第64話 空想ドラマチックガール(佐保理の場合)
「ちょっと、佐保理、いつまで寝てるの、そろそろ起きなさい。今日から学校でしょ」
廊下から、ドア越しに母親の声。
おぼろげな意識を気合いでまとめ、精一杯の力で応える。
「ふぁーい、今、起きる。いや、もう起きたから」
「まったくだらしない。急いで着替えなさい」
「はぁーい」
ベッドから起き上がる。
けだるい。
ふと、本棚に置いている写真立てが目に入る。
これは、スマートフォンで撮った写真をパソコンで印刷したものだ。
写真専用の用紙なので、割と綺麗にできている。
そこには、四人の男子と私が写っている。
ソウジ、武蔵、晴明、為朝。
あの時マウンテンバーガーでスマートフォンのカメラで撮った一枚だ。
実は晴明が式神に撮らせたので、全員綺麗に写っている。
私の横で照れ顔のソウジ。
隅に追いやられて憤慨している武蔵。
この時も私に撫でられて、恥ずかしがっている晴明。
周りに流されず、長身を生かしてポーズをキメている孤高の為朝。
なぜか捨てられなくて、そのままにしてあったのだ。
昨日も入れ替えようとして、あと一日だけ、と伸ばしてしまった。
……
でも、もう、いいよね、私。
よし!
……
写真立ての中は別の四人と私に変わった。
こちらは、北条先輩のお兄さんにお願いしたものだが、まるでカメラマンが撮ったかのように、遊園地をバックに、全員の、生き生きとした最高に良い表情が写っている。
光の具合から、タイミングから、もっとも美味しい場面を切り取った感、半端ない。
あのお兄さん、ただ者では無いとは思っていたけれど、本当に何者なんだろう?
チーズ、とも何も言わないで、気がついたら、撮るの終わってたのに。
ああ、でも、確かこの時は、北条先輩が『政、何も言わなくていいから、私の合図でシャッターを切れ』と言っていたから、先輩との阿吽の呼吸だったのかな?
それで、皆なぜか笑ってしまった気がする。
いったい、どういう関係なの、あの二人は? って兄妹か。
お兄さん、無口だけどイケメンだし、気になる気になる。
あ、いけない!
今の私の想い人は、この男の子なんだから。
しゃがんだ状態で、右の私と、左の直ちゃんに押し押しされて少し困った顔をしながら笑ってる。
よく見ると、後ろの北条先輩と市花ちゃんも彼の肩に手を掛けてる。
みんなの人気者、秋山虎くん。
私のダーリン。
……
やっぱり、この呼び方照れちゃうな。
あの階段で出会ったときに、何となく口に出ちゃったんだけど。
直ちゃんと、市花ちゃんが一緒だったから、何かを主張したくなったのかな。
あの時の気持ちは、もうぐちゃぐちゃだったから、思い出せないや。
私が人前で呼ぶ度に、照れてた彼の顔が可愛くて、やめられなくなってしまった。
今は、もう慣れてしまったみたいだけど、いいんだ。
これは、普通ならたいしたことがないかもしれないけれど、私にとっては大きな第一歩なんだからね。
彼を見てると、何だか、小学校の時の、あの男の子のことを思い出すの。
私は、自分で自分を全然ダメダメな子だと思っている。
北条先輩みたいに美人さんじゃないし、直ちゃんみたいに天使じゃないし、市花ちゃんみたいに小悪魔にもなれない。
冬美さんの格好良さや、具先輩の女前にはほど遠い。
委員長の斉藤さんは、『佐保理には、佐保理のいいところ、いっぱいだよ』って言ってくれるけれど、そんな彼女の方に、自分は百倍以上の魅力を感じてしまう。
……小学校のあの時から、成長止まっちゃってるのかな? 私。
あの時からやり直したい。
だけど、それはできないから……こんな考え、イヤらしいかな。
でもね、似てるのは本当!
上手く言えないけど、目かな……。
優しくて、私をしっかり見てくれてる感じ。
だから好きになったんだ。
冬美さんとの戦いは、役に立てて嬉しかった。
自分なんて何も出来ない子だと思ってたから。
迂闊に願ったり祈ったりできなくなって、常に意識して思考にブレーキをかけなきゃなのは、今でも辛いけれど、その代わりに得たものも、あったって言うか。
遊園地は、大変だったけど、その分得しちゃったかも。
まさか、キョウケンという団体で行ったのに、デートみたいになるなんて。
波瑠先輩が、気を遣ってくれてたんだろうな。
直ちゃん達には、あんなこと言っちゃったけど、二人でいなくなってる時は、私がダーリンに負担かけたの、先輩がケアしてる気がするんだ。
五月になったから、彼に残された時間はあと二、三ヶ月。
そんなの嫌だから、頑張らないと。
十種は、一応これで六種分判明しているけれど、三種は協力してもらえるかわからないし、残りの四種も探さないといけない。
ここからが正念場だ――
佐保理は、決意を新たにすると、元入っていた写真を引き出しにしまい、洗面所へ向かった。
それから、いつもの食事。いつもの通学路。いつもの下駄箱。
ここまでは、本当にゴールデンウィーク直前と変わらなかったのだが……。
あれ? 何かおかしい?
教室に入った時に彼女は直感的にそう思った。
クラスメートの自分を見る視線が、何となく、お昼を屋上で過ごしていた頃の目に近い気がしたのだ。
……きっと気のせいだろう。
前の状態に、自分の方が戻ってしまっているのかもしれない。
お休み前は、気軽に声を交わすところまで、できていたのだから。
大丈夫、大丈夫。
そう、自分を奮い立たせ、勇気を出して、近くにいたあのギャル子に、こちらから挨拶してみる。
「お、おはよ……」
すると予想外の反応が返ってきた。
「誰だ、お前?」
これまで、お前なんかいたのか?的な視線を感じることはあった。
しかし、言葉に出して言われることは無かったのだ。
もしかして忘れ去られたのだろうか。
ひょっとして、何か試されている?
よし、頑張ろう!
「あ、穴山佐保理です。九月十六日生まれ、血液型はB型で、得意技はガジラのモノマネです、ガオー」
とっておきを披露したつもりだった。
これできっと爆笑の渦となる展開だと信じて。
しかし、現実は残酷だった。
「頭おかしいやつか? 早く自分の教室に帰れよ」
「……ここ、私のクラスだよ」
泣きそうになって下を向く。
ここまできついことを言われるなんて、私、何かこの子の気に入らないこと、したのかな。
そんなことを考えていると、誰かが近づいてくる気配がした。
佐保理は頭を上げる。
「どうしたの?」
斉藤さんだ。
パッと光がさしたように感じた。
でも、何て彼女に言ったら良いんだろう。
そう悩んでいる間に……。
「こいつがさ、ここのクラスだって言い張るんだよ。転校生か? 委員長聞いてる?」
「えっ、ううん。聞いてないよ。クラス間違えてるんじゃ無いかな。あなた、もう一度先生のところで、確認してきてもらっていい?」
本当に何と言えばいいのだろう、この絶望。
斉藤さんは、変な冗談を言う子ではない。例えビックリでも、こんなビックリは、やめさせるはずだ。だからこそのクラス委員長。
ということは……もうできる事はひとつ。
「わかりました。ごめんなさい」
「何だったら、私ついていくけど」
「いいです。これ以上迷惑をかけられませんから」
佐保理は頑張ってそれだけ言うと、鞄を持ったまま、教室を出た。
「どうしよう……」
今更、教室、クラスは自分の居場所の一つだったのだと気がつく。
屋上で毎日お昼を食べていたあの時ですらも。
とぼとぼと廊下をあてどなく、歩く。
もちろん行き先なんてない。
屋上は、生徒には閉鎖されたままであろうし、もし仮に扉が開いていても今の自分ではまだまだ辛い場所である可能性が高い。
そんな時だった。
目の前にいる人影に気がついたのは。
思わず走る、走る。
彼の元へ。
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