにか出来るのはやはりあの方でしょう」

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