第145話 伊勢瑞姫7 絶対予言
「絶対の未来?」
晴子の言う言葉のわからなさに私はそのまま繰り返してしまった。
「つまり、ミズの見てしまった未来は何をしても変わらないと言うことよ」
なるほど、確かに彼女の言うとおりだ。
夢に見た結果を変えようとして動いても、結局同じ結果になっている。
まてよ……だとすると……。
「はるちゃん、私、大変なの見ちゃったかも……」
「えっ!?」
この私の告白は、さすがの彼女にとっても意外だったらしい。
丁度良いタイミングだと思い、ここで私は、さっき気を失っていた間に見たものを彼女に全て話した。
義美には悪いけれど、それどころではないのだ、許して欲しい。
「なるほど……バスで事故か……クラスの子がいたのなら、社会見学かもね」
「どうやったら防げるのかな? はるちゃん」
「見てしまったものが絶対なら、それはもう確定した未来でしょ。私たちが何をしようと、結果はそこへ向かって行くわ」
「そんな……私が見ちゃったせいで……」
「ミズ、あなたのせいじゃない。きっとそれをあなたが見なくても、既に決まってしまっていることなのよ」
うつむく私に、晴子はどこまでも優しかった。
私をさり気なく抱き寄せると、いつも義美にしているように、私の髪を優しくなでてくれた。
「はるちゃん、でも、よっちゃんが、よっちゃんが……」
「まだわからないわ、ヨッシーが死んじゃうのを見たわけじゃないでしょ。事故が起こるのはわかってるんだから、こうなったらバスに乗るときは万全の準備をしてから乗るのよ、いい?」
「う、うん」
「約束、指切り」
彼女が差し出した指に触れたその時だった。
また、めくるめく映像が私の頭に流れ込んできたのだ。
「いやっ」
反射的に私は彼女の手を弾いていた。
ハッとして、彼女の方を見ると、呆然としている。
「はるちゃん、まさか……」
「……見えたよ、私にも。私も思いっきり死にかけてたみたい」
一瞬ではあったが、様々な映像の最後に確実にあの車内が見えた。
しかも、義美のときは意識がもうろうとしていたが、今回はハッキリと痛みを感じられた。
天地がひっくり返るような感覚の後、何かに叩きつけられていた。
だから、私は、何も……言えない。
「これは、十分準備しなくてはいけないわね」
「ごめん……」
「謝らないで。決まってることなら、避けて通れないことなら、分かった方がいい。それに私、自分が癌とか不治の病だったら教えて欲しいって思うタイプだから。分かってたら、その分余生を頑張って楽しまなくちゃって思えるじゃない。だから、本当に気にしないで」
「はるちゃん……」
「でも、ミズが気にしなければならないことは別にあるかも」
「えっ!?」
「思いついたことはあるから明日持ってくる。それまでは、なるべく他の子に手で触れないようにして」
「手で? どういうこと?」
「ここまでの話と、今の体験を総合すると、あなたの予知には今のところ夢で見るものと、他人に触れたときに見るものと二つあるんだと思うの」
確かに今日事故のイメージを見てしまったのは、手で直接義美と晴子に触れていた。
「どうやら触れたときは相手の未来が見えて、その相手にもそれが伝わるようね。さっきはちょっと驚いたけれど、結果としては良かったのかもしれない」
納得しつつも、ここで私は不思議に思った。
「でもどうして手だってわかるの?」
「義美とふれあってたとき、体の他の部分も当然接触していたけれど、気を失ったのは手が決めてみたいだったし、今あなたの髪をなでても何も起きなかったのに、指切りしたらアレが見えたから、おそらくそうだって思っただけ」
おそらくと彼女は言うが、これは確実ではないかと思える。
私が手で人に触れるのは危険なことなのだ。
「じゃ、じゃあもう私、一生この手で人と握手することはできないの?」
「うんうん、それについては安心しておいて。考えがあるから」
落ち込む私に彼女はそう言って微笑んだ。
それは私を安心させようとしているかのように思えた。
そして次の日。
私は晴子にあの校舎裏に呼び出された。
教室を出るとき、義美がこっそりついてきはしないか心配ではあったが、見回したら、まるで仔犬が飼い主のところに行くように、雪夫の席に駆けていっていた。
杞憂という言葉の意味を自分は今一番味わっている。そう思えた。
お幸せに、以外の言葉が全く浮かばない。
さて、校舎裏についた私はそこにいた晴子に紙袋を渡される。
それも私好みの小さく可愛い感じの薄い水色のストライプ柄。
「なんだか誕生日プレゼントとか、恋人に送られる系の何かみたいだよ、何の記念日でもないのに嬉しいよー、ありがとうはるちゃん」
「はいはい、喜んでくれるのは嬉しいけれど、そんなにたいした物じゃないから、さっさと開けてね。何だかそれでこんなに喜ばれると、こっちが悪い気しちゃうから」
がさごそ開けてみる。
中に入っていたのは上品な感じの、白い手袋だった。
「小さくて可愛いよー」
「サイズは大丈夫そうね。目立っちゃって悪いかもだけど、これしか思いつかなかったのよ」
「……?」
「ヨッシーじゃないんだからちゃんと思い出して、これなら人に触れても大丈夫でしょ」
「あーそっか、そうだった。ありがと!」
「まだ早いから、ちょっとつけたまま私の手握ってみて」
「えーっ、大丈夫かな……」
「私を信じなさい、絶対に大丈夫だから。それにもう見ちゃってるから怖い物ないでしょ」
彼女の説得に、しぶしぶ私はその手を握る。恐る恐る。
……何も見えない。よかった。大丈夫みたいだ。
「うんうん、『絶対予言』発動しなかったね」
「『絶対予言』? 何それ?」
「あなたの予知能力の名前。昨日家に帰ってから考えたの。『予知』だとちょっと軽い気がして、『予言』の方が重みがあっていいかなって。それで絶対にそうなるから『絶対予言』。そうね読み方はアブソリュート・プロフェシーとかでどう?」
「普通に日本語でいいよ、はるちゃん。ていうか名前なんていらないのに」
「えっ?」
何言ってるの、という顔。
思い出した。こういう命名、彼女はとてもこだわるのだ。
変に断ればもっと珍妙な名前を強引につけられかねない。
過去に変なアダ名をつけられそうになったことは忘れろと言われても忘れられない。
そう、ここはもう、譲るしか無い。
「『絶対予言』がいいなー私」
「そ、そう、気に入ってくれたのならいいけど」
彼女が大人しく引いてくれてホッとする。
「でも、これで私、人と握手することもできるし、変に未来見ちゃわなくて済むんだね。本当に嬉しい、ありがと、はるちゃん」
「どういたしましてというにはまだ早いわね」
「ええっ!?」
まだ何か気をつけないことがあるのだろうか?
私はすぐさま、昨日以前のことを頭に巡らせたが、何も思いつかなかった。
「まったく分かりません。教えてください先生」
「こほん、よろしい、では教えてしんぜよう」
なぜこうノリが良いのかわからないが悪いよりはいいと、つっこみを入れずに彼女の言葉を待った。
「『予知夢』即ちフォーサイト・ドリームに、『接触予知』即ちプロフェシー・コンタクト、この2つ以外にも能力が無いか確認しないとでしょ」
なるほど、どうしてもこれが言いたかったのだ彼女は。
変なことに一生懸命。
堪能な英語力のとてつもない無駄遣い。
でも不思議と悪い気はしなかった。
だって、全部私のためだと思えたから。
こうして私は、彼女と『絶対予言』について様々な実験を行った。
義美が、雪夫と一緒に過ごすことがほとんどになっていたから、丁度良かったとも言える。
絶対の未来なので、それはとても慎重に。
一歩間違えれば、他人の未来を確定してしまいかねないから
そこで主に天気や、私と晴子のちょっと先の未来で試すことになった。私自身はさておき、晴子がオーケーなのは、もう事故の未来を見てしまっているから問題ないだろうと、本人が言ってくれたから。
あの衝撃の時までは、少なくとも私たちは生きているし、あの未来があるから、多少のことなら心に来ることはないと。
本当に晴子らしい腹のくくりようだ。
この実験の過程で、集中して意識することで、任意の対象、任意の場所、任意の少し先の時期の未来を意図的に予知できることがわかった。
この能力については晴子が命名に悩んでいたので、自分から進んで『普通の絶対予言』と言っておいた。
本当に、彼女とのこの日々は私にとって楽しかった。
心残りなのは、十種神宝『
薄々は、ヤチの言っていた呪いの力だとわかっていた。
けれど、あの時の記憶を彼女が失っていることに何か意味があるのかもしれないと思い、言えなかった。
そして、運命のあの日がやってくる。
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