第129話 ひとりごと 5 事故
いつしか時は過ぎて、三年生の先輩も部活を引退。
一応進学校であるウチの高校は、大会等がある部以外は、夏休みの前に部活を引退することになっているのだ。
一年生だけになった私達は、我が世の春を謳歌していた。
このまま楽しい時がずっと続いてほしい。
人はそう願うもの。
そして、それはえてして叶えられないもの。
九月。
一年生の恒例行事、林間学校が行われることになった。
山に行き、男女のグループに分かれてバンガローに泊まる。
オリエンテーリング等を通して自然と触れあう。
単純にはこれだけだけど、親同伴でなく、泊まりでどこかへ行くというのはやはりわくわくする。
キョウケンは、ジョー、チュー、ハルが一緒のクラスで、私だけ別なのだけれど、私の祈りが届いたのか、幸運にも、彼らのクラスと同じ日程となった。
これで自由時間には一緒に遊ぶことが出来る。
私は心底嬉しかった。林間学校までの日数を毎日カレンダーで確認してしまうほどに。
……
そして林間学校当日。
待ちに待った自由時間。
待ち合わせの場所に、他の皆がいるのを確認してホッとする私。
「で、何するんだ?」とチュー
「そういえば特に決めてなかったわね」と私
「まー、その辺を探検という名の散策するくらいじゃね」とジョー
「とくに反対する理由もないからそれで」とハル
ここは自然の家のような施設のあるところなのだけれど、ホームページで確認してもイマイチ情報が得られなかったのだ。
特に見所が無いからこそ、こういった林間学校に利用されるのかもしれない、とチューが分析していた。一理あると思う。
そんなわけで、行き当たりばったりではあるが、周りの散策を開始した私達。
適当に、山道を上へ上へとのぼっていく。
「あんまり深くまでいくと、自由時間内に戻れなくならない?」
「真ん中の時間で折り返せば大丈夫だろ、まだ余裕あるある」
ジョーの発言はいい加減にも程があったけれど、彼らと少しでも長く時間を共にしたい私としては願ったりだったので、そのまま頷く。
しばらく歩いたところで、広い場所に出た。
周りは木々に囲まれ、申し訳程度にベンチがある。
四人でベンチに座り小休止することにした。
ちなみに左からチュー、ジョー、私、ハルの順。
「ここで少し休んで戻るくらいか。全然探検にならないな。この山には本当に失望した。これなら部室でゲームしてたほうがいい」
「そもそも探検になるような山で、林間学校させないだろう学校も」
ジョーの山への文句に、チューがいつものように合いの手を入れているが、キレがないところを見ると、疲れているのかもしれない。
彼は案外体力が無いのだ。キョウケンの頭脳担当だから仕方ないといえば仕方ない。
「でも、空気は綺麗な気がしない。デトックスデトックス」
「そもそもがうちの高校あるところ自体田舎だからそんなに変わらないだろ」
ハルの前向きな発言も、辛口ジョーに即座に撃墜された。
「じゃあ、普段の学校の狭苦しい生活から離れて心が安らぐ……感じ?」
「ジョーに関して言えば普段から好き勝手してるから変わらないかもね」
「そんなことないんだぞ、ノリは他のクラスだから知らないかもだけど、クラスじゃ結構気ぃつかってる」
「そうなの?」
私のこの言葉に、チューもハルも首を振る。
「裏切り者めらが~」
ジョーがチューを襲う。
それを見て笑う私とハル。
その時、近くの林で何かが光っているのに気がついた。
「ねえ、あそこで何か光ってない?」
林に向かって指をさして皆に言ってみた。
しかし、他の三人はきょとんとしている。
「おかしいな私には見えるんだけど……ちょっと行ってくる」
それだけ断ると、私は、光の謎を解くために、林に分け入った。
少し歩くと、石で作られた小さな石碑のようなものがあり、光はそこから発せられているようだった。
石碑に近寄ると、光は石碑の手前にある台座の上に置かれた石から発せられていることがわかった。
私はおそるおそる手を伸ばし、その石を手にとった。
その途端私の周りが目映いばかりの光の渦に囲まれる。
私は目を開けていられなくなって……そのまま倒れてしまったらしい。
……
「ノリ、ノリ」
揺さぶられて目を覚ます。
目の前にあったのは、ハルの心配そうな顔。
横にはジョーとチューもいて、同じく私に気遣いの視線を注ぐ。
「もー心配したのよ」
「え、あ、大丈夫、大丈夫よ」
『アタマハウッテナイミタイダ センセイニイッタホウガイイカナ ドウスルカ』
『トメルベキダッタ ツイテイッテヤレバヨカッタ』
「えっ? ジョー、チュー、何か言った?」
「いいや、何も、それよりも本当に大丈夫か?」
『ソラゴトガキコエルノカ? シンパイダナ』
「そんなヤワなタマじゃないだろ、ノリは」
『コレハ オブッテヤッタホウガ イイカナ』
間違いない、話す声と別に、テレビの副音声のように声が聞こえる。これは、ひょっとして心の声?
驚いた私ではあったが、ジョーの別の声の魅力的な内容に気をとられた。
おぶってくれる……。
当然私は、足を挫いたふりをして、ジョーにおぶってもらった。
そこまでは良かったのだ。
「お前もうちょっとダイエットしたほうがいいんじゃないのか」
『セナカニ ヤワラカイモノガ アタッテル……』
「大きなお世話よ」
私は、ジョーのちょっとエッチな心の声にドキドキしながらも、何だか嬉しかったのだ。
彼に女の子として見られていることがわかったから。
でも次の瞬間に、この気持ちは崩れ去った。
『コレガ ハルダッタラ モットウレシカッタノニナ』
「えっ……」
「どうした? ノリ」
『ヤバイ ハルノコト ソウゾウシテタカラ ヘンナトコサワッチマッタカ?』
「お、おろしてッ!」
私はやや強引に、降ろしてもらうと、そのまま山の下へ向かって駆けだした。
三人の私を呼ぶ声と、私を気遣う心の声を後ろに、とにかく聞こえなくなるまで全力で走った。
まさか、ジョーがハルのことを好きだったなんて。
この気持ちのままでは、一緒にいられないと思ったのだ。
気がつくと、もう自分のクラスのバンガローのあるところについていた。
しかし、そこからが悪夢だった……。
自由時間が終わって集合するために、三々五々と集まってくるクラスメートたち。
『アー イコマジャネエカ アイツムネナイトコロガイイヨナ ヒンニュウバンザイ ジャージスガタ タマンネエワ』
『マツナガクント キョウノヨル フフフフフ』
『ハラヘッタナメシマダカヨ』
『アーキモチヨカッタ アイツハンノウヨカッタナ』
彼らから漏れ出す心の声、声、声。声の渦。
恐ろしいほどに欲望に満ちた、耐えられない内容の数々。
これは男子も女子も変わらなかった。
おそらく、全員、身も心も開放的になっていたのだろう。
それだけに私には辛いものだった。
私は耐え切れず叫ぶ。
「皆消えて! 静かになって!」
そこから恐ろしい光景が繰り広げられた。
周りで起こったクラスメート同士の殴り合い。
騒ぎを聞きつけたクラスメートが集まって止めにかかり、さらに騒ぎが大きくなる。
これはひょっとして私が原因!?
怖くなった私は、ここにはもういられないと、頭をかかえて走り出した。
そして再び気がつくと、あの広場に戻っていたのだ。
暗闇の中、あのベンチに座る。
今ここには誰もいない。とても落ち着く。
いつのまにか空は満点の星空。
こんなに綺麗なのは見たことがないはずだけれど、心が全くはずまない。
ため息。
おや、足音が聞こえる。
目の前に人影。
懐中電灯でこちらを照らしてきた。
もうどうなってもいいという心境だったので身構えすらもしなかった私。
「ノリ……何かあったの?」
ハルだった。
彼女は、今一番会いたくない人間。
きっと私の顔はとてもひどいものだったろう。
彼女は気にせず、そのまま私の隣に座った。
「ねえ……何か言ってよ」
この時の私の心理状態は普通ではなかった。
隣に座る彼女に、憎しみ以外の感情がなかったほどに。
「うるさい、気安く話しかけないで」
「えっ!?」
「やっと独りになれたのに。また私の居場所を奪いに来たのか、お前は」
「ちょっと、ノリ、何言ってるの?」
「良かったわね、ジョーがあなたのことが好きで」
「ノリ、ジョーが私のことを? どういうこと?」
ここで我に返った私は、急に恥ずかしくなった。
どうしていいかわからなくなり、立ち上がって、そのまま走り出す。脇目もふらずに、一生懸命。
「痛っ」
暗闇を全速力で走っていたからか、何かにぶつかった。
顔を激しくうった私はうずくまる。
「痛え……、あ、お前、ノリじゃんか」
『ヨカッタ ブジダッタンダ』
ジョー。
もうひとりの会いたくない人物だった。
当然私はたちあがると、再び走り出す。当てども無く。
「待てよ、待てって」
『イガイニ アシハヤイナ』
後ろからジョーの声と心の声が聞こえる。
追いかけてきているらしい。
「ノリ、待って」
途中からハルの声も加わった。
私はますます足に力を加えて走った。
そして……。
自分でも良く覚えてないから何とも言えない。
ただひとつ言えるのは、車の急ブレーキの音がして、突然突き飛ばされたこと。
ドンッと音がしたこと。
ハルの悲鳴。
起き上がった私の前に、体が不自然に曲がった彼の体が、車のライトに照らされていたこと……。
そしてそれを見た私は、気を失ってしまった。
……
これが『事故』の顛末。
でもジョーを殺した私の物語はもう少し続くの。
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