第109話 清姫は語る I 冬美

「えーっと、何話せばいいんだ……」


「学校でのこと、自宅でのこと、趣味のこと、好きな女の子のこと、何でもいいですよ。秋山君のお話であれば」


 蒲生は今日も天然過ぎる。

 わざとではないのか、と思えるほどに、直接的にアタックしてくる。

 本人にその意思は無いのが分かってるだけに、この真っ直ぐな想いの扱いに困る!


「堅いですよ、秋山君。もう少し自然にしてください……気付かれてしまいます」


 後半小声で窘められた。

 そう、これは囮捜査。




「囮って……俺がですか?」


「だって条件が、あなたと女の子が二人きりになること、なんだから仕方ないでしょう。観念なさい」


 理不尽だけれどそう言われたら仕方が無い。


「わ、わかりましたけど……誰が一緒に囮になってくれるんですか?」


「その前に、一言言っておきたいのだけれどいいかしら?」


「どうぞ……」


 何だろう、何か囮をするにあたり必要な情報があるのだろうか?


「今回、校内で犯行が行われたにも関わらず、私の網に掛かっていないのよ、犯人は」


「そうか……十種によるものだから!?」


「可能性としては、それが一番高いわ。それと、遠山さんにとりついている、つや……幽霊の子、彼女は相当な手練れでしょ」


 つや様を単なる幽霊扱いされるのは不本意ではあるが、間違っているともいえない。ここは頷いておく。


「あの竹刀は彼女が敗北したことを意味する。蒲生によると、剣の達人なら、竹刀でも普通の人間には遅れをとらないということだから、相手は相当の力の持ち主ということになるわ」


 そうだ、つや様が普通の人間相手で負けるとは思えない。

 例え相手が武器を持っていたとしても。


「しかもあの穴山さんの能力でも太刀打ちできなかった。総合して考えると、四人をさらった敵は私にはどこからどう現れるのかわからず、しかも、強い……これで、私の言いたいことはさすがにあなたにもわかるわよね」


 さらりとサイドテールをかき上げる、説明を終えたという和やかな顔で。

 ……全然、わからないので、首を振る。


 生駒会長は憮然とした顔で言い放つ。


「私の能力は荒事には向かないし、囮は嫌だということよ」


 期待を裏切らずバッサリだった。


 予想をしておけば心は痛まない。痛んでも痛みは少ない。

 またひとつ大人になった。


 それにしても、なんて長い前置きなんだよ。

 どう考えても、自分が相手であることが嫌だと聞こえるその言い方も、何とかしてほしい。

 もしかして……本気で嫌なのか? 会長!



「私は……秋山君なら喜んで」


 蒲生……信じてたよ。

 どうしてだろう。

 なんだろう……この天使、いや女神感。

 実際黄金の蛇神様ではあるのだが、崇めずにはいられない。

 ふつつかものですが、よろしくお願いいたします、だ。



「冬ちゃんで決まりだな! とらきちよかったなー、アタシも付いててやるから安心しろ」


 肩を叩かれた。

 乾は嬉しそうだ。

 これは、蒲生が嬉しそうなのが、純粋に嬉しいのだろう。



「あ、あの~」


「「「!」」」


 聞き慣れない声に全員が扉の方をふり向く。

 体操着姿の小柄な一年生の少女。


 菊理だった。


 直視できなくて目をそらしてしまう。今は、ごめん。



「あたしも……八重、ううん、市花先輩を助けたいです。参加させてください」


「上杉さん、聞いていたのね」


「ごめんなさい。その、部活してても、市花先輩のことが気になって、部活に集中できないから……今日は途中で部活早退して、ここに来たら、先輩方がお話されてて……お話遮ったらいけないかなって……」


「聞いていてくれたほうが話が早くていいのよ。相手が相手だけに、あなたの助けはありがたいわ。でも、今度からは、できれば、話中でも声をかけてくれると嬉しいわね」


「は、はい!」




 そんなわけで、社会科準備室で、今は蒲生と二人きり。

 二人でいる間は仲睦まじく、つまりラブラブで過ごせと厳命を受けている。



「では、私からいいですか?」


「え? あ、ああ」


「どうして私だけ苗字なんですか?」


「はい?」


「どうして秋山君は私だけ苗字で呼ぶんですか?」


「……」


 深く考えていなかった。初めて気付いたといってもいい。

 どうしてだろう。


 直、市花、波瑠先輩、佐保理、菊理、乾。

 自然にどの女の子も、気がつくと名前で呼んでいる。


 生駒会長は、先輩だからというのと、会長という存在感の大きさから、名前で呼ぶのが憚られた。これは間違いない。口が裂けても徳子先輩と呼ぶのは無理だ。やんごとなき存在というやつだ。


 だが、蒲生はそうではない。


 確かに、可憐で綺麗で、他の女子とは一線を画す大和撫子ではあるものの、同級生は同級生。


 直や市花や乾ほどくだけるという感じではないが、話しやすいし、話していると癒やされる。

 佐保理や菊理を相手にするときみたいに、話すときに気を遣うこともないのだ。

 波瑠先輩のように、先輩だからという別の配慮もない。


 このように、自然体で柔らかく包み込んでくれるような彼女を自分はなぜ……?

 生徒会だという理由であれば、乾も細川でいいはずなのに。



「とくに理由を思いつかないのであれば、名前で呼んでください」


「はい?」


「冬美、って呼んでください」


「わかったよ……冬美」


 冬美が今日一番の嬉しい顔をしたので、理由を思いつけなかった後ろめたさはどこかへ消えてしまった。


「遠山さんの言っていたとおりでした。秋山君は、タイミングを逃しているのだろう、こちらからタイミングを作ってあげないとダメだ、と」


 直が……? そういえば。



「じゃあ、今度は俺からいいか?」


「どうぞ」


「冬美は最近直とずっと放課後一緒だったみたいだけど、何してたんだ?」


 気になっていたのだ。

 あの七不思議ミーティングが行われた日から行方不明になった日まで、ずっと二人で何かしているとのことではあったが、肝心の何をやっているかは、直に聞いても答えてくれなかった。


「修行です」


「はい?」


「最初はその……遠山さんに秋山君の趣味とか色々なことを聞こうと思ったんです。ほら、好きな人のことって知りたくなりますよね」


 なりますよね、じゃない!

 か、顔が真っ赤になるから、そんな綺麗な目でこっちを見ないで欲しいっ!


「で、でも何で直だったんだ?」


「あの武道場での時、秋山君が一番仲が良さそうだったのが、遠山さんでしたので……実際裏庭で二人きりでお話してみると、どうもあの時とは別人のようでしたが」


 つや様ではないと見抜いた冬美の眼力はさすがだ。

 まあ、バレバレか。直は嘘をつくのが苦手というか嫌いだからな。


「ひょっとして、遠山さんも秋山君のことが好きだから、人が変わっているのかとその時は思っていました。私とお話していたときも、顔赤かったですしね」


 天然すぎるぞ、冬美。

 それは多分つや様と間違えられて困ってたんだよ。


 ……でも、どうして過去形なんだ?


「ひとしきりお話が終わった後、私衝動が抑えられなくなってしまって、その、彼女に……」


 この言葉、なぜか、妙な想像をしてしまう。

 直、すまない、今お前のポニーテールは結び目がほどけた。


「一緒に修行してください、とお願いしました」


 直、本当にすまない……。

 ポニーテール結んでおくよ。

 

「すると、『妾でなければ無理よの』と声が聞こえたんです。ふり向くとそこに猫がいて、目があいました。その、私可愛いものに目がないので思わず抱き上げて撫でてしまったんです」


 佐保理が良く撫でられている理由が分かった気がした。


「最初は、『ちょっとまてまつのじゃ』と抵抗していたのですが、それがその、さらに可愛いく思えてしまって、夢中で力を込めて撫でてしまい……撫で続ける間に猫にゃんは静かになりました」


 人が変わってないか? 冬美?

 というか話す猫という時点で何か思うところはなかったのか?

 天然すぎるぞ。猫は大丈夫か!?


「すると、後ろから声が聞こえたのです。『この乱暴蛇娘が! もう遠慮はせぬから覚悟せい』と。間違いなく、あの時の遠山さんでした。それからは、ずっと剣の稽古を彼女と」


 なるほど、つや様が竹刀を持っていたのはそのためだったのか。

 しかし、状況を全て自然に受け入れているところが、流石今の冬美だな。


 綺麗は汚い、汚いは綺麗。


 あの時の、自分を否定し、世界を否定していた彼女は、全てを受け入れることで、本当の彼女になれたのだ。

 その否定する心を断ち斬ったのが、つや様の八握剣やつかのつるぎならば、十種神宝というのはけして呪いをもたらすだけの存在ではない。


 自分がその過程でわずかでも力になれたのであれば、嬉しく思う。


 本当は、キョウケンに入って欲しかったけれど、生徒会書記として生き生きしている彼女を見ると、これでよかった、そう思える。


 ここでもうひとつ聞きたかったことを思い出した。


 聞いてもいいものだろうか。

 でも、ここを逃せば機会なんてなさそうだ。


「なあ、冬美。どうしてお前生徒会に入ったんだ?」


「そうですね、このことは北畠部長にはお話していることですし。私を清姫から解き放ってくれた秋山君にもお話しすべきでしょう……」

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