第10章 品物之比礼 ~支配する少女
第172話 イカの塩辛です
「北条先輩、どうしてもダメだというのですか」
放課後の社会科準備室に、例の一年生、十種神宝『
相手は北条先輩らしい。
扉に手をかけたまさにその時だったため、気まずいことこの上ない。
さすがに、渦中に足を踏み入れるのは無理だ。
そういうのが最も得手な
これでは、状況が落ち着くまで待機するしかない。
とりあえず、一緒にいる
「小木曽、それは今は無理だ。
これはお昼に聞いている。
松莉の方は報告にも来ていたから。
彼女は、一晩中、ジョーさんと語り合い、彼の意思を優先して明け方見送ったのだという。
涙の跡はやはり見られたけれど、そんなことが問題でないほどに良い顔をしていた。
ジョーさんと通じ合えたことが、彼女に、本当の彼女を取り戻させたのだ。
「ジョー兄に言われたの」という一言はあったけれど、俺にも深々と頭を下げて今までの非礼を詫びた。
これではこちらも、
松莉は微笑んで言うのだ。
「似てないと思ってた。でもひょっとするとあの子は私と同じかも」
こんなこと言われても困る。
何より菊理がいなくて良かったと思う一瞬だった。
そう、菊理は今日はいない。
昨日の夜、彼女の目の前で、八重は自ら請い、根の国に帰っていった。
だからといって、菊理の過去の後悔は消えず。
彼女を目の前で喪失したことで心に開いた穴は大きいだろう。
市花づたいに
松莉のあの一言、俺も本当は行ってあげるべきなのか、とても悩ましい。
とりあえず名前の挙がった今の二人の状況はこんな感じ。
二人とも、それぞれ自宅で心を休めている。
そして、ジョーさんは、波瑠先輩にとっても、生駒先輩にとっても思い人。
心に波風立たない訳はない。
波瑠先輩は、自分を完全に取り戻してるみたいだけど、ジョーさんの件について積極的に彼女と話そうとは自分には思えない。
そう考えると、波瑠先輩と会長も今は複雑だろうから、進んで顔は会わせたくないに違いない。
今日生駒先輩がキョウケンに来ていないのは、良かったのかもしれない。
「それはわかります。わかりますが、このままでは彼女達の身があぶないんです」
「ヤチか?」
「はい、彼女は既に『
「君の言いたいこともわかるが、上杉のところには既に浅井が行っているし、松莉のところには今日これから私が行こうと思っている。一人じゃなければ大丈夫じゃないか? 特に浅井と上杉のコンビは私も敵に回したくはないのだが」
「そういう問題ではないんです。むしろ、ヤチが誰に乗り移っているかわからない状況では、二人きりとなるのが最も危険です」
「まさか、既に誰かが乗り移られていると?」
「わかりません。でも、だからこそ十種神宝の神子を全員集めて確認するのが一番なんです」
「しかし、乗り移られていても、別に操られると言うことは私は無かったのだが?」
「十種神宝がヤチに奪われなければ大丈夫ですが、奪われたらお仕舞いです」
「奪う……まさか『
「おそらく、お考えのとおりです」
なんだか想像以上に深刻な話になっている。
ヤチとは、十種の神宝の儀式を行い、強力な神の力を得て、この世界を終わらせることをたくらむ神。
そのヤチが既に動き出している。
最後の十種、まだ所有者が不明な『
ヤチに儀式を行われるのは、世界にとっても大事だけど、自分にとっても困ること。生き返れなくなってしまう。
しかし、最後の所有者なんて、生駒先輩と北条先輩の十種があれば楽勝だと思っていたんだけど……。
波瑠先輩もここは同じ思考だった。
「それならば、早急に徳子の能力で、『
「全員を集めるのがどうしてもダメとおっしゃるのであれば、それが現実解かもしれません」
「では、せめて学校にいるものだけでも一緒に行動するか」
「そうですね、丁度タイミングも良いみたいですし」
この発言は、まさか……
「秋山先輩、穴山先輩、それと……遠山先輩ですね。そこにいるのわかってますよ」
バレバレだったらしい。
三人でバツが悪い思いをしながら扉を開けた。
彼女の十種の能力は、透視や遠目だったりするのだろうか、いつも読まれている感いっぱいだ。
「なんだお前達。入ってきてもよかったのに。覗きとは悪趣味だぞ」
「ごめんなさい、北条先輩。そんなつもりは無かったんですけど、深刻そうなお話だったんで、入りにくくて」
「以下同文です。ごめんなさい」
「い、イカの塩辛です……」
佐保理の意図がわからない。
場を和ませようとしたんだろうか。
ここは、反応してあげないのが優しさだろう。
波瑠先輩もそう思ったらしかった。
「まあいい、とりあえずその様子ならお前達は大丈夫そうだ。安心したよ。秋山、『
懐から剣の柄を出して見せる。
「よしよし、これで今この部屋にある十種神宝は『八握剣』、『
「松莉と菊理が静養中で、あ、冬美もそうか、『
冬美は、この前の佐保理の暴走の件で大蛇の力を使い果たしてから、ずっと姿を見ていない。
武道場の時のことを考えると、そろそろ復活しても良い頃だろうか?
もう少し彼女に聞いておけば良かった。
「あとは、
「この時間だと、その可能性が高いな。今日は
頷く後輩達。
それから、全員で生徒会室に向かったのだが……
「何ッ!? 今日は徳子は学校に来ていないだと?」
「そうなんだよ、ハル。だから今日は俺が生徒会長代行だ。今日に限って何でか委員会からの書類の提出や苦情処理が多くてさ、まったく参ってるよ。ハー」
困った様子をしながらも、快活に答えるのは、チューさん。
扉を開けたら、今日は彼一人しかおらず、話を聞いても、それで正しいとのことだった。
何となくだけど、
あの部屋の様子から、彼女がこういった仕事に役に立つかというのはさておき。
自分はのほほんと考えすぎてたんだろうか。
「北条先輩、これは……」
「まだそうだと確定してはいないが、もしそうであれば最悪だな」
「どういうことです? 北条先輩」
「我々の目が潰されたかもしれない」
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