第102話 お嬢様の真実10 特異点

『どういう、ことです?』


『警察が学校に来るって言うの。さっき学校に電話があった』


『け、警察?』


『行方不明の生徒のスマートフォンの位置情報が、学校にずっとあれば不審に思うわよね。しかも電池切れしてもいい時間を超えてもまだ電波を発していれば』


 しまった、そんなこと考えてもいなかった。

 当然スマートフォンは電源を入れたまま持ち歩いている。

 アタシのいる位置は、ネットワークを通じて把握されてるんだ。

 姿は見えないのに……位置だけ。


 いまさら電源切っても、仕方ないかな。

 でも切っておこう。



『いまさら切っても無駄よ、透明人間さん』


 アタシは固まった。

 そして今まさに電源ボタンに掛けた手を止める。



『ええっ! 私何も言ってないのに……直ちゃんも、市花ちゃんだって』


 さおりんも、想像を超えた風紀委員先輩の言葉に戸惑っている。



『ごめんなさい、穴山さん、丁寧に説明している時間は無いの。今は透明人間さんの問題が先』


『は、はい、ご、ごめんなさい』


 この風紀委員先輩の言葉には頷くしかないだろう。



『いい、透明人間さん。このまま、警察が来たら、盗まれた非常食の件も当然調査されるでしょうし、そこで指紋が見つかったりしたら、あなたは犯罪者になる』


 指紋……考えてもみなかった。


 非常食の箱は素手で触っている。

 ついているとしたら、アタシが犯人だとバレてしまう。


 そうなったら、姿が見える見えないどころの話では無く、そのまま犯罪者として追われる身になる。



『そ、そんな……どうにかならないんですか?』


 ナオナオがアタシの心を代弁してくれた。

 さおりんも隣で救いを求めるような顔つきをしている。



『ようやく事の重大性がわかったようね。警察が来ることは動かないから、事件にならないようにするしかないわ』


『先輩、具体的にはどうするのですか? 私たちにできることがあるならば、協力いたします』


『話が早くて本当に助かる。位置情報やログという証拠は動かないから、透明人間さんには申し訳ないけれど、スマートフォンはあきらめてもらうしかないわね。落とし物扱いにして誤魔化す。そうね、ロックを外した上で、破壊して、猫の首にひっかけておくとかが妥当かしら』


 残念だけど、ここは従うしか無い。

 アタシは、彼女の前にスマートフォンを置いた。


 今まで長い間、ありがとう……さらば。



『ええ~どこから、どこから?』


 さおりんが今更なリアクション。

 この子本当に純粋だな。学校で生きづらいわけだよ。



『確かに預かるわ。これで警察の方はオーケー』


『先輩、非常食の方はそれでは解決しないのでは?』


 いっちー!

 そうだ、非常食の箱の証拠は消せない。



『さすが浅井さんね。実は、大丈夫なの。既に先生、生徒複数人に非常食の箱に指紋をつけてもらってる。だから安心して。そのうちの一人だから、疑われることは無いと思うわ。運ぶのを手伝ったことにするから。そして数え間違いだったことにすれば万事解決よ』


 木を隠すなら森か。

 しかし、よくそんなに協力してくれる先生、生徒がいたものだ。

 この風紀委員先輩、確かにお嬢様っぽい外見で可愛い感じだけど、校内で先生にも生徒にも人気があるのだろうか?



『私がどうしてそんなことが出来るのか、出来るとしてもなぜこんなことをするのか、疑問なようね、三人とも』


『お尋ねして良いものか悩んでおりましたが、おっしゃるとおりです』


 いっちーが受けて答える。

 気の弱いさおりんに、論戦するのは苦手そうなナオナオ……。

 よし、ここは賢い君にまかせたぞ、いっちー。


『きっと真にわかってもらえはしないだろうけれど、この汚れた世の中に残る綺麗なものを守るため、かな。ある程度汚れてしまうのは仕方ないってわかってはいるのだけれど、その汚れのために、綺麗なものまでが汚くなるのは許せないのよ。だから、私は学校を、学校の秩序を守る』


 風紀委員なのに、先輩のこの汚れを認める発言は意外だった。

 


『しかし……綺麗は汚い、汚いは綺麗ではないのでしょうか?』


『そうね、自分が汚い人間は、自分のことを汚いと思えないのはそうよ』


『……主観はお認めになるのですね』


『あらゆる人間の主観を毎日見ていれば、ね。ただ、白は白、黒は黒。目に映る色は違うかも知れないけれど、元の色は変わりはしない。それは真実よ。光速度が不変なようにね』


『先輩。あなたは、普通の人間が見えないところが見えているのですか。だから、白を守ると……ですが、あなたが黒となった時は、どうなるのです? 特異点では物理法則は通用しないでしょう?』


『言うのね、浅井さん。その時は、きっと、私以外の誰かが、私に教えてくれると信じてる。私のテーゼに、アンチテーゼを与えるものがいたら、きっとジンテーゼが生まれる、アウフヘーベンできるはずでしょう?』


『それは「対話」であると受け取ります。思ったよりも民主的な方で安心しました。あなた自身は黒でも白でもない、綺麗な灰色なのですね。ご無礼を申し上げ、申し訳ありません』


『ううん、誰もここまでは踏み込んでくれない、踏み込めないから。私は嬉しかったのよ、今。浅井さんの理解力はとても素晴らしいと私は思う』


『お褒めいただき光栄です』



 話の内容がわからない、高度過ぎて全くわからない。


 アタシの仲間のさおりんは「特異点、て何か格好良いな」とか全然違うこと呟いてる……うん、わかるよ、その気持ち。


 けど、ともかく、この先輩は、学校を大事に思っているから変な騒ぎにならないようにしたいと考えている。


 そういうことなんだろう。



『さて、では、これで良し、と言いたいところだけれど、まだ一点残っているの』


『何です?』


『あなたたちは、透明人間さんを元に戻す方法を探そうとしていたんでしょ。私の中では、この子が透明なままなのは綺麗じゃないわ』


 ニコリと笑う。


 学校だけじゃなかった。


 こ、この先輩は……言ってることが難しいだけで、実はとても良い人!?

 誤解されやすいタイプなんだろうな、まったく。


 折角だから、この機会にアダ名をつけておこう。


 徳子、ノリコ、リコ、リコリコ……リズムはいいけど利己的、自己中っぽいな。ノリ……ノリスケ! 何か誠実そうなオジサンっぽい名前。これで!


 見た目と百八十度なのもいい、ナイスセンスだアタシ!



『……そこに、いるのよね。最近透明になって、戻れない、あなた。戻りたいのであれば、いろいろ聞かせて欲しいのだけれど』


 ……そうだった、アタシが当事者だったよ。ふざけてる場合じゃないんだ。ノリスケなんて、ごめん、先輩。


 正直なところ、話してどうにかなる類のものではないのではないとも思っている。


 でも、目の前のこの先輩は、今までの話から何か特別な力を持ってそうな気がする。何かしてくれそうな。


 アニメとかだと、隠れて学校で、異能探偵とかあやかし退治とかやってる系だ、きっと。


 現実にそんな人間が存在するのかというのは、ちょっと悩ましいけれど、こんな体にもなってみると、自分のその常識を疑わざるを得ないわけで。


 あれ、でもおかしいな、この人どうして……。

 アタシが透明だから、なのだろうか?

 まあ、いいや、気にしてもしかたない。



『ここからは筆談ね。まずは、あなたの姿が消える前のことから教えて貰えるかしら。あなたがどんな子で、どんな生活を送っていたのか、そこから』


 年貢の納め時……

 決断の時……

 ポイントオブノーリターン……


 でも


 周りを見る。

 三人とも皆、一様に心配そうな顔。


 姿の見えないアタシに

 いないかもしれないアタシに

 ここまで心を寄せてくれる

 素敵な仲間達


 ……


 頃合い、だね



『もちろん、話せないこともあるでしょう。それは秘密で構わない。私は、あなたを救いたいのであって、あなたを苦しめたり嫌な思いをさせたいのではないのだから』


 背中、押され過ぎちゃったよ。


 ……それからアタシは、先輩にこれまでのことを書いた。

 全てつつみ隠さず。


 お母さんのこと

 お父さんのこと


 隠す事なんてない

 あるがままに


 アタシは透明だ

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