第3話 絶対なんて有り得ない
「とーら、アンタ何ぼさっとしてるのよ、早く教室行かないと授業始まるわよ」
先輩の背中を見送った直後、横合いから別の声がした。
ふり向くと、そこには、少し長めの栗色の髪を後ろ手に縛る、いわゆるポニーテールと呼ばれる髪型をした女子生徒が腕を組んで立っていた。
「
彼女、遠山
この4月に虎が東京の学校から転入してきた際も、何かと彼女が世話をやいてくれて、おかげで、虎は数日とたたずクラスに馴染むことができていた。
そういった経緯から、本来、気安く話せる間柄ではあるはずなのだが、今の虎は先ほどリアルな自分の死のイメージを見たばかり、しかも先輩から不気味な予言を受けた直後であり、重ねて問題ありな状況で、どことなく普段と違う反応となってしまう。
「どうしたの? 何か変だよ」
「ああ、いや、何でも無い、何でも無いさ」
打ち消す虎だったが、不自然さは隠せず、逆に彼女に疑念を抱かせてしまったらしい。
心配そうな顔。
どうやら、情緒不安定が完全に見抜かれてしまっているようだ。
気配りができる人間というのは、そういうものなのだろう。
「言えないの?」
「言えない訳じゃないけどさ……」
「訳ありなのね」
直は、虎の目を覗き込むように確認する。
ちょっと気後れする。
先輩といい、今日は女子に見つめられることが多い日だ。本来ならば喜んでも良い状況であるだけに、全く残念なことこの上ない。
先輩との違いとしては、身長の関係からやや上目づかいな点と、視線に籠もるものが、心に押し寄せてくるような強引さではなく、心に優しく触れてくるような柔らかさであることだ。
話すべきか悩んでいたものの、その柔らかさに触れて、彼は心を決める。
「さっき、女子の先輩とぶつかっちゃってさ。リボンの色が緑だったから3年生だと思うんだけど」
「大丈夫だったの? もしかして、怪我させちゃったとか?」
「そこは問題無い。向こうは何事も無かったみたいに普通に歩いてたし、俺も特別体に異常はない」
「じゃあ何が問題なのよ?」
「気になることを言われたんだ」
さすがに、自分が間もなく死ぬと言われたことを彼女に伝えるのは躊躇われたため、虎は、かの先輩と思われる女子生徒の身体的特徴と、本日の夕食などの予言をされたことを話すに止めた。
直は、頷きながらその話を聞くと、迷いの無い表情で断定する。
「キョウケンの北条先輩ね」
「北条先輩? 有名なのか?」
「そうね、女の子の間では特に。占いが得意らしいの。良く当たるんだって、百発百中」
なるほど、決まっていること、と言っていたのは、彼女の占いが百発百中当たるからなのか。
虎は得心しつつも、納得がいかなかった。
自分はたかが占いを根拠として死ぬと言われたのだ。
そう考えると、なんだか腹が立ってくる。
人の命を何だと思っているのか、彼女は。
あの死のイメージのことを知っていそうな言動は不可解ではあるが、それだって勘違いである可能性も捨てきれない。
ここに至り、彼は理不尽な占いについて抵抗することを心に決めた。
「直、すまないけど、俺どうしてもやらなきゃいけないことがあって、遅れるかも。先生には何か上手いこと言っておいてくれ」
「え? ちょっと、どうするのよ、待ちなさいってば」
急な無茶ぶりに戸惑う直を後にして、虎は近くの男子トイレに駆け込んだ。ここなら、今の時間、誰かに邪魔されることはないだろう。
直も諦めてくれるに違いない。
どちらかというと、お腹でも壊したのでは無いかと心配される可能性の方が高いか。これは後でフォローしておこう。
では、とりあえず――
まずは、母親に電話だ。彼はスマートフォンを制服のズボンのポケットから取り出す。
「何? 虎? 学校で何かあったの?」
幸運にも3コールとまたずに母親は電話に出てくれた。
やや不安そうな声、これは打ち消す必要がある。
「違うんだ、母さん、『今日の夕食カレーでいいか?』って今朝言ってたよね。急いでて、答えずにごめん。俺、やっぱりカレーがどうしても食べたいんだ。それを伝えたくて」
「変な子ね。でも、わかったわ、カレーね。いつものルーでいいわよね?」
「ああ、もちろんさ、頼んだよ、母さん」
これで、夕食はカレー確定。
この時間にこの内容の電話というのは、何かあるのでは? と不思議に思われても仕方ないレベルである。虎は細かいところを気にしない母親の性格にこの時ほど感謝したことはなかった。
しかし、彼はここで少し疑問に思う。
あの先輩は、初対面にも関わらず、自分がカレーが好きなことを知っているかのようだった。気のせいだろうか。
いや、そう思ったら負けな気がする。第一、世間一般にカレーが嫌いな男子がそんなにいるとは思えない。絶対カマ賭けだ、そうに違いない。
よし、次だ。
虎はスマートフォンの電話帳から、今度は自宅の番号を選択した。
「虎か?」
電話に出たのは祖父だった。おじいちゃん子である虎に対して祖父はいつも優しい。今回のは、内容的にも、祖父ならば問題はあるまい。今まで何度も同じ様なお願いをしたことはあるのだから。
「じいちゃん、ごめん、テレビの電源入ってるか一応見てもらってもいい?」
「いつもと同じで、変わらんぞ」
祖父に感謝の言葉を伝えて電話を切る。
「これで録画も問題無し。うちのテレビは野球中継の延長や特番があろうと、それにあわせて録画しますから、機械が動いてさえいれば、失敗なんてあり得ませんよ、先輩」
スマートフォンを手にしつつ、誰に言うともなく、ひとりごちる。
そして、そのままいつも遊んでいるゲームを起動しようとして彼は手を止めた。
「考えてみると、ガチャしなけりゃいいんだよな」
虎のやっているゲームは、キャラクターのカードを集め、それを育て、敵との戦闘に勝つことで、ストーリーを進めて楽しむものだ。
キャラクターのカードは、キャラクターガチャと呼ばれるシステムで手に入れることができる。
キャラクターガチャ、通称ガチャは、電子マネーなどでの購入、もしくはゲーム内での試練達成、で得られる秘宝石というアイテムを消費することでランダムにカードが手に入るものである。
いわゆるくじ引きのようなもので、どんなカードが出るかはわからない。ギャンブル的な確率性要素に人は魅惑されやすく、大金をつぎ込んでしまうユーザもいるという。
先輩の言っていた、カード運とは恐らく、このゲームのキャラクターカードのことだろう。ならば、ガチャをしなければ、カードは手に入らないわけで、やらなければ良い話だ。
「ガチャ……いや、ゲームをしなければいいのか、我慢だぞ、俺」
できるのに、ガチャをしないで我慢するのは忍耐力を要する。
だが、毎日ゲームをやっている身で、ゲームをしないという選択をすることは、ヘビースモーカーがタバコをいきなりやめるようなもので、それ以上に想像を絶する努力を必要とする。
自分に言い聞かせて守ることができるならば、虎の精神の強さは褒めてもいいだろう。
もっとも、ゲームを起動したらガチャをしてしまうであろう、自身の心の弱さを知っているが故の戒めなのかもしれないが。
「よし、これで完璧だ」
ともかく人事は尽くした。
虎は勝利を確信し、右手をギュッと握るのだった。
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