第12話 神隠しの山
「
山の麓らしきところで、虎たち、四人を降ろすと、
「不思議な感じですね、先輩とお兄さん」
「そうか? まあ、本当の兄では無いからな。おっと、こうしてはいられん、時間が無い、いくぞ」
重要そうな事をさらりと言って直を硬直させると、それに対する質問タイムは設けず、彼女は率先して先に進み始めた。
冗談なのか、本当なのか。
直はちょっと考え込んだ顔をした後、ここでは触れないことを決めたらしい。
市花は、車で言いよどんでいたことから察するに、いつもの如く既に知っているのだろう、変わらずニコニコしている。
虎はというと、今は先輩のプライベートよりも別の問題でそれどころではなかった。
「あのー先輩、俺いつまでこうしてればいいんでしょうか?」
先輩があまりに気にしていないことを
「お前には、つや様の守り役を命じる。つまり、そのまま抱っこしていろ」
思わずつや様を撫でる虎。つや様の毛並みは今日一日だけでかなり良くなりそうだ。
ともかく歩くしかない。この山の頂上に、例の神の宝の一つがあるというのだから。
頂上へと進む隊列は、先頭に、北条先輩、その後ろに、直と市花、少し離れて虎、それにつや様。
最初は、先輩はじめ女性陣は軽口を叩いていたが、疲れてきたのか、いつのまにか皆無口になっている。
こう静かだと、考え事をしてしまう。
あの時、先輩は何を言いたかったのだろう。
――――――――――
「よし、では決まりだ。日曜日、
先輩の声が社会科準備室に響きわたる。
花梨山とは、先輩の住んでいる地区の奥の方にある山らしい。
山とはついているが、それほどの山ではなく、ハイキング感覚で登れる、とのことだ。
先輩の説明によると、その昔、徳の高いお坊さんが、旅の途中にこの地に立ち寄った際、花咲き乱れるかのように、色とりどりに萌える色の山を遠く見て、これは幸いと登ったのだが(昔は娯楽が無いからな)、どこまで行っても荒れ果てた草木が生い茂るのみで、求める華やかな花々の楽園にはたどりつけなかったという(昔話ってカワイソウナ結末が多いよな)。
その逸話からの皮肉なのか、いつしか花梨山と呼ばれるようになったそうだ。
『無』の字は縁起が悪いから、あえてこの字にしているのだろう、と先輩は自分の推理を披露する。
「もっとも、行ってみれば、普通に美しい草花の宝庫なんだぞ。但し山での神隠しの話は多いし、今でも時々無いこともない、不思議な山であることに違いはないがな」
最後に先輩は物騒な内容を付け加えていた。
これは彼女なりのユーモアなのだろうか。
ブラックすぎる。
やはり彼女については虎には未だによくわからない。
底知れないというべきか。
ともかく、その山に例の神宝のひとつがあることが沖津鏡の『絶対予言』により確定しているとのことだ。
彼としては、行かない理由が無かった。
「おっと、お湯が切れたか。遠山、すまないが浅井と一緒にお湯を沸かしてきてもらってもいいだろうか。火を使うときは、隣の準備室にいる先生に声をかけてから、必ず二人以上で、と約束しているのでな。あと、ティーサーバも軽くでいいから洗ってきてくれ」
「あ、はい、わかりました」
「こちらは茶葉を用意しておく。カモミールもなかなか良かっただろうが、もう皆落ち着いているからな、ここは香りを楽しむアールグレイあたりを味わう時だろう」
虎は紅茶のことは全く知らないが、今飲んだものとは別のタイプの飲み物が用意されることは、なんとなくわかった。
二人は立ち上がり、ポットとティーサーバを手に、そそくさと部屋を出て行った。
「さて、今のうちか」
先輩は、本棚の一角におかれている缶を手にとりながら、意味ありげな視線を虎に向けてきた。
そして、机の上に缶を置くと、虎の方に近寄って来る。
「先輩?」
ドキッとする虎。
彼女はもう彼の目の前に来ていた。
吐息を肌で感じる距離、どこからか柑橘系の良い香りがする、これは先輩の体からだろうか。
虎の疑問には答えず、彼女は、虎をじっと見つめる。
無言のまま至近距離で止まった時間。
しかし、それも長いことではなかった。
彼女のその唇から、ボソッと流れる言葉。
「お前、誰に殺されたのか覚えているか?」
「えっ?」
急な展開に、またも頭の追いつかない虎だった。
このシチュエーションで、しかも美人の先輩なのである、男子としては
そこから全く真逆の方向に足を強制的に向けられたのだ。
しかし、次の瞬間に、それは別の当惑に変わる。
必死に思い出そうと努力しても、相手の顔が思い出せない。あんなに明確に見たはずなのに、自分の体に突き立てられた剣の輝きすら覚えている程であるのに。
「もういい、それでわかった。覚えていないんだな。道理で平然としているわけだ」
横を向きため息をつく先輩。
彼女のその態度に、虎は突き放されたような気持ちになる。
「先輩は覚えてるんですか? なら、教えてくださいよ」
「『どうせ死ぬなら、まだ死ぬってわかってたほうがいい』と言ってくれたお前に言うのもなんだが、何でも知っていればいいというわけではないんだ。知っているからこそ、人は苦しむことも多い」
納得はいかない。
しかし彼女の瞳に迷いは無く、その考えを覆すことは虎には困難に思えた。
「すまない。お前を却って混乱させてしまったようだな。このことは忘れてくれ。そうだ、どうせ生き返るんだから、いいだろう」
今度は悪戯っぽく笑っている。
さりげなく再び茶葉の缶を手にとる彼女。
またも、体よく誤魔化されてしまった。
そこへ勢いよく扉が開き、再び女子達による喧噪が戻るにあたり、結局この時も虎はそれ以上何もすることができなかったのだった。
――――――――――
「あ、つや様」
つや様は、ぴくんと何かを感知したような風をすると、虎の手を逃れて走り出した。守り役を仰せつかった以上、これは、追いかけるしかない。
彼は、前方の女性陣に、後で追いつく、と声をかけると、つや様の後を追った。後ろで直が何か叫んでいるのが聞こえるが、気を抜いたら見失ってしまいそうで、申し訳ないが無視せざるを得ない。
道を走っていたのは少しの間で、脇道に入るのを繰り返すうちに、次第に獣道と言っていいのかもわからない道なき道になってきた。
虎は懸命に追いかけたが、とうとう見失ってしまう。
「まいったな、どうしよう」
前後左右を確認するが、どちらも同じような風景に見える。
完全に迷子になってしまった。
『神隠しの話は多いし、今でも時々無いこともない』ちらりと先輩の言葉が頭を掠めて、虎を焦らせる。
不用意に動くのは危険かもしれないが、このままじっとしていたら日がくれてしまうだろう。
『高校生、山で行方不明』と新聞の地方欄の見出しにされるのは御免である。
そこまで考えて、とりあえず山の上方に向かって歩くことにした。
つや様のことは申し訳ないが、腐っても猫だ、猫は家につくという、本能できっと戻ってくることは可能だろう。むしろ、そういった能力の無い普通の人間である自分の身を、ここは案じるべきだ、と。
少し歩くと、広場のようなところに出た。
山肌がやや露出していて申し訳無いほどに草が生えている。
目の前には大きな岩があり、その前に白い何かがちょこんと座っている。
「つや様! つや様じゃないか!」
ダッシュして、抱きあげ、頬ずりする。
虎は心から安堵した。
これで、先輩を裏切る事は無くなったと。
そのため、自然とつや様を抱きしめるのにも力が入ってしまったようだ。
「痛い痛い、乱暴にするでない」
突然どこからともなく声が聞こえた。
虎はつや様を腕に抱いたまま、左右を見渡す。
誰もいない。
「そなた、わざと無視しておるのか? ここじゃ、ここ」
耳元で声がする。
もしかして、と、つや様の腕の付け根あたりをそれぞれの手で持ち、左右に傾けながら首輪のあたりを調べてみるが、とくにスピーカーのようなものはつけられていないようだ。
先輩の悪戯とかではないらしい。
「これこれ、無礼を働くでない」
見つめる目と目。
「もしかして、つや様しゃべってる?」
「今頃気づいたのか、早う降ろせっ」
その剣幕に、思わず手を離してしまったが、つや様は優雅に宙を舞い、綺麗に着地を決めていた。
そして首をくるりと、虎の方に向ける。
「まったく、殿に似ておるのは外見だけのようだのう」
「殿?」
「気にするでない、それよりもほれ、もっと早急になんとかせねばならぬ事態であるぞ」
そういえば、猫のつや様が語っているうちに、なんだか急に辺りが暗くなった気がする。
不思議に思った虎は、太陽の方へふり向く。
「ええっ!」
そこには巨大な獣がいた。
大きさを例えるなら、そう、今日ここまで乗ってきた車の三倍は確実にありそうに思える。大きな岩だと虎が見間違えたのも無理はない。
太陽を遮り太い四本の足で屹立している。
目は爛々と輝き、突き出た鼻の横には牙が二本。あれに突き刺されたら命が危なそうだ。
どこからかひゅーひゅーと音をたてながらブルブル震えている。
ザッザッと足を何度も前後させている。
たらりと、汗が流れるのを感じた。
しかし、虎には本能的に成すべき事はわかっていた。
急いでつや様を抱くと、横にとびのく。
突如、突進してきた獣をすんでのところで躱すことに成功した。
「な、なんだよこいつ~~」
逃げるしかない、つや様を抱いたまま、この場から逃れるため、全力で走り出す虎だった。
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