第104話 お嬢様の真実12 さようならアタシ

 翌日、昼休み、屋上。


 さおりん、なおなお、いっちーの前でアタシはスケッチブックに書いた。



 わ た し を


 わ た し で な く


 し て く だ さ い



『確かにその気持ち受け取ったわ。あなたが悩み、苦しみ、その結果出した結論だというのならば、それはどんなものであっても尊い。ならば、その前にこれだけは伝えておかなければならないわね。あなたに、あなたたちに』


 先輩は、ぐるりとアタシを含めた四人の顔を見渡す。

 そして、最後にアタシの方を向いてこう言った。


『あなたが、あなたで、無くなるということは、穴山さん、遠山さん、浅井さんもあなたを忘れるということになるの』


 さおりん、なおなおと一緒に、ハッと息を飲む。

 いっちーは……うつむいてる。


『先輩、それ……どうしてもですか?』


『わ、私、忘れだくないでず』


『……』


 三者三葉。

 ダメだよ、そんなの、決意鈍るじゃんか……。


『申し訳ないけれど、彼女を消すためには、彼女に関わる全てを消去デリートする必要があるのよ。残酷な言い方だけど、それによって、あなたたち三人の関係も元に戻る』


 それって、折角友達になったさおりんとナオナオといっちーが……。ここにきて、アタシは悩みのスパイラルに陥りそうになっていた。


 そんなとき――



『穴山さん、直。ワガママを言ってはダメです』


『いっちゃん?』


『市花ちゃん?』


『先輩、最後に少しだけ時間をいただいても良いですか? せめて、四人で話したいのです』


『……もちろんよ』


 先輩の許可をとると、いっちーはさおりん、ナオナオとアタシの周りを囲んだ。



『では、言い出しっぺの私から……最初は、先輩と私のプライバシーをのぞかれていたことに怒っていたんですからね、私』


 それに関しては本当にごめん、いっちー……


『でも、今こんな感情を抱いているということは、あなたのことが、その、好きなのだと思います。忘れてしまいたくない……』


 いっちー……泣いてる?


『あなたは今のあなたでなくなるかもしれない。私たちも今の私たちでなくなるかもしれない……ですが、こうして知り合えたのだから、きっとまた会えます。忘れてしまうのであれば、私は魂に刻みこんでおきますよ!」


 あ、あれ、なんかさ、よく見えなくなってるよ、アタシの目。

 

 アタシは、誰にも見えない涙を拭いながら、スケッチブックに書いた。



 いっちー、ありがとう



『次は私か。穴山さんとあなたのこと、私も忘れたくないよ。でも、そうするしかないんだよね……だけど私、また会えたらきっとまた同じことになると思う。だから、さよならは言わない、から……』


 下をむいたままなのは、うん。

 そうだね、三人は変わらないんだから、きっと、同じことになる。



 ナオナオ、またね



『……透明人間は孤高の存在……透明人間は孤高の存在。うん、あたし一人でも大丈夫! だから安心して! ふええええええん』


 何を言い聞かせてるの? さおりん? って、あー、これは無理だー。

 泣くとは思ってたけどさ~。


 でも、アタシは知ってる。

 この子がどれだけ芯の強い子なのか。

 いつもアタシのためにお構いなく自分で傷ついてた。


 まったくどんなナイトだよ!

 防御薄いのにさ。


 ……だから大丈夫。

 

 

 さおりんは、むてき



『さて、そろそろいいかしら? よければ三人とも、教室に戻って』


『どう……して、えっく』


『ここにいれば、終わった後は元の関係に戻る。穴山さんと浅井さん以外は他人になるのよ』


 そうだ、それはさおりんには、とてつもなく辛いことになりかねない。


『折角の最後です。学年棟まで、一緒にいきましょう、穴山さん。直もいいですね。とうめいさんの新たな門出に私達はいてはならないのです』


『いっちゃん……』


『う、うん』


 さおりんも、いっちーの言葉に折れた。

 そしてまたあの時のように何度も振り返りながら、扉まで。

 最後いっちーが扉に手を掛けている間に、さおりんは叫んだ。


『透明人間は孤高の存在! でもポチはポチだからね!』


 そして扉の向こうに消えていった。



 訪れる静寂。



『では始めましょうか』


 アタシは先輩に頷いた。


『まずはあなたの真名を教えて欲しいのだけれど』


 アタシは書いた。



 おおの いぬい

 大 野 衣 縫



 この名前も書き納めか、寂しいな。



『ありがとう。良い名前ね……でも、あなたは変わらなければならない。覚悟はいいわね』


 頷く。


 彼女はそれが見えたかのように、にっこり笑うと、くるりと手を回す。

 手のひらの上に、紫色の勾玉が現れ輝いた。



 先輩は続けて祝詞を言祝ぐように、勾玉を掲げて踊るように歌うように、祈りを捧げる。



『玉よ聞きとどけよ――

 彼女、大野衣縫の思いを


 思いにつらなる糸を

  たぐねて

   つらねて


 そして

  全てが白く

      白く

  変わりますように


 白く染まりし後に

   私は描きます

  人が人たる由縁を――』


 パーッと光輝く。

 もう見ていられず目を両手で覆う――


 次の瞬間には、光は消え、全ては終わったらしかった。

 先輩が言ったのではなく、アタシが彼女の表情を見て、そう思ったのだ。



『あなた、綺麗な顔をしているのね』


『えっ!?』


 そうか、呪いは解けたんだ……先輩に見えてる。



『でもやっぱりダメ……あなた以外には問題無いといえば問題ないけれど……』


『どういうこと?』


 何がダメなのだろう?

 こうして姿を取り戻せたというのに。



『記憶、残ってるでしょ……あなたの記憶を消さないと、あなたが辛い思いをするというのに、どうしてかできないの』


『よくわからないよ、先輩』


『ええっと、私のあなたをあなたでなくする計画は、あなたの記憶をあなた含めた全員から消すことなのよ。もう言ってしまうけれど、人の心を読み、人の心を操る、平たく言うと記憶を操作できる能力が私にはあるの。さっきは、あなたに関する心のリンクを辿って集合する意識経由で、それを行っていたのよ』


 そうかとは薄々は思っていたけれど、目の前で先ほどの魔法を見せられて断言させられたら、もうこう言うしかない。


『す、凄いよそれ!』


『普通どんな人間も、心を自由にできるんだけど、あなたの心だけはできないみたい……』


『うーん、でもさ、考えようによっては、アタシは全部覚えてられるんでしょ。それは素敵なイレギュラーだと思うよ。アタシは嬉しいっ』


『あなたは……強いのね。でも、もう大野おおの衣縫いぬいという人間はいなくなった。それは忘れないで』


 さよなら、アタシ。

 大野衣縫。

 あれ、ということは……


『名無しさんになったってことか~、ちょっと不便ていうか、テスト絶対零点なるじゃん』


『気にするのはそこなのね……まあ、いいわ。だから、新しいあなたの名前を用意しておいたの。もう既にこの名前で皆に認識されるはず』


 先輩はスケッチブックにアタシの新しい名前を書いてくれた。


 ほそかわ いぬい

 細 川  乾


『ほそかわ、いぬいか……名前は漢字が違うだけでわかりやすいけど、名字もっと格好良いのにならなかったの?』


『私の……友人が、歴史が好きでね。戦国時代の女性で、最も、最期まで自分の誇りを守った気高い女性の名字は、「細川」だって言ってたの。それで、この名字にしたのよ。ちなみに「けん」は全て陽からなる八卦。これもあなたらしいかなって』


『そこまで言われちゃうと、もうあきらめるしかないってやつだね。細川乾か。うん、しっくりくる。大事にするよ』


『……』



 先輩は、アタシの方をじっと眺めていた。

 何かまだ言いたいことがあるって感じで。



『どうしたの? ノリスケ先輩?』


『誰がノリスケ先輩よ! もう、あなたと話してると調子狂う。心も読めないし……。でも、責任はとらなければならないわね。あなた、私の家に来なさい』


『せ、責任って、まだアタシ何もされてないよ? 実は何かされてたの?』



 このアタシの言葉に先輩の顔は真っ赤になった。



『ち、違うわよ! な、何言ってるの。記憶が残ってしまってるでしょ、記憶。その責任!』


 可愛いんだよね、こういう時の会長。

 ツンデレに熱意を燃やす男子がいるってのがわかるって感じだ。



 それから、細川乾として新しい人生を歩むことになったアタシは会長の家で厄介になることになった。


 学校や市役所の記録とか、アタシの家にあったアタシの痕跡とか面倒なのも全部なんとかしてくれたらしい。

 会長の力「それっていいの?」って気もするけど自分としては都合が良いから文句は言えないよね。


 アタシのことは従姉妹ってことにしてくれてるんだ、この家では。

 会長の両親は別の家で暮らしてるみたい。

 この家はアタシと会長の二人だけなんだよ。

 まったくお金持ちだよね。


 これはナイショだけど、会長も両親と一緒だと息ができないとかいってた。

 まあ人生色々だ。透明よりはいいさ、ってね。

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