第125話 ひとりごと 1 武田盛(ジョー)

 まずは……そうね……当時のキョウケンがどうだったのかを知らなくては……ならない……

 そうなると……まずは私自身のことから語らなくてはならないか……


 ……


 二年前、入学直後の私は悩んでいたの。

 部活をどうするか。

 内申書とか考えると、入った方がいいらしいけれど、そんなことはどうでもいいの。


 友達が欲しかった。

 学校で時間を過ごす言い訳が欲しかった。


 私の家は親が厳しくてね。

 中学校までは習い事をたくさんさせられた。


 ピアノ、生け花、英会話、学習塾……。

 笑えるでしょ。そんなにたくさん習ってどうするのかって。

 代わりに友達と遊ぶ時間は無くなって、私は学校ではひとりぼっちだった。


 でもやめさせてもらえなかった。


 このことでは今も親を恨んでいるのよ、私。

 それで得られたものは無くは無いけれど、失ったものの方が大きいと思えるから。


 高校入学は良いチャンスだと私は思っていた。

 内申書のためだ、高校と大学は違う、と言えば親を誤魔化すことができる。

 ただ、そのためだけの部活。


 でも、私は体を使うことは苦手だから、体育会系は厳しい。

 入るなら文化系。


 けれど、これはこれで選択肢がないの。

 吹奏楽部は、ピアノパートなんて無いから、別の楽器をやらなくてはだし、練習もハードで、部活動をしたいだけの私が入れる場所ではなさそう。

 化学部、物理部なんてのもあったんだけど、男子ばかりで、友達を求める私の希望とは食い違ってた。

 他はクラスの周りの子で入ってる子、知ってる子がいないから、よくわからない。

 あまり聞き回って変に思われても困るしね。

 

 高校になったら部活をすると宣言して、決まるまでと習い事や塾を免除させてもらっていたけれど、このまま部活が決まらなければ、またあの状況にさせられる。私は焦っていたの。


 こういう時は普通担任の先生とかに相談するんだろうけど、当時の私は、長く友達がいなかったこともあってか、先生にも相談するのは何だかためらわれたの。きっと相談のしかたがわからなかったのね。

 

 だから、その頃は最後の授業が終わった後、毎日図書室で時間を潰していた。

 どうしていいかわからないから。

 親には、部活を色々見て回ってるとか、先生に相談してるとか言ってる手前、家には帰れないから。


 誰と話すでもなく、ただ、そこにいて、宿題を片付けるだけの不毛な時間よ。そうね、宿題自体は不毛ではないけれど、独りでやるのならどこでも変わらないでしょ。そう言う意味。


 その日もそうしていたのだけれど……。


 ドサッと音がして、目の前、私の対面の席に本が置かれたの。

 音で集中が途切れた私は、当然そっちを見た。


 机の上には十冊近くの本を積み重ねられていて、席には男子生徒がひとり座っていた。


 背丈は多分私より少し高いくらい。男子だと普通かな。

 線が細い太いということは無く、普通。

 だからかもしれない、私が警戒心を解いてしまったのは。

 私は彼の観察を始めた。


 彼は、傍らの本の山から一冊手にとると、難しそうな顔をしながら開いてペラペラめくる。何かを探しているようなんだけど、見つからない、そういった感じだった。

 

 最初の音が凄かったから、彼の第一印象は良いものではなかったのだけれど、一生懸命にページをめくるその顔にいつの間にか私は見とれてたみたいだった。


 しばらく何冊かで同じことを繰り返して、ようやく彼は捜し物に辿り着いたようだ。


「あったあったこれだこれ!」


 図書室に彼の声が響き渡る。

 彼は叫んでから我に返ったらしく、おそるおそる周りを見回した。

 当然、私と目が合う。


「うるさかったよな。すまん」


「ううん、そんなこと……ない」


「気をつかってくれて、ありがとな」


 素敵な笑顔だった。


「いつもここで勉強してるのか」


「うん」


「そっか、また来るかもだから、迷惑かけたらよろしく」


 私は頷いた。

 よく考えると何をよろしくなのか意味不明だったけれど、その時の私は彼と話せたのが嬉しかったのよ。


 ただ唯一、こちらからいろいろ聞けなかったのが心残りだった。

 彼はそのまま去ってしまったから。


 何を調べているの? あなたは何年何組? 聞きたかった。

 

 でも、その心残りは、すぐに消え去るの。

 次の日も、彼は同じように調べ物をしに図書室に来たから。

 その次の日も、また次の日も。

 同じ日に二度以上来るときもあったの。そんなときは、何故か悔しそうな顔だったんだけど、同じように本を積み上げて、見つけた時は最初の倍以上に良い顔してた。


 「よう」「またな」


 図書室だからか、彼も、毎日、来る度にこのくらいしか言ってはくれないけれど、声を掛けてくれるのが、何だか嬉しかったの。

 私も積極的に話す方ではなかったから毎日本当にそれだけだったのよ。

 でも、やっぱり、もっと話したいなっていう想いが出てきて、ついにある日、「またな」って言って席を立った彼を追いかけたの。


 これにはとても勇気が必要だった。当時の私には。


 図書室に鞄もノートもシャープペンシルもそのまま残して、とにかく彼の後を追って、図書室を出たところの廊下で追いついて、声を絞り出すようにして私は言ったの。


「待って」


 彼は驚いた顔をしてふり向いた。


「お前……どうしたんだ?」


「ええっと、その、あの……」


 何ていうか決めてなかった私は、この時てんぱった。

 その様子に彼も困ったらしく、とりあえず思いついたことで話しかけてくれた。


「俺何か忘れ物でもしてたか?」


「ううん」


「俺の借りた本が気になるのか?」


「それは……うん。いつも楽しそうに何してるのかなって思ってた」


 これは口から出まかせの嘘ではなくて、毎日決まった時間にいつも調べ物をして本を借りていく、それが一体何なのかはとても気になっていた。


「これは、部活だよ」


「部活?」


「俺、郷土史研究会入ってて、今は先輩の出す課題やってるんだ」


「課題?」


「先輩がさ、毎日歴史のキーワードをあげて、それが詳しく書いてある本を調べる課題。ゲームみたいだから楽しいんだけどな」


 なるほど、それで彼は関係ありそうな本を漁っていたのだ。


「見つけたらこうやって借りていくんだ。これって毎年の恒例行事みたいなやつらしくってさ、先輩も一年の時に同じ事やってるから、答えを知ってるんだよな。だから、不正解のときはヒントをもらってもう一度って感じだ」


 あの二度目の悔しそうな顔の理由がわかった。


「でも時々新しい本が入ってるみたいで、持ってった本に先輩もびっくりすることがあるんだぜ。これができると爽快なんだ」


 語る彼の顔はとても楽しそうだった。


「というわけなんだが……これで答えになってるか?」


 しまった、と私は思った。

 これで答えになったら彼との会話が終わってしまう。

 会話を続けるためには、何か、何かを言わなければ……。


「歴史……好きなの?」


 気がついたら口をついて出ていた。

 いくらなんでもと思ったけれど、目の前の彼は気にせず即答してきた。


「もちろん好きさ。岐阜って織田信長がつけたんだぜ、この県に生まれたことは天命だって思ってる。この地域は地味なりに、織田信長と武田信玄の抗争地帯で調べるといろいろ面白いんだ……」


 逆に話が止まらないみたいだった。

 よくぞ聞いてくれましたという具合に。


 私は、彼の話そのものというよりは、彼が楽しそうに私に話してくれるのが嬉しくて、廊下の人通りが無いのをいいことに、彼の話をずっと聞いてたの。


 でも、終わらない話はこの世に無いのよ。


「……ということで、俺がいかに歴史が好きなのかは分かって貰えたと思う」


「うん、わかった」


 自然に言ってしまってまた後悔。

 これでは話が終わってしまう。

 彼に向かって微笑みを浮かべながらも内心どうしよう、と考え込んだその時――


「……お前、ひょっとして、興味あるか? 折角だから、うちの部来てみるか? 今一年俺しかいなくてさ、いつでも入部歓迎らしいから」


 もちろん私は即座に頷く。


「そうか、じゃあ、荷物もってこいよ。置きっぱだろ」


 彼に誘われた嬉しさに、荷物を取りに行こうと歩を進めた私は、重要なことをまだ尋ねていないのに気付いて彼の方をじっと見た。

 戻ったらいなくなっていたらどうしようとか、そんなことを考えていた気もしなくもない。


「何だ?」


「名前……聞いてない」


「俺? 武田じょう。クラスメートにはジョーって呼ばれてる」


「ジョーか……私は、生駒いこま徳子のりこ


徳子のりこか。じゃあ、ノリでいいか?」


 もちろん私は大きく頷いた。

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