第131話 ひとりごと 7 能力
それからは、毎日学校帰りのハルと一緒に近くの公園に行くのが日課になった。
ハルはそれだけで喜んでくれた。
無理に、学校に行こう、などとは言わない彼女に私は感謝した。
公園のベンチを占拠して、おやつを分け合いながら、おしゃべりをする私達。
「少し肌寒くなってきたな、ノリ」
「まだ秋だっていうのにね」
「寒いなら寒いなりに雪でも降ってくれればいいのに、全く盆地って夏は暑いし、冬は寒いだけだし、良いとこが無いよな。悪いとこ取りだ」
相変わらずの彼女の男口調。
しかし、よくよく聞いてみると、かなり家で練習したそうなのだ。
ちなみに学校でも、この口調で通すことにして、いきなりある日から変えてみたらしいが、クラスメートの評判、とくに女子の評判が良く、拍子抜けしたとのことだった。
訳の分からないうちにファンクラブが結成された、と聞いたときには私はのけぞった。
綺麗な黒髪、長身で切れ長の目。
ハルのこの外見に男口調が揃ったら、女子にも人気がでるのは何となく納得できる気がする。
「そういえばチューは……どうなの?」
実は彼のことは、全くこれまで話題に上らなかったのだ。
不自然なほど。
扉を隔てていた頃は、こちらから聞くことができず、もどかしくおもっていた。
「ジョーのお葬式には一緒に行ったんだけど、その、かなりショックだったみたいで、キョウケンやめるって……」
「そう……」
「最近クラスでも話してないんだ」
「そっか……ん?」
その時、気配を感じた。
二人組の男。
外見から判断するに十代後半から二十代前半といったところか。
近づいてくる。
「お嬢さん達、ここで何してんの?」
「一緒にあそばねー?」
慣れ慣れしく話しかけてきた。
ハルは、こういう状況にはなれていないせいか、硬直している。
私の腕を握る力が強くなっている。怖いのだ。
私は彼らの心を
実は両親を対象に、心の音のコントロールを練習していた私は、この時はもう、心の音の遮断と
能力が無い人にはわかってもらえないだろうけれど、耳を塞ぐのを手を使わずにできるようなもので、慣れれば何ともない、そんなもの。
心の音と言っているがこれも正確とは言えない、人間が元々持っている、視覚聴覚とは別に、超感覚的なもので感じるものだから。
声と平行して
さて、その結果は案の定、えげつない、ハルにはとても聞かせられない内容だった。
ここで私はもうひとつの能力を発動する。
何を言っているのかわからないと思うけれど、この能力が無ければ絶対に分からないので、納得してもらうしかない。
例えるなら、鉛筆でノートに書いてある文字や絵を消したり付け足したりして書き換える、そんな感じ。
私自身の集中力は必要なので、まだ能力に慣れていないこの頃は目を閉じて念じていた
『お前達は、ハルと私に興味は無い。そして家に帰る』
目を開く。
二人の男は急に虚ろな目になって、首を振ると、頭を搔きながら、去っていった。
これがあの時できていれば……と悔やまれる。
林間学校の時は、心の声を
「よかった。一時はどうなることかと思った」
ハルの腰がくだけている。
私は、ハルがとても可愛く思えて、彼女の頭を撫でてみた。
「こ、こら、こんなところで何するんだ。恥ずかしいだろう」
あの男達が考えていたことは恥ずかしいどころでは無い……それを知らない穢れの無いハル。
男言葉でも、可愛い私のハル。
きっと彼女の心だけ
そう思っていた。
……
次第に私は、ハルとの外出以外にも、家の外に出るようになった。
もちろん能力のコントロールの練習のため。
今のところ、数人であれば
ショッピングモールは格好の練習場所だった。
最初は、人数の多さに、危うく神経が切れそうになって即帰宅したものだが、さすがに場を重ねて慣れてきた。
今は人が多い時間帯でも問題無くなっている。
さらに多人数の意識を同時に
集中力を変化させることで、一人一人ではなく、私の周囲の人間に対して力を行使することも覚えた。
視覚でも無く、聴覚でも無く、第六感のような感覚。
それで他人の心をとらえ、好きにできる。
有効射程距離のようなものはあるようだったが、それは練習するにつれ増えてきた。もう既にショッピングモール全域は余裕。
さらに、心のリンクを辿ることで、心がつながっている遠くにいる人間の制御もできることもわかった。意識とは個人で持つ以外に、人とも共有しているもののようなのだ。コンピュータのネットワーク、みたいなもの。多分そう。
我ながら恐ろしい力。
もっとも、これだけは勘違いしないでほしいけれど、自分の欲望にしたがって、人の考えを
そもそもこの時の私に自分の欲望なんて、無かった。
一度は死のうとした人間。
ジョーが死んで完全に空っぽだったのだから。
あるとすれば、ただただ、自分の苦しい状況を何とかしたい、それだけだったの。
では、主に何をしていたかというと、ショッピングモールで良くある問題の解決。
まずは、落とし物。
結構毎日何かを探している人がいる。
その人の記憶を探って、関係する売り場の店員さんに働きかけて、探す。見つかったら、それを落とし主に渡させる。
成功すると、喜ばれた。
もちろん私はあくまで、背景に溶け込んでいるから、私に対して直接感謝の言葉なんて無い。それでも嬉しかった。
自分の能力で人を幸せにすることができたのだから。
それから、迷子。
こっちも結構毎日いた。本当の迷子から、売り場に夢中になってるうちにお母さんとはぐれたプチ迷子まで様々。
探される方、所謂迷子の心の声が大きいから、迷子自体の発見は容易で、そこからがスタート。迷子の子の心から、リンクを辿ってお父さんお母さんを探す。
しかし難しいのは、子供の心は操りにくいことだ。
何故かはわからない。雑然としていて、上手く整理できない感じ。
だからやむを得ず私は、泣いている子供をあやして、その手をひいて、親御さんのところに連れて行った。
だから、迷子に関してはいつも、直接感謝された。
でも、自分のいた痕跡を残すわけにはいかない私は、親子から自分の記憶を消さなければならなかった。親の方は、大抵平日の昼にショッピングモールにいる私を訝しむから躊躇いが無いことが多かったが、子供の方は、純粋にありがたがってくれているのがわかるので、ちょっぴり辛かった。
それで、お姉ちゃんありがとうと、手を振る男の子女の子の姿が見えなくなるまでは、私は相手の記憶を消さなかった。消せなかった。
あとは万引き、窃盗、誘拐など、違法行為を企む輩のところに上手く警備員さんを向かわせたくらいね。
最初は、
そういう人の
多分、環境が人をダメにするのだと。
捕まって、周りの環境が変わることで、本人の人生が変わるのならその方がいいのかもしれない。
その行為だけをやめさせる
そこまで含め、
けれどそれは私はやってはいけないことだと思っていた。
それを行った途端、私自身が、きっと人間では無くなってしまうから。
ちなみにこの時期に学んだことがもうひとつある。
ハルから聞いたのだ。
『ショッピングモールに幽霊の女の子がいて、迷子をお母さんのところへ連れて行ってくれる』という噂を。
私の消し方が半端だったのか、子供達に何かが残ってしまっていたらしい。
今回は実害は無いからまだいいけれど、消すときには、一部だけでなく、関係する記憶全てを、心のリンクを辿り消す必要があると私は自分の心に刻んだ。
このようにして、私の能力制御の訓練は進み、概ね問題無いと自分で思えるようになった。
ここに至り、私は遂に学校へ行くことを決意する。
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