第162話 北条波瑠は心を決める

 決意を込めた私が、今一度おばあちゃんの墓に手を合わせたとき、もう雨は止んでいた。


 おばあちゃんも私の決意を応援してくれている。

 そんな気がした。


 よしっ、と両手に気合いを込めて自分を鼓舞する。


 今考えていることを行うには、私一人では無理だ。

 キョウケンの、全員の力が必要になる。

 学校に行って、そして皆に会わなければならない。


 徳子のりことは気まずくなってしまっているが、彼女はわかっているはずだから、きっと大丈夫だろう。

 むしろ私のことも心配してくれているかもしれない。


 彼女の、生徒会の力も借りることができれば、さらに心強い。

 連携を計るならキョウケンに行く前に彼女の、ノリのところへ行くべきかもしれない。


 ……?


 目の前に立つ人影に気がつくのが遅かったのは、考え込みすぎていたからだろうか。



「こんにちわ、北条先輩」



 ウチの高校のセーラー服。

 リボンの色から判断すると一年生。


 彼女がしなを作ると、左右の三つ編みのおさげがふんわりと揺れた。


 和やかな笑みをたたえている。


 彼女とどこかであっただろうか?

 頭の中の心当たりを探し回るが、一向に要領を得ない。


 その様子が可笑しかったのだろうか、彼女はくすりと笑う。

 そして、口を開いた。


松莉まつりを救おうと考えていますね」


「何ッ!」


 思考を読まれた?

 まさに今自分が考えていることそのままだとは。

 うろたえる私に対し、彼女はさらに言葉を重ねてくる。



「ここで悠長に十種神宝とくさのかんだから神子みこを全員集めるのは悪手です。お勧めしません」


 この言い方……彼女は『十種神宝』のことを知っている?

 しかも、『神子』という言い方を知っているのは私くらいのはず。

 そういえば、彼女は『松莉』のことも先ほど口にしていた。

 全員ということは、私達のことを知っていることになる。


 ……全てを知っているということか?


 不可解すぎる。

 目の前の彼女が十種神宝の所有者である可能性は高いと思える。

 しかし、たとえそうだったとしても、同じ十種の所有者である私には能力は効かないはず。

 徳子であっても私の心は読めないのだ。


 私の絶対予言による未来予知ならば、ある程度知らないことも知ることは可能ではあるが、そもそも、十種神宝の力はこれまで同じものは無かった。

 同じ効果があるというのは考えづらい。

 神宝が十ある意義が無くなるからだ。


 ということは、状況を全て把握することのできる別の十種?

 考えたことの意味そのものを考えてしまう事態だな、全く。


 まあいい、彼女は全てを知っている。それでいい。


 だが、能力よりも重要なことがある。

 やっぱり私は腹の探り合いは苦手だ。

 ここはストレートにいってみよう。


「君は――」


「『何者だ? 敵なのか味方なのか』ですか?」


「くっ……」


 次に言おうとしていたことを完全に言い当てられた。

 こうなると、実は別の次元から来たもう一人の私とかじゃないのか? そんなことまで考えてしまう。


「信じていただけるかわかりませんが、私はあなたがたの味方です、北条先輩」


「味方……だと」


「このまま進めば、悲劇は避けられません。私はあの悪夢の未来を変えるために今ここにいるんです」


「まるで未来を見たかのようなことを言うな。私でも無いのに」


 これは彼女を試したくなったから言ってみたのだが、返って来たのは想像を超える答えだった。


「先輩の十種『沖津鏡おきつかがみ』の絶対予言で実際に見て頂くのが良いかもしれません」


「どういうことだ!?」


「北条先輩は、四月に、秋山先輩、そして穴山先輩の未来を見てから『絶対予言』を人に対して使われていませんね」


「確かにそうだが……」



 詳しすぎる。

 もう既に私は彼女が関係者であることに、全く疑いを抱いていなかった。

 実は浅井が変身能力の十種でも手に入れたのでは無いか、そんなことを考えるほどに。


 しかし、次の一言はそんな私の弛んだ心を震撼させるものだった。



「秋山先輩の死後の未来を見てみてください」


「それはできない。できるはずがない。お前は知っているのだとは思うが、そんなことをすれば未来が確定してしまう」


「確定しませんから大丈夫です」


「何だと、なぜ言い切れる?」



 絶対予言の予言は確定予言。

 今まで見た未来が実現しなかったことなど無い。

 さらに、どう見ても彼女は、『沖津鏡』も絶対予言も知っている風だ。

 なのに、それを否定するその目は確信に満ちている。



「未来が無いからですよ」


「なっ……」



 確定する未来が無ければ、確かに確定できない。

 しかしそれは、その意味することは……。



「君を信じろというのか?」


「どちらかといいますと、見ることで私の言の正しさを信じて頂けるのではと、そちらに賭けています。聡明な北条先輩には」


 彼女がニコリと笑った。

 言っていることは、皮肉交じりな気もしなくはないが、不思議と嫌みは感じられない。


「気持ちの良いやつだな。君は」


「先輩が何度お会いしても、『君』と私のことをお呼びになるのも、そうですよ」


 彼女の言葉が途切れるのを待って、私は集中し始める。

 秋山の像を頭に浮かべて……時間を……進める……


 ……


 ……


 確かに、あの殺害される一瞬で暗くなり、その後はただ暗いだけの状況が続いた。

 こんな未来は初めて見る。


「もうよろしいでしょうか?」


「あ、ああ」


「未来が無い、これはいくつか解釈が可能です。一つ目は、秋山先輩が生き返ることが無いケース。これは北条先輩自身の未来を見て頂ければ誤りだとわかります」


「私の未来も無いということか」


「ええ、残念ながら……ということで二つ目め、十種神宝『沖津鏡』の力が儀式により失われるため。これはありえるかもしれません」


「軽く言うのだな、そして断言しないのか」


「私にもわからないことはありますので。そして三つ目、そもそも未来が来ないため。考えたくはありませんが、これもありえるのです」


「私には全くその根拠がわからない。どういうことなのか教えて貰えるか?」


「あなたのよく知っているヤチが蘇るからです」


「な、何だと……」


 やはり私は、あの疫病神から逃れられないのか。

 驚きおののく私に彼女はさらに衝撃的な事実を投げつける。


「私が来ることで、封印の解かれた十種神宝がその九まで揃いました」


「そ、それでは君は……」


 くるりと手を回す。

 彼女の掌の上に、虹色の勾玉があらわれ、不思議な輝きを放つ。


「これは『道返玉ちかへしのたま』どんな力であるかは、今のところは秘密にさせてください」


 秘密と言われても、ここまでされてはもう完全に彼女を信じるしかない。


「十種が九つになったこと、それは最後の一つを持つ者の目覚めを意味します。もはや猶予はありません。だから私は最初にあなたのところに来たんです、先輩。あなたの十種は秋山先輩の十種と並んで特別です」


「特別だと? それはどういうことなんだ?」


「それについては、今はお話できません。あなたは繊細な方です。真実を伝えて自分を保てるとは私には思えないのです。ご容赦ください」

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