第88話 告白 3

「それからあたしと八重は、抱き合ったまま、崖から飛び降りました」



 菊理の語る、あまりにも凄絶な話に、動ける者はいなかった。

 重い空気が空間を支配している。


 彼女はそれを悟ったのだろう。

 一息入れると、話を続けた。

 全てを終わらせるために。



「そこからは良く覚えていないんです。気がついたら、病室に戻っていましたから。ただ一つ事実から言えるのは、あたしは生き延び、八重は……」



 淡々と言っているが、呼吸がやや荒くなっているところが、菊理の心情を現している。



「後は、ご存知の通りだと思います。あたしは体が治って復学し、必死に勉強を頑張ったお陰で、無事に中学校を卒業でき、この高校に入学しました」



 ここで再び彼女は話を切った。

 波瑠にすすめられるままに、ミルクティーを口にしている。


 なるほど、彼女は友が死に、自分だけが生き残った呵責で、自殺を繰り返していたのだ。

 それならば、市花が言っていたように、幸せな状況に苦しむのも納得ではある。


 しかし、やはり、疑問は残る。

 なぜ彼女は――



「上杉、辛いことを語らせてしまって申し訳なかったな」


「北条先輩……いえ、あたしの方が、なぜかお話したくなったんです。自分でもよくわからないですが……」


「そうか……でも、幾つか教えて欲しいことがあるんだが、聞いてもいいか?」


「どうぞ」


「ありがとう。では、まず、ひとつめなんだが、崖から落ちたときに変わった石、歴史の授業に出てくる勾玉まがたまのようなものを見なかったか? それが生玉いくたまのはずなんだが」


「勾玉……もしかして、これのことですか?」



 彼女は、おもむろに左手の包帯をしゅるりと解くと、その甲を皆に見えるように向けた。


 そこには……生徒会長が持っていたのと同じ形の、青い勾玉があった。


 あったという表現は適切ではないかもしれない。

 彼女の手の甲の一部として、同化していたのだから。



生玉いくたまか……お前の一部となっているんだな……」


「はい、あの時、病室で気がついた時には、もうこの状態でした。病院の先生も調べてくれましたが、骨や血管と一体化しているらしく、ただ、とれない、とだけ言われました」


「ありがとう……、矢継ぎ早で申し訳ないが、もうひとつ、上杉が、最近になって、じさ……自傷行為を繰り返すようになったのは、何かきっかけがあるのか?」



 言い直しは波瑠先輩らしい心遣い。

 だが、この場合は適切と言える。


 そして、これこそが、先ほど感じた疑問だったのだが、彼女は答えてくれるのだろうか。


 全員が固唾をのんで、包帯を手に巻き直している彼女を見守る。



「八重に……会ったんです」


「ど、どういうことだ?」



 聞き間違いかと思ったが、波瑠がこう尋ねているということは、聞いたのは事実らしい。死んだ人間に……会った?



「ひょっとしたら、溜まりに溜まったストレスのための幻だったのかもしれませんが、あたしは彼女に確かに会ったんです、学校からの帰り道で。そして、言われました『あなたと一緒に死にたかった』と……だからあたし死ななきゃって……思って、それから……」



 再び嗚咽を始める菊理に、左の市花が優しく彼女の髪を撫でた。

 次第に、彼女は落ち着きを取り戻す。


 この彼女の語る経験は、幻覚を見せられたのだろうか?

 もしかして、十種?


 ここで、ピンと来た虎は思わず叫んでいた。



「波瑠先輩、それって、もしかして会長の十種!?」


 これに蒲生が即座に反応する。


「会長はそんなこと、されません。あくまで、あの力を振るうのは、学校のため。個人的な嫌がらせをされる方ではありませんよ、秋山君」


 次いで、波瑠先輩がため息をつきながら言う。


「秋山、きっとお前のことだろうから、上杉のために一生懸命になっているのだろうが、冷静になれ。考えてみればすぐわかることだ。十種の所有者に十種の能力は効かない」


 二人の言葉に、自分の考えがいかに足りなかったかを思い知らされた。



「蒲生、会長のこと悪くいってごめん」


「会長は、少しくらいの誤解ならば許してくださいますから問題ありません。厳しいようですが、実はお優しいんですよ」



 十種の所有者に十種の能力は効かない。

 そして、嘘をつくことなど想像できない蒲生がそう言うのなら、きっと真実なのだろう。



「しかし、そうなると、上杉が出会ったというその子が一体何者なのかというのが謎になるな」


 この言葉に反応したのは、意外にも彼女だった。



「その、まだ皆さんに、言ってないことがあるのですが……」


「上杉?」


「あたし、会ってから、八重に謝ろうと思って、会いにいこうと思って、調べたんです、住所とか。でも、見つからなかったんです」


「見つからなかった?」


「はい、小学校の頃の同級生に確認したりも当然したんですが、誰も、八重のことを覚えていなくて……もちろん病院にも八重の従姉妹のこと、確認しましたが、個人情報だから教えられないの一点ばりで……」


「くっ、八方塞がりか」


「最後、警察に行ったんです。あたしが、その、行方不明になった事件の取り調べで、お世話になっていた刑事さんのところに、お礼も兼ねて。そこで、同時期に行方不明になったはずの八重の件について、調べてもらったのですが……存在すらしませんでした」


「警察にも記録が存在しない?」


「はい……同時期の行方不明事件はあたしの一件だけ。確かにいたはずなのに、諏訪すわ八重やえという女の子は、この世に存在しないことに、なっています。あたし、何が何だかわからないんです」


 存在が消されている。


 思い当たるのは、やはり会長の十種だが、どう考えようとホワイダニットが満たせないし、さっきのやりとりを思えば有り得ないと考えてもいいだろう。


 となると、また別の十種が関与しているのか?


 だが、わざわざこんなことをする意図がやはりわからない。

 一人の女の子の存在を消したところで、何になるというのだ。


 再び死んだはずの女の子が現れたという、この状況を起こすのが可能な十種として、何でも創れる佐保理の辺津鏡があるが、知らない人物はイメージできないだろうし、何よりも彼女がそんなことをするはずがない。


 それに、菊理に、死んだ彼女の姿を見せること、これが他者に利があるとは思えないのだ。


 この発想から、どうしても考えてしまうのは、やはり、菊理自身が、無意識に追い詰められた心理状態で幻を見たのではということ。


 目の前で、涙を流す彼女を見ると、そうは思いたくはないのだが。


 虎がこのように頭を悩ませている最中に、また意外な人物から菊理に確認があった。


「八重さんの苗字は、諏訪であっているのですね?」


「浅井先輩? そうですけど……」


「私に心当たりがあります。もしかしたら、何かわかるかもしれません」

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