第9章 道返玉 ~道探る少女
第157話 上杉菊理の戸惑い
「お出かけ、お出かけ♪ うーん、やっぱり外の空気はいいわね、ジョー
街の歩道を歩きつつ、
確かに、あの家の中にずっと籠もっているよりは良い、良いのだけど……。
「あ、ああ、そうだな、松莉」
ジョーさんはどことなく元気が無い。
彼は昨日と同じジョーさんなのだろうか?
そうであれば、松莉の行状に心を痛めているのかも知れない。
そうでなければ……体がまだ馴染んでいないのだろう。
「調子が悪そうね。電池ちゃんちょっと来て」
呼ばれたあたしは、八重の側を離れ、前を歩く二人のところへ赴く。
立ち止まると、ジョーさんは申し訳なさそうな顔をしながら、あたしの両肩に触れる。
その瞬間、軽いめまいを覚える。視界が暗くなる。
十種神宝『
これまで触れられたクラスメートが全員倒れたというのは無理もない。
「ありがとね、電池ちゃん。おかげでジョー兄の健康状態は最ッ高よ!」
「う、うん……」
電池扱い。
彼女のあたしを見る目は人を見る目ではない。
でも仕方ない。
ジョーさんにこれ以上他人の生気を吸わせるわけにはいかない。
これは、秋山先輩を裏切ったあたしのせめてもの罪滅ぼしでもあるし、何より八重のためでもある。
学校で、松莉が暴走したあの日。
あたしは、目の前の八重の姿に思いを抑えられず、秋山先輩に逆らった。裏切った。
八重と先輩を天秤に掛けて、八重を取った。
この件に関して言い訳はできない。
でも、今一番この思いを理解してくれるのは秋山先輩だと思える。
先輩は、きっと言うだろう。
あたしにあんなことをされたにも関わらず、『仕方ないさ』と。
そしてあたしの頭を撫でるのだ、優しく……
それがわかるだけに胸が痛んだ。
だからあたしはその場に留まることはせず、彼女とジョーさんと八重を抱えると、一足飛びに校外に飛んだ。
おそらく生駒先輩が人払いしてくれていたのだろう。
見られて困ることはなかった。
もっとも、見られたところで、全力で移動すれば、幻を見たとその相手は思うのだろうけれど。
学校近くの神社で三人を降ろして一息つく。
「ふうん、あなたも力もってるんだ」
驚くことに、松莉はあたしの力に全く動揺していなかった。
「バカ兄を気絶させて、私たちをここまで運んできたところを見ると、敵ではないようね」
「バカ兄は訂正して……」
「そうね、兄妹じゃないものね。あれは単なるバカ」
「……言わせておけば……」
拳を堅く握るあたしに気付いても、彼女は怯えもしない。
「あなた、そこの女の子がどうなってもいいの? 私わかっちゃってるんだから、アハハッ」
指さす先には、怯える八重。
この言い方……あの少ないやりとりで、もう、松莉には八重とあたしの関係がわかってしまっているようだ。
「くっ……」
「その子、私気に入ってるのよ。お人形さんみたいに大事にしてる。何度か作り直してもいるのよ。なのに逃げ出したから、ここしばらくは罰でその格好にしてるの」
逃げ出した……では、あの時に出会った八重は……。
あたしは八重がさっきから何もしゃべらないで背を向けている理由が分かった気がした。ボロボロの姿が恥ずかしいからではない、松莉の機嫌を損ねるのを何より恐れているのだ。
八重を人形扱いしていることは腹に据えかねるが、彼女が八重の生殺与奪を握っている。迂闊に怒りを爆発できない。
あたしは唇を噛みしめた。
「あなた頭良いのね。私賢い子は嫌いじゃないのよ。嘘をついていたことは腹がたつけれど、あなたが私の味方になるっていうなら、忘れるわ。だから良い子になさい」
頷くしかなかった。
けれど、せめて、これだけは言わなければならない。
あたしが、優しいお兄ちゃん、秋山先輩の妹であるために……。
「味方になる、なるけど、これだけは約束して。ジョーさんに、生気を無理に奪わせることはしないって」
「そうはいかないわよ。食事しないと、綺麗なジョー兄が保てないんだから」
「無理に、って言ったわ」
「どういうこと?」
彼女は珍しくあっけにとられた顔をする。
そうだろう、彼女にはわかるまい。あたしのこの思いは。
「あたしから好きなだけ生気を吸えばいい。もう薄々わかってると思うけど、あたしの体力は底なしだから」
「なるほどね。いちいち面倒が無くて願ったりだわ。じゃああなたの名前は電池ちゃんね、キャハハ」
「何とでも呼べば良いわ」
こうしてあたしは、ジョーさんの電池になった。
彼女の家に来てからは、日に三度ほど生気を提供している。
文字通り食事だ。
あたしの体力は生玉の力ですぐに回復するが、その度に辛そうな顔をするジョーさんに、あたしの心が少しずつ削られてゆくのを感じた。
唯一良かったことといえば、彼女が八重にもあたしの生気を吸うことを許可したことだった。
この時だけは彼女と触れあえる。
言っていたとおり、松莉は八重のことを気に入っているらしく、家にいるときも、外に出るときも、八重を常に側にいさせている。
八重は、松莉のことを恐れているのだろう、あたしを気にする視線は送りつつも、口を開くことはない。こちらが見ているのに気付くと、目を反らす。
あたしは八重と話したかったが、松莉の目もあるし、そもそも何を言ったら良いのかわからなかった。
あの時彼女が言った台詞。
過去のあたしを狂わせた言葉。
『あなたと一緒に死にたかった』
あれは本心なのか、それともこの境遇が言わせたものなのか。
正直、確認するのが怖かったのだ。
だからか、触れあえても、心は遠くに感じた。
八重は後ろからあたしの肩に手を添え、そこから生気を吸う。
何も言わない。あたしも何も聞かない。
でも、それでも良いと、この時のあたしは思っていた。
関係が崩れるよりは、現状維持のほうが良い。
ただでさえ、八重の存在は理を超えたもの、脆いもの。
目の前の暴君が垂らしてくれた、か細い蜘蛛の糸を自分から強く引く必要はない。
心は触れあえなくても、こうして体は触れあえている。
二度と会えないと、そう思っていたのだから、これだけで幸せだ。
しかし、どこでどう間違ってしまったのだろう。
あたしも本当はそっちにいっているはずだった。
そうだったなら、わだかまりも無く、打ち解けられたはずなのに。
自分だけ生き延びてしまった。
変わらぬ負い目。
考えていると、また自分で自分を傷つけたくなる。
……でも、もうそれはできない。
あたしのために、体を張ってくれた、先輩方の思いを無にはできないから。
市花先輩……八重の姿を横目で見ながら思い出す。
先輩とは最近ずっと一緒にいたから改めて思う。
さすが従姉妹同士、本当に似ている。
見分けがつかないのではなく、似ているのだ。
先輩は一緒にいるとき、あたしのことをまるで妹のように可愛がってくれた。
八重と従姉妹同士だった時、きっと八重も同じように可愛がられたのではないだろうか。
自分はその八重の代わりに可愛がられた。
そんな気もして何だか八重に申し訳ない。
あたししか覚えていない、八重の存在。
自分で自分を疑いそうになったこともあるけれど、実際八重はこうしているのだから、その存在にもはや疑いの余地は無い。
だとすると、何故あたししか覚えていないのだろう。
これが謎なのだ。
そもそも、あたしの記憶のことは忘れて、八重が消された理由を考えても釈然としない。
本人がそれを望むとは思えないから、何者かの意図を感じるところ。
でも、八重の存在を消して、何かいいことがあるとは思えない。
やはり彼女自身の、自分が死ぬことで周りを悲しませたくないという思いによるもの?
十種神宝並の力があれば可能だけど、そんな力があったら、あれば、……こんなことには。
あたしの記憶から消されていないことを考えると、さらにわからない。
解けない謎を胸に抱きながら、今日も松莉に振り回されるだけ、でも逆らえない。
我が身を呪うというのは、こういうときに使うのだろう。
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