第127話 ひとりごと 3 北条波瑠(ハル)

 それは、先輩が塾とか他の用事があって来ない日で、ジョーは掃除当番だったらしくなかなか来ない中、珍しくチューと部室で二人きりになった時のことだった。


 私が社会科準備室に入り、長机を挟んで彼と向き合って座ってすぐに、チューが言ったのだ。


「なあ、ノリ」


「何?」


「もうひとり部員増えてもいいかな?」


「部活は私個人のものじゃないし、入りたい子や、入らせたい子がいるなら、べつにいいわよ」


「そうか、ありがとう」


「ちなみに……男子?」


「いや、女子だ」


 この言葉は私には意外だった。

 チューはどちらかというとイケメンではあるけれど、ジョーとつるむばかりで全く女っ気が無かったのだ、無いと私は思っていたのだ。


 チューが理由を言わず、今日は部活を休むと言った日に、ジョーと一緒に後をつけたのだが、彼はスーパーに入り野菜や肉などを次々と籠に入れていた。

 結局見つかってしまい、頭を搔きながら彼が言うには、母親が高熱で寝込んでいるので、今日は自分が夕食を作るのだという。

 ジョーと一緒に平謝りに謝った。


 そんなこともあったので、普段、チューは部室にずっといるから、ジョーとそういう仲だというのは無いにしても、親しい女子の存在というのが思いつかなかったのだ。



「どんな子なの?」


「そうだな……物静かなタイプであまり話さない方だ。授業で当てられたときの発言の明瞭さとか考えると、話すのが苦手というよりは、他人と話すのを避けてるんじゃないかって俺は思ってる」


 普通に話せるのに、人と話すのを自分から避けるなんて不思議な子だと私は思った。

 恥ずかしがり屋、ということだろうか?


「あとは白い手袋をいつもしてる。潔癖症だとか、手の肌が弱いとか周りの女子に聞いたところでは、そんなこと言ってたかな」


 あの子かもしれないという子の姿が脳裏に浮かんだ。

 廊下ですれ違ったことがある、黒髪で少し身長の高い女の子。

 白い手袋が目立っていた。

 怪我でもしているのだろうか? とその時考えはしたものの、変に憶測するのはこの子に失礼かもしれないと思って私はそれ以上はやめておいたのだった。


「変な言い方だけど、その子はキョウケンに入る気でいるの?」


「いや、これから聞いてみる。一応ノリには先に許可を得ておきたかったんだ」


「へぇ、紳士なんだ。ジョーにはもう話したの?」


「あいつには別に先に話さなくていいと思ってる。十人くらいいきなり増えても気にしないタイプだし」


「同感。ああ、でもそうか、二人同じクラスだったよね。てことはその子はクラスメートってことか」


「ああ、それもある」


「なら大丈夫ね。楽しみにしてる。頑張って口説いてきてね」


 キョウケンにはジョーに誘われた手前、何となく自分から周りの子を誘うことができなかった私にとっては、もうひとり女の子が入るというのは嬉しいことのように思えた。

 友達になれるかは不安だけれど、チューが誘いたいと思う子だからそこは多分きっと大丈夫だと信じていた。


「口説くって、おいおい、そんなんじゃないからさ」


「本当に~? じゃあそういうことにしておくね」


 チューは、困った顔をしながらも、上手くいったら明日連れてくると言っていた。


 ……


 そして翌日。



北条ほうじょう波瑠はるです。よろしくお願いします」


 所用があった私が、少し遅れて社会科準備室に入ると、黒髪に白い手袋の彼女は、もうそこにいて、長机を囲んでジョーとチューと話していた。

 いつもどおり入った私が、入り口近くで立ち止まっていると、向こうから挨拶してくれたのだ。わざわざ立ち上がって。


「北条さんね。チュー……織田君から聞いてる。私は生駒いこま徳子のりこ、よろしく」


「ノリ、北条はクラス一緒だからチューで大丈夫だ。俺もジョーでいいから」


「ああ、そうだったわね、ジョー」


「しかし、チューがいきなり北条連れてくるからびっくりしたぜ」


「北条さんグループワークの時に話してみたら歴史が好きだっていってたからさ、どうかと思って。お前も部員もうちょっと増えたらいいなって言ってただろ」


「チューにしてはやるわね。こんな美人を口説いて連れてくるなんて」


「だからそういうんじゃないって言ってるだろ、ノリ」


「あの……」


 私がチューとふざけていたら、それまで沈黙を守っていた彼女が口を開いた。


「ほ、北条さん、ごめん。放置するつもりはないんだ」


「ごめんなさい、北条さん」


 チューと一緒に謝る謝る。


「ああ、そうじゃなくて……その……私も……名前で呼んで欲しいかなって」


 おずおずと切り出す彼女。これにジョーが反応する。


「確かに北条ってのも他人行儀だよな。じゃあ……ハルでいいか?」


「うん、嬉しい」


 静かに笑う彼女の顔は、女の私でもドキッとするほど綺麗に見えた。


「じゃあ、私も名前で呼んでいいかな? ええっと、チューに、ノリ、それからジョー……ちょっと照れくさいかも」


「すぐに慣れるわよ、ハル」


「ありがとう、ノリ」


 先輩の承認も即日得られて、名実ともに彼女はキョウケン部員となった。


 先輩方の中で、例の課題の時期はもう終わっているようで、彼女とは残念ながら競ってあの調べ物をすることはなかった。


 その代わりといっては何なのだけれど、歴史に関するテーマを何か選び内容をまとめて発表するというのを次の課題として与えられた私たちは、一緒に作業することになった。


 男子達は、自分の苗字でいくぞと、ジョーは武田信玄、チューは織田信長についてその生涯をまとめるという壮大な内容に挑んでいた。


 私たち女子二人は、ハルが途中から入ったこともあり、私が選んでいた1つのテーマに共同してあたることになったのだ。


「『岩山城女城主つやの謎について』……面白いテーマを選ぶのねノリ」


「ジョーが戦国縛りって五月蠅いから、色々悩んだ末に、辿り着いたの。テーマ決めるまでが本当大変だったのよ」


 残念ながら、歴史が好きでキョウケンに入った訳では無かった私は、この課題に全く魅力を感じられなかった。戦国時代なんてさらに興味が無い、当然ジョーには言えなかったけれど。


 そこで、この辺り地域の歴史なら、まだ何か自分が進んで調べたくなることがあるのではないかと地域史の資料をあさり、悲恋の女城主というキーワードを見つけたのだ。

 敵方の武将に惚れて、夫婦となり、最後は夫と運命を共にしたというつや。戦国時代に全く興味の無い私も、彼女がどのような女性であったのか気になってしまった。うん、これなら行けると思った。


 しかし、問題は織田信長や武田信玄ほどメジャーではないことから、資料が少ないことだった。


「学校に無いなら、市の図書館行ってみない? 郷土史の史料沢山あるらしいよ」


 ハルのこの提案に私がすぐさまのったのは言うまでも無い。  

 男子二人を学校に置いて、一緒に市の図書館に向かった。


「へー、こんなにあるんだ」


「でしょでしょ」


 調べ物は順調にすすんだ。

 何冊か目星をつけた本を借りて、図書館を後にする。


 二人きり。

 隣の公園で、ベンチに座り、自販機で買ったジュースを飲みながら一息入れる。


「今日は頑張ったね」


「そうだね」


「ハルって歴史やっぱり詳しいのね。ちょっとびっくりしちゃった」


「それほどでも」


 聞いてみたいこと、二人きりだし今なら聞けるかなって思った私は勇気をだして彼女に問いかけた。


「ハルってどうしてキョウケンにきたの?」


「うーん、チューが熱心に誘ってくれたから、かな……」


「この美人を、チューはどうやって口説いたの? 差し支えなければ教えて頂戴」


「そういうノリは私なんかよりも可愛くて魅力的だと思うけれど……そうね、私ずっと独りでいるつもりだったの。独りでいいって、独りでいなきゃいけないって思ってた。それがね、チューには寂しそうに見えたらしいの」


 何故そこまで独りを指向していたのか聞きたくなりはしたけれど、触れて良いものか悩んだ私は、とりあえず何も言わずに頷いた。


「グループワークで偶然一緒になったときに、チューが私にたくさんたくさん話かけてくれたの。だから普段話さない私も、何か言わなくちゃってなって。どういう話の流れかは覚えてないんだけど、ふいに『歴史が好き』って言ったら、キョウケンを勧められて、あとは知っての通り、かな」


 この時のハルの笑顔、夕焼けに照らされて綺麗だった。

 どうやら私にとってのジョーが、彼女にとってのチューだったらしい。


 私たちは本当に似たもの同士。

 きっと仲良くなれる。

 そう確信していた。

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