第161話 武田松莉の思い出4

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松莉は兄のために頑張ります。

この努力は食欲を削ぐ内容の可能性が高いです。

例によって食事中、食事の直前直後は避けてお読み願います。

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 墓地から連れ帰った少女八重。

 私にとっては人間実験体第一号。


 私は彼女を使い、ジョー兄を生き返らせる前の最終確認を行った。

 蘇った死人、ゾンビと人との違いの確認。


 ジョー兄は私の最高傑作でなければならない。

 しかし、やはり生きている人間との違いはあるだろう。

 ジョー兄と末永く、楽しく、幸せに暮らすために、それを見極めなければならない。そう思った。


 小動物での実験の時もそうだったが、両親が私を恐れ、離れに近寄りもしないのは、彼女を匿うのに大いに助かった。


 動物と異なり、人間となると、見つかったらきっと余計な詮索をされる。家出少女だの何だので、警察が来たり騒ぎになったらジョー兄を蘇らせるどころではなくなる。


 だから、人気ひとけのある時に外に連れ出せるわけはなく、他の人間の生気を吸わせるわけにはいかなかった。

 するとやはり四日目に彼女は骨に戻っていた。


 再度蘇らせて、親の目を盗んで盗ってきた食事を与えてみたが、食べることはできるものの、栄養にはならないようで、同じく四日目に骨になっていた。


 つまり食事は意味がない。

 ゾンビには代謝というものが無いようだ。

 だから体温も無い。


 これは私にはちょっと残念だった。

 ジョー兄に抱きしめられても温かみがないということだから。


 三回目の蘇りの三日目に、私は試みに、彼女に私の体に触れさせてみたが、これは失敗だった。

 あの鳥のつがいの実験結果から、接触により、エネルギーの受け渡しができそうだという単純な理由ではあったのだが……


 触れられただけで、意識が遠のいて……



 目覚めると、ベッドの上。

 時間を見ると、丸一日が経過していた。


 脇の椅子に座る八重が心配そうに私を見ている。

 彼女が運んでくれたらしい。


 主人に尽くす、良い子だ。

 私は彼女の髪を撫でた。


 念のため、親に『勉強で離れにこもるから、食事もいらない、自分の都合でインスタントものを食べておく』と言っておいて本当によかった。

 休みの一日が潰れたのは授業料と思っておくことにする。


 ともかく、私の体力では、ゾンビにエネルギーを供給することはできない。

 作り直せば済むとはいえ、ゾンビの維持は今後何か考えないといけないだろう。


 私が一日倒れるほどのエネルギーを彼女に与えたのにも関わらず、彼女は追加で一日はもたなかったのだ。



 さらに、彼女を何度か生き返らせてみた結果わかったことがそう思わせる。

 生き返った直後、彼女は私の名前をいつも覚えていなかった。

 面倒だが、主従関係をわからせるため、名前と彼女の立場は毎回説明してやった。


 つまり、生き返らせてからの記憶は引き継がれない。

 引き継ぐためには、生き延びさせなければならない。


 逆に考えると、喧嘩や気まずいことがあったら、一度リセットできるわけだが、それが二人の思い出が消えるのと天秤になると思うと、寂しい気がした。



 そうなるとやはり、人を掠ってでも、生気を吸わせなければならない。

 これには、ゾンビ軍団に人を襲わせ、気を失ったところを狙うのが良いだろうと私は思いついた。


 けれど、わざわざ墓に出向いてというのも、目立つだろうし、何より面倒くさい。


 この面倒くさがりが功を奏したかもしれない。

 私は適当に夜に通学路沿いでゾンビ召喚を試してみたのだ。


 その結果、召喚できるところとできないところがあることがわかった。

 不思議に思って調べてみたところ、できるところは元墓地だったりその昔戦いで人が死んだりといった死にまつわる場所だと判明した。

 学校で召喚可能なのは、元墓地だから。


 自分でも認める面倒くさがりなのに矛盾してはいるが、必要とならば頭は使うもの。

 力をセーブするために、八重を葬ったままにしておいたら、なぜか学校でも彼女が召喚できた。

 一度召喚した魂は、骨の欠片も無くともどこでも呼び出せるということなのか?

 条件についてはまだまだ検証が必要そうだ。


 そうそう、死にまつわる場所では他に比べて召喚にかかる力の消費が少なく、ゾンビの見栄え自体も良いものになるというのも、彼女のおかげでわかったことだ。

 本当、実験体一号には感謝しなければならない。



 こうして一月ほど実験を繰り返した結果、概ね自分の能力を把握できた私はついに、ジョー兄を蘇らせた。


 我が家の墓の前で戸惑う兄に抱きつくと、用意していた服を着せて家に連れ帰る。

 両親が寝静まったのを見計らってお風呂に入れる。


 シナリオ通り、完璧な計画の遂行で私は上機嫌だった。

 少なくとも兄の口からあのことを聞くまでは。



「ところで松莉、ノリが無事か知らないか?」


「えっ? ノリちゃん? どういうこと」


「林間学校でな、ハルとあいつを探して俺頑張ってたんだけど、車がきて、ノリが近くにいたところまでは覚えてるんだが、その後どうなったのかが気になって……わからないなら、いい」


 これで私は理解できた。


 なぜ私が忘れているのかはわからないが、どうやら兄が死んだのには、あの北条波瑠と生駒徳子が関係しているらしい。


 チュー兄の名前が出てこないのは関係ないからだろう。

 このジョー兄の話づらそうな感じだと、おそらくジョー兄と二人とで恋愛的なもつれがあったに違いない。


 許せない……人殺しどもメ。

 どうせ兄が死んだ影で別の男を見つけたりしてるんダロウ。


 ジョー兄の心配そうな顔で我を取り戻したが、この思いは私の心の奥底に突き刺さり、折に触れては傷むことになった。



 それからしばらく離れでジョー兄と暮らした。

 やはりどうしても、両親と会いたがったり、学校に行きたがったりするので、したくは無かった強制をこっそり掛けて誤魔化した。


 そう、ゾンビは私に逆らえない。


 それでも繰り返し湧き起こる感情らしく、面倒になった時私は彼を骨に戻した。

 直後に寂しい感情に襲われたが、きっとあれは違う兄だったのだと自分に言い聞かせて再度召喚した。

 けれど、家での召喚は微妙に外見が気に入らず、結局私はまた墓地に行き、兄を召喚することになった。


 三度目の正直。

 面倒になった私は、両親に会わせてみた。


 どう考えても常識外のことではある。


 しかし、目の前に我が子がいるのも現実。

 受け入れるしかなかったのだろう。


 泣いて喜ぶ母親に、父親もこの現実側を認めるしかなかった。

 良かった。これで殺さずに済んだ。

 私は別の意味で胸をなで下ろした。


 面倒だけはごめんだ。



 次は学校。

 

 私は兄を連れて、校長室に殴り込んだ。

 といっても最初は理由を説明し、穏便に許してもらうつもりだったのだ。なのに、いちいち五月蠅く細かいことを言って、許そうとしないので、私の殺意は頂点に達してしまった。


 鞄から刃物を取り出そうとする私。


 その時だった。

 あの女が来たのは。


 急に扉が開いたかと思うと、彼女が入ってきた。

 そして、私を一目見るなり叫ぶ。


「ま、松莉まつりちゃん!?」


生駒いこま……徳子のりこ……」


 我ながら冷たい声、でも冷たくなろうというもの。

 兄に死をもたらした人間だ。

 今や、私の殺意は彼女に向かいつつあった。


 その時だ――


「よう、ノリ、元気そうだな」


 隣のジョー兄が彼女に向かって、それはもうのんびりした声で言ったのだ。

 それはもう、私がその言葉の意味を考えこんでしまうほどに。


「じ、ジョー?」


 驚いている。目を丸くしている。

 そうだろうそうだろう、これが私の偉大な力だ。

 気分が良くなった私は矛を収める。


「でも、どうして……。こんなことあるはず無いのに……だってあなたは……」


 余計なことを言い始めた。

 これは見過ごせない。


「『人殺し』が余計なことを言うんじゃ無いよ」


 効果はてきめんだった。

 生駒徳子の動きが完全に止まる。


 信じられないといった表情。


 ということはやはりこいつはジョー兄の死に関わっているのだ。

 許せない、許せないが今はジョー兄もいる。

 派手には動けない。


「お、おい松莉……」


「ジョー兄は黙ってて!」


 あいつのせいで、ジョー兄にまで怒鳴ってしまった。

 あー、もう、イライラするッ!

 やっぱり殺してやろうか。


 私は再び鞄に手を伸ばす。


 しかし、結果としてここで私が刃を振るうことは無かった。


 まさにこの時に校長が、認めると言ったのだ。ジョー兄の復学を。

 私の望むことはこれだったのだ。後はどうでもいい。


 しかも、一緒のクラスで一緒に学べる。

 周りには生きの良い生気の塊がたくさんいる。

 私に鬱陶しく絡むのから順番に吸わせて貰おうか。


 バラ色の高校生活の、始まりだった。

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