第14話 荒神 Ⅱ
「
「艶、教えてくれ」
「えっ?」
「
「し、しかし……」
「いいから教えろ。実は俺もお前みたいに
ここまで抵抗を続けて来た彼女であったが、この虎の無茶苦茶な言葉に、ハッとして考え込んだ。そして、彼を真っ直ぐ見て続ける。
「殿は殿ならずとも殿なのですね。その目は
虎は彼女の言うとおりに転がっている剣を拾おうとして、呆然とした。
「え、こ、これ……」
剣の
刀身の無い柄のみの剣。
先ほどの青く光輝く刀身はどこにいってしまったのか。
「その剣は、持つものの魂のあり方で、性質が変わるのです。柄を握り、無心となり、剣のみに心を注いでくださりませ。さすれば剣がそれに応えます」
彼女の指導に従い、両手で柄を持つ、そして念を込める。
しかし、何も起きない。
「やはり無理でしたか。その剣はそもそも妾の剣。契りを結んだ殿ならばさておき、殿ならぬ殿では。しかし、これで無茶な戦いをさせずに済むというもの、さて、今のうちに山を下りましょうぞ」
彼女は悲しそうにしていた。
僅かに希望となった虎も希望たり得なかったのだ。
これから訪れる『絶望の時』に抗う心を失ってしまったら、彼女は――
……
虎は悔しかった。
自分が剣を使えなかったからではない。
彼女に悲しい思いをさせたことが、溜まらなく辛く苦しく、自分を締め付けるのだ。
だから、心の中で叫んだ。
彼女のため、
そして自分のため、
見えない何かに抗うために。
柄を握りしめながら、強く、
強く……
『違う!』
『俺が見たかったのは、彼女のこんな顔じゃない!!』
『俺は、俺の魂は――――
応えろ、
応えろよ……』
「八 握 剣 ! ! !」
……
光の粒が……
……
ひとつ
……
ふたつ
……
みつ
……
よっつ
宙に浮かぶ
もう、数えきれないほど……
しだいにそれは重なり合い
大きな光となって
収束してゆく……
「な、なんと!?」
突如現れたそれは白い剣だった。
「わかったよ、艶。俺の魂のあり方ってやつが。無心じゃない、有心だ!!」
虎は自信に満ちた顔で、剣を振り、艶に向かって見得を決めた。
剣の白い光に照らされた艶は、驚きを隠せないままに、今は喜びもその顔にたたえていた。
「御見事、白き光は誠に殿の剣そのもの、明日への希望の色。剣がそなたを、殿を認めておる。あの魔物は、猪が周囲の霊気を吸って変化したもの。この剣を以て、霊気を祓えば、大人しくなるはず」
「なんとなくなんだけど、それだけじゃない気がする」
「何を申される?」
虎はふと気がついたのだ。
猫のつや様と共に逃げたあの猪と、先ほど眼前に見た猪の違いを。
もしかしたら、違うのかもしれない、でも彼は手に持つ白い光の剣を信じたかった。
「艶、あの猪をここに連れてくるように、
「借りている式神があります。これをつかいましょうぞ」
彼女は懐から、お札のようなものを取り出すと、それに口づけして宙に投げる。
すると、お札はみるみる人の形となり、一瞬の後に鎧武者となった。
「黄梅に、連絡を」
「カシコマリマシタ」
それだけ言うと、武者はすっと消えた。
「便利だな。それ」
「気を抜いておる暇はありませんぞ、殿」
「わかっているさ、もうそこまで来てるみたいだしな」
言うか言わないかのうちに、あの凄まじい音が近づいてくるのがわかった。
そして再び、黄梅と共に、あの山のような猪が眼前に現れる。
「殿に戻られたのではと淡い希望は抱いておりましたが、もしやその殿のままとは」
ひょいと虎の傍らに現れた黄梅は、彼の手にした白い剣を眺めて感嘆する。
「剣が解放されておりますな。ならば、止めはしませぬ。艶様は私めにお任せくだされ」
彼女のその声とともに、最後の式神が魔物の牙に砕かれる。
獣はそのまま突進しようとしたが、目の前の白い剣を持つ人影に警戒し動きを止めたようだ。
グルルル、と吠えてこちらを威嚇している。
虎は、それに向かい正眼に構えた剣で対峙する。
「押されたら負けだ。耐えろよ、俺」
彼は、自分に言い聞かせた。
緊張のあまり口が乾くのが自分でもわかるのだ。
鼓動は早鐘のように鳴っている。
無理も無い、考えてみると、戦いというのは初めてだ。
普段から喧嘩なんてしたことないし、ゲームで剣で斬り合うのはあくまでディスプレイの中のキャラクターであって自分ではない。
未経験者の生身の戦い、普通に考えれば敗北必至だ。
だが、負けるわけにはいかない。
ふっと、虎は目を閉じた。剣の軌道をイメージする。目標は決まっているのだ。よし。
そして目を開くとともに深呼吸し、剣を斜めに掲げつつ、目の前の猪に向かって走り出した。
「と、殿?」
艶の声が遠くに聞こえる。確かに突撃は無謀に見えるかもしれない。
正直怖い、怖すぎる、はずなのだが、この段で虎は自分でも不思議なことに落ち着き払っていた。
向こうもこちらに突貫しつつあるが、その動きがよく見える。
これはひょっとして、この剣の力なのだろうか。
まあ、どうでもいい、やることはひとつだ。
虎は、眼前の猛り狂う魔物の前で、剣を、勢いよく横薙ぎに振り払った。
「おっと」
そして横に飛び退く。
魔物はそのまま前進してゆくかに見えたが、虎に斬られてから、数歩進めた辺りで、四肢をがくっとまげて潰れるように倒れた。
その反動か、牙が二本ポロリと転げおちる。
魔物側の牙の折れた部分からは煙のようなものが渾々と湧き、天に昇って行く。
「なるほど、牙の部分に霊気だまりがあったのですな。それを見抜かれるとはお見事という他無し」
艶に肩を貸した状態で黄梅が褒めてくれている。
何だか先輩に褒められているようで、くすぐったい気持ちになった虎だった。
「なんとなくだよ。そう、別の猪に比べてアイツは牙が異様に大きかったからな」
「殿はやはり殿にござりましたな……む、あれは!?」
虎をたたえながら、突然警戒の表情を浮かべる艶。
その指さす先には、別の猪が現れていた。
あの大きな猪よりは二回りほど小さいがそれでも大きい。
「あの大猪の子供、だと思う。大丈夫さ、牙を折っただけだ。手傷こそ負わせちゃいるけど深手じゃない、あの親の方も少ししたら回復するだろう。そうすれば全部元通りさ」
言い聞かせるように、艶に優しく語る。
「おかしいと思ったんだよな。黄梅が引き離そうとしてるのに、なかなか遠くにいかないみたいだったから。子供を守ってたんだろうな」
実は虎は気がついていたのだ。もう一匹別の猪がいることに。
「ほら、お母さんを解放してくれてありがとう、って言ってるみたいだぜ。た、多分だけどな」
若干クサい台詞になりかけたのを自覚して、しまらない虎だった。
そんな彼らに向かって、小さい猪がブウブウとうなりをあげている。
「あれ、何だか急に眠くなってきた……」
頭がぐるぐる廻る感じ。運動会などで疲れ切った日にベッドに潜り込んだ直後のような、あの感じが虎の全身を巡っていた。
もう目も空けていられない。耳も遠くなり、感覚もおぼろげになってくる。
「戻られるようであるな。殿の世界に」
黄梅の声が聞こえる。
こんな時も彼女は冷静なんだな。
本当に先輩らしい。
「この身、殿に捧げたものなれど、そなたはなぜか他人とは思えぬ。なれば殿も許されよう」
艶がそう言った後、一瞬体のどこかに柔らかい感触があった。
でも、もうどこだかわからない。
「またお会いできればその時に、さらば、もうひとりの殿」
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