第103話 お嬢様の真実11 最後の方法
『お母さんの幸せのために、消え去りたい……』
アタシが頑張って書いたスケッチブック十数枚分の手記を手に、先輩が呟く。
最初にアタシが簡単にこれまでのこと、自分のこと、家族のことをまとめて書いた。
そして、風紀委員先輩の質問にアタシが答えること数度。
お昼休みの限られた時間と思って急いで書いていたのだが、書き終えて気がつけば時計の針はもう、とっくに午後の始業時刻を回っていた。
でも、誰も立ち去らなかった。
皆、こんなアタシのために、いてくれたんだ。
ありがとう。
先輩以外の三人は終始無言だった。
少し余裕が出来たから、様子を見てみたんだけど――
さおりんは自分で自分の口に手を当てたまま、しゃくりあげてる。
この子、静かにするように我慢してくれてたのか……。
ナオナオは、そんなさおりんを撫でてあやしてる。
この子も目の周りがすっごく赤い。
ダメだぞ、きみはクラスの人気者委員長なんだから、教室に戻ったときに男子も女子もきっと騒いじゃう……。
いっちーは他の二人に比べると冷静そうだけど、その肩を微妙に震わせたまま、下を向いてる……本当にありがと。
『その消え去りたいという思いが強いから、戻れないのね』
『そんなっ、先輩何とかしてあげて……えっく……ふえーん』
さおりん、泣かないで……こっちにも伝染するだろ。
『穴山さん、ごめんなさい。私は神様じゃないの。それに、消え去りたいのが彼女の願いであるのならば、それを止めることは誰にもできないのよ。できるとするならば……』
『彼女自身ということですか……』
これは、いっちー……
『そのとおり、思いが変わらなければ、きっと彼女は戻れない』
『戻りたい気持ちになれれば……でも、それって……』
ナオナオは同じ気持ちになってくれてるんだね。
そっか、厳しいな。
アタシ、絶対にそれだけは、変わる気が、しないから。
『もうひとつ方法は無くはないのだけれど……』
もうひとつの方法?
そんなものがあるなら、アタシは絶対にそれを選ぶんだけど。
どんな方法なんだろう?
先輩のこの思い詰めたような顔、少し不安だ。
『……そんな方法あるんですか? あるのなら……』
涙の洪水で動けないさおりんを抱いた、ナオナオが、顔だけ先輩に向けて訴える。
『直、あなたの気持ちはわかりますが、おそらくその方法は……』
いっちー……その顔。
君はわかってるんだね。
アタシは……先輩の答えあわせを待つよ。
だって、怖いから。
『そう、これは最後の方法』
ここで一旦彼女は一息入れて、三人とそしてアタシを見回す。
悲しげな瞳に浮かんでいるのは、どんな思いなのだろう。
やがて、彼女は淡々と、感情を込めないように、平坦な声で言った。
『彼女が、彼女で、無くなればいい』
アタシが――
アタシで――
なくなる……?
そうか、アタシがアタシで無くなるのなら、お母さんの子じゃなくなるから、万事解決。
どうして気がつかなかったんだろう。
姿が消えていても、今はまだお母さんの子であることに代わりはないんだ。消すことが達成できてない。
でも、どうやったらそんなことができるの?
ああ、これ、気がつかなかったんじゃなくて、そもそもできないから考えられない系の方法なんだな。
目の前の、この先輩は、それができるということ!?
『彼女の存在を消すのでは無く、存在自体を変えることで彼女を彼女自身から解放するということですか……? しかし、そんなことは人の力では不可能では? それに、いくら彼女が変わろうとも、周りの人間は彼女のことを覚えています。人は、生まれた関係性は、消すことなど出来はしないのです!』
いっちーが珍しく吠えた。
この子は先輩に向かってこんなことを言う子じゃない。
彼女はアタシと違って現実を見ている。
だから、きっと、先輩の言葉を認められなかったのだろう。
本当にごめん。巻き込んじゃって……。
『……私にはそれができるの……』
『『『『!』』』』
全員一度に凍り付いた。
もちろんアタシも含まれてる。
この状態から最初に動けたのは、やはり、いっちーだった。
『ど、どうやって……!?』
『方法は今は言えないわ。彼女がまだ今の自分を捨てる道を選んでいないのだから。透明人間さん、あなたは全てを捨てられるの?』
……
……
ダメだ、スマートフォンを捨てるのとはレベルが違う。
アタシがお母さんの子で無くなる……。
お母さんがお母さんで無くなる……。
さっきまで強く願っていたことだとはいえ、やっぱり突きつけられるとちょっと、キツイよ……。
『すぐには、無理よね。一晩あげるから、よく考えて。明日また、この時間に聞きにくるから』
先輩はそう言うと、立ち上がり、アタシ達四人に背を向けた。
『そうそう、今の時間は授業にいたことにしてあげるから、三人は休み時間が過ぎたらもどりなさい。それから、言うまでもないでしょうけど、他言は無用よ――後始末が面倒だから』
そして、これだけ言い残して扉の向こうに消えた――
それからは、あまり覚えてない――
あまり覚えてないっていうのは変か、
思い出さないように、記憶に止めないように――
のかもしれない――
みんなが、振り返り振り返り、最後手を振って、扉の向こうに消えた後、その時は、心を決めたつもり、決められるつもりだったんだけど、やっぱり、ね……。
不思議なんだよ。
別に、天変地異とか何か起きたわけでも無いのに、あの先輩のお話を聞いた後は見える物全てが違って見えるんだ。
どんな魔法を掛けられてしまったのか、って感じ。
でも、この屋上で、立ち止まってちゃダメな気がする。
明日までに自分をどうするか決めないといけないんだ。
……決めるってどういうことなんだろう?
そもそもアタシは消え去りたいと願ってこの透明な状態でいるんだから、今更それが揺らぐものでもないのに。何が邪魔してるんだ。
……でも、何かがモヤモヤする。
そうか、決めるって……この残っているモヤモヤを吹っ切ること、なのかな?
アタシは立ち上がった。
今の自分にさよならの儀式を行うために。
社会科準備室……とてもお世話になった部屋。
ここを住みかに選んだのは、やっぱり落ち着くからだな。
住人である、いっちーと先輩の人柄の反映なんだろうけど。
そうか、居場所っていうのは、人も含めるんだ……。
よく見ると、ちょっと埃っぽいかも。
掃除しておこう。
よし、綺麗になった! これで、よし!
……これでアタシもここに含まれたかな?
家庭科室、音楽室、図書室……特別棟の他の部屋はさすがにどこも人がそれなりにいた。
授業、とても楽しそうだ。
アタシやっぱり学校は好きなんだな。
透明になってからずっとここにいたのが分かった気がした。
それなら……学校もアタシだったんだろう。
本は、さおりんとナオナオに迷惑かけちゃったよね。
でもさ、この生活になってからわかったんだ。
アタシ本読むの意外に好きだった。
だから本にもきっとアタシがいる。
ファンタジーだよね。
……もう、学校はいいかな。
全部が全部アタシ、それを納得して学校を後にした。
ひさびさの自宅は、もうね。
お父さんとお母さんがいたけど……それについては何も言えないや。言う資格が無いもん、アタシ。
でも、警察の捜索を受けて、いろいろひっくりされちゃってても、自分の部屋は自分の部屋だった。
アタシの部屋、そしてここはアタシの家。
……お母さんごめん。
……お父さん、お母さんをよろしくお願いします。
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