第107話 花は散る?

「どうしてだ……」


 口に出して言わざるを得ない。

 しかし、誰も答えてくれる者はいない。



 放課後の社会科準備室。



 いつもであれば、

 市花の毒舌攻撃にあい、

 かわしたかと思えば、直曰く愛の一撃を喰らい、

 たいてい元凶の佐保理に介抱され、

 それを波瑠先輩が、やれやれといった様子で見守る。


 不本意だけど、

 一見残酷な状況におかれているようにも思えるけど、

 そこは暖かくて、笑顔がいっぱいで、心安らぐ空間だった。

 マゾだって言われてもいい。あの痛みは喜びだった。多分。


 でも、それは皆がいるから。

 今は……誰もいない。


 どうしてこうなったのだろう?

 考えたって結論は出ないのはわかっている。




 常に三年生の学年一位をキープしているという、頭脳明晰な生駒いこま会長ですら、頭を抱えていたのだから。



 昨日、あれから、生徒会室で、帰り際の波瑠先輩のことをあれこれ聞かれた。


 もっとも、会長と分かれた後、自分が一緒だったのは本当に途中までだったので、終始無言だったとしか言えなかった。


 それはそうだろう、あの状況では話しかけるネタに悩むから、こっちから波瑠先輩に話しかけるなんて無理だ。

 波瑠先輩は、下を向いたまま黙々と歩いていたから、自然とそのままって感じに。

 最後わかれるときに、気がついたように手を振って、それだけ。


 そのためか、生駒会長には、キョウケンでの波瑠先輩の様子についても確認された。ちょっと気まずかったが、あの心ここにあらずな状況は説明しておいた。


 会長は黙って、それを聞いていた。何度も頷いていた。

 いぬいも一緒だったのだが、この時ばかりは彼女も茶化さず、神妙な顔をしていた。



 ひとしきり話終わると、もう帰っても良いというので、社会科準備室に戻ったのだけれど、既に、市花の姿はもうそこに無かった。


 不審には思ったのだ。

 まだそれほど遅い時間でなかったから。


 まさか市花まで行方不明になるなんて……。


 最後の希望、こんな時こそ頼りになりそうな直は、市花が学校に来ていないことを知るやいなや、一時間目の授業からいなくなっていた。

 先生によると、体調が悪いから帰ると言っていたそうだ。

 それはそれで、せめて、自分には一言欲しかった。


 誰もいないこの状況。

 自分はいったいどうしたらいいのだろう……?



「そなた何をほうけておるのだ。そんな場合ではあるまいに」



 気がつくと目の前に、直がいた。

 何故かその手に竹刀を持っているのはさておき、この口調――


「つや様か!」


「まったく、わらわはかなり前からここにおったというのに、声を掛けるまで気づきもせぬとは」


 この愛の垣間見える辛辣な言葉。

 間違いなく中身はつや様だ。


「ごめん、ずっと考え事してたから……直も姿を見せなくなったから、これでキョウケン全員消えたのかって、どうすればいいかわからなくなって、俺……」


「女々しいの。油断しておればわらわもこの娘とともに消えてしまうかもしれぬというのに。そうなったら、そなたは本当に独りとなるぞ」


「そ、そんな」


「まあ、消えてそれだけ落ち込むと言うことは、月並ではあるが、あやつらがそれだけそなたにとって大事だった、ということであろうな」


「……そうだ、つや様、聞きたいことがあるんだけど……」


 こんな事態ではあるが、この機会を逃せば、つや様と二人きりのタイミングはもう来ないかもしれない。


 ずっと、会いたかったのだ、彼女に。

 どうしても確認したいことがあったから。


「何についてだ? すまぬが手短にな。今は一刻を争うのだぞ」


菊理くくりのことなんだけど……知ってるよな、生玉いくたま?」


「そなた達があれほど騒いでおれば、嫌でも耳に入ろうというもの」


 この口ぶり、どうやら彼女はキョウケンの近くに常にいるようだ。

 虎は、ちらりとそんなことを考えながらも話を続ける。


「見せてもらったとき、菊理の体に同化してたんだ」


「……珍しく遠回しな物言いであるな」


 遠回しにもなる。

 こんなこと聞いて良いのか、聞くべきなのか、それも悩ましいのだから。


「菊理、崖から飛び降りたって言ってたんだ」


「……ふむ」


「その時、生玉のおかげで助かったんだって」


「……それで?」


 虎は、次の言葉を発するか、ここで悩んだ。

 今ならまだ有耶無耶にできる。聞かなかったところで終われる。


 聞いてしまって、望まない内容だった場合、自分は確実に終わらない悩みに陥ることは必定なのだ。


 ひょっとすると、波瑠先輩はいつもこんな気持ちで『絶対予言』と向き合っているのだろうか……?


 先輩の予言と異なるところがあるとするならば、今から彼女に尋ねる内容は過去に起きたことの確認であるというその一点のみである。


 もう動かない事実。


 しかし、この場合、それは変わらない未来でもある。

 本質的には差異が無いのだ。


 聞かなくても結果が同じならば、聞くべきだろう。



「儀式を行ったら、生玉の力は失われるんだよな」


「……そうだ」


「生玉の力を失ったら、菊理は……生きていられるのか?」


 ようやく言えた。

 喉の奥底で止まっていた、この言葉を。

 おそらくつや様にとっても、とても残酷な、質問を。


 彼女は、虎の目を見据えると、優しい顔をして言うのだ。


「そなたの考えておるとおり」


「……」


 声を発することはできなかった。

 覚悟はしていた。しかし、それ以上だった。

 半端な虎の背中を押すように、つや様がさらに加える。

 とても、悲しそうな顔をして。


「一度捨てた物は元には戻らぬが道理。特に命とは粗末にしてはならぬもの。この理を超えたものは、理を超える力が無くなれば共に滅する。わらべでもわかる理屈よの」


 つまり、虎の復活は、彼女の、菊理の死を意味するのだ。

 自分はそれを知りながら、儀式を願うことができるのか――

 

「こうなることはわかってはおった。そなたは優しすぎる。とりあえず今はその迷いは後にせい。ゆくぞ」


「え?どこへ」


「生徒会室に決まっておろう!」



 ……



「これは、十種の攻撃とおぼゆるが、徳子のりこよ、そなたならば犯人がわかるのではないのか? 七不思議、調べておったろう」


 生徒会室に入るなり、つや様が、竹刀片手に、生駒会長に食ってかかる。



「いいえ、これは『クラスの人数があわない』件とは無関係だと私は思うわ」


「なぜそう言い切れる。そなた、まさか犯人をかばってはおるまいな」


「同じ現象であれば、キョウケンの女性ばかりが標的になるのは不可解でしょう。秋山君、あなたこそ心当たりは本当に無いの? キョウケンが狙われそうな要因は無い? 次はあなたかもしれないのよ」


「なるほど、そなたの言い分もっともである」


 自分が狙われる可能性など考えてなかった虎は狼狽した。

 

「それに、私だって、波瑠がさらわれたのなら、冷静ではいられないわ。絶対に犯人を許さない」


 虎はさらに狼狽した。

 そして今回の犯人に同情した。

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