第156話 北条波瑠

 ……雨が降っていた。


 おばあちゃんが亡くなった日もこんな感じだったっけ。

 しめっぽかったんだ。まるで天が泣いてるみたいだった。


 おっといけない、亡くなるっていうとおばあちゃんは怒るんだ。

 私はなくならない、天に帰るだけだって。


 同じようだけれど、全然違う。

 天に帰るのであれば、また戻ってくることもできるんだってさ。


 どこまで私を見守るつもりなんだろう。


 まあでも、心配なんだろうな私のこと、今の際までずっと言ってたし。

 私がいなくなったらまさしを頼れ、政は波瑠はるのことを一番に考えろ。

 そればっかりだった。



 陰陽師は言葉の響きを大事にするんだとも言ってたな。

 合気道と違って、鬼道は私に全く教えてくれなかったけれど、それだけは覚えてる。


 鬼道を教えてくれなかったのは、私に教えるには時間が足りないからだって。

 教わりたいなら政に教われって言ったけど、それって、お前は覚えるなって言ってるのと同じことだよ、おばあちゃん。


 そう言ったら笑ってたな。


 でも実は私が困った顔をしたときは、今でもこっそり念話してくれるんだ。だからせがめばきっと教えてはくれる。


 ……本当政は優しい。


 きっと、兄妹じゃなかったら……おばあちゃんが許すかどうか、かな?


 ……


 私が北条ほうじょう波瑠はるになって、おばあちゃんの孫になって、政の妹になって


 おばあちゃんと一緒に田植えをしたり、稲刈りしたり、ワラビや野草やきのこを山に取りに行ったりして


 おばあちゃん他の人間には厳しいのに私には優しいんだよな。

 学校へ行けって言わないんだもん。


 だからかな、逆に一生懸命勉強した。

 おかげで今の私があると言っても良い。


 あのまま、晴子のままでいたら、きっと……。

 晴子は私の選択を許してくれてるとは思う。


 おばあちゃんの言っていたとおり、私の名前には、瑞姫みずきも晴子もあるんだ。

 私という人間の人生は、今までの全ての結果の続き。

 全部が全部私の中にある。


 私は生きるよ。出会った人との想い出を全て背負って。


 そう思えるようになったのもおばあちゃんのおかげ。


 何が凄いって『絶対予言』普通に使えっていうんだもんな。

 最初に自分の未来を見させたのも驚いたけど、これはお前の力なんだから、有効に使わないのはおかしいと、断言。


 毎日天気予報させられた。

 笑っちゃいけない、農業にとっては大事なんだと強調されて。

 台風が来る場合はとくに時間も正確に。



 でも、人の未来は、自分と、好きになった男の以外は見ちゃだめだと釘をさされた。

 どうして好きな男ならいいのかと尋ねたら、運命を共にする覚悟があるなら、それは自分と同じだから問題ないんだって。


 私はそんなわけで、家の外では手袋。

 家ではいいと言われたのは、政の存在を考え、複雑に思う私だった。

 他人ではない、そういうことなのだと考え、自分を納得させる。



 お前のお陰で好きなもの食べて、お酒も飲んで不摂生できる、感謝してる、と付け加えるかのように言われたときには複雑な気分だった。


 私はきっとどんなに頑張ってもこの人のようにはなれないってあの時思ったけど、今もこの思いは変わらない。


 本当に大事なこと、たくさんたくさん教えてもらった。


 ……


 結果は全部決まっていること、お天道様を恨んじゃいけない。

 でも、努力することも忘れてはいけない。


 なぜなら、お天道様はそれを見ているから。


 結果はあくまである一定点での状況にすぎない。

 その時点で決まっているが、その実変わりゆくもの。

 努力によって先はいくらでも変わる。


 それに死のように一見、定まった結果であっても、結果までの過程、結果の後に起こることでその意味あいは変わってくる。

 だから重要なのはいかに生きるかということ。

 それをお天道様は見ている。


 あんたのおかげで私は良く生きることができた。

 感謝してるよ、波瑠。


 ……


 おばあちゃんの墓の前で私は手をあわせる。

 悩んだとき、辛い事があった時、私はいつもここに来る。

 お墓の周りを少し掃除して、線香をあげて、それから手をあわせながらおばあちゃんに相談する。


 今回は深刻なんだ。

 自分の中に全く答えが見つからない。


 あのジョーは、確かにジョーだったけれど、ジョーはあの時に身罷っている。私は彼の死に顔を見ている。

 その結果は変わらない。


 となると、認めたくはないけれど、今の彼は理を超えてしまった存在。

 理を超えさせたのは、多分松莉まつりちゃんなのだろう。

 彼女はジョーのことを妹としてではなく、彼のことが大好きな一人の女の子として見ていた。だから壊れてしまった。


 なぜわかるかは、あの言動からというのはあるが……そもそも私もそうだったからだ。今も……そうかもしれない。


 ジョーのことをいつから好きになっていたのかは、自分でも記憶に無い。キョウケンに入る前はただのクラスメートだったから、キョウケンに入ってからなのは間違いない。


 なぜ好きになったのかは……自分でもわからない。

 そもそも人を好きになるのに理由なんてあるのだろうか。

 強いて言うなら、大牙たいがといい、あの手の男子に私は弱いかも、くらいだ。


 それを明確に意識したのは、あの時、事故の日に徳子のりこから、ジョーが私のことを好きだ、と言われた時。

 私はあの時驚きながら、不覚にも心の中では喜んでしまっていた。

 徳子も彼のことを想っているのを同時に知りながらも。


 あの時、私が彼女の正気を上手く取り戻せていたら。


 おばあちゃんの言うとおりだ。

 私は良く生きてなかった。

 だから、ジョーの死が変わらない結果だとしても、こうして苦しんでいる。

 あきらめられていない。


 だから、ここからは良く生きるよ。誓う。


 ……


 徳子は、私に松莉のことを明確に言ってはこないけれど、きっと全てをわかっている。

 もちろん彼女の十種の能力でわかるからという理屈もあるけれど、ノリと呼んでいた頃の彼女と変わらないのなら、そうであることが彼女らしいからだ。


 学祭の掲示板を破かれた事はショックだった。

 暴言を吐かれたことも。


 でも、私はそこで止まってしまった。

 目の前の掲示板という結果だけを見て、彼女と話すことを放棄してしまった。これまた良く生きられていない。


 まったく私は反省ばかりだよな。おばあちゃん。


 おかげで、彼女がノリのままであることに気がつくのにあれから二年かかった。


 生徒会室での会議の後、勇気を出してみて本当に良かった。

 この二年があるから、やっぱりお互い素直になりきれないところはあるけれど、心の繋がりを感じられたんだ。


 林間学校で十種神宝とくさのかんだから足玉たるたま』に彼女が呪われたこと。

 掲示板の前で松莉ちゃんがチューと彼女を襲ったこと。


 どちらも衝撃ではあった。

 けれど、私が一番衝撃を受けたのは、ノリの思いについてだ。


 彼女は良く生きている。


 少なくとも結果に対し、私のように諦めない。

 それだけの頭脳、能力があるにしても、状況を良くしようと常に努力する。


 負けを認めて諦めるのはダメだけど、相手の力を認めるなら次に繋がるからいいんだったよな、おばあちゃん。


 ……


 彼女のことだ、もしかすると、私がこうしている間に、秋山の十種でジョーを消滅させているかもしれない。


 だが、それでは松莉ちゃんが救われない。

 彼女の十種がどのような効果であるのかわからないが、それではきっとまた別のジョーが現れるだけだ。そんな気がする。


 松莉ちゃんの心を救わなければ。

 いったいどうやって?


 彼女の心を救えるのは、ジョーの存在だけだ。

 彼女はジョーに依存している。

 ずっと男言葉の私も変わらないな、全く似たもの同士だ。


 となると……


 ありがとう、おばあちゃん。


 それが答えなのかもしれない。

 できるかどうかはわからないけど、最期に約束したとおり、私は良く生きるよ。あがくよ。


 だって私はおばあちゃんの孫。

 おばあちゃんの名を継ぐ者。

 北条ほうじょう波瑠はるだから。

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