第169話 永遠を手に入れよう1(秋山虎)

「秋山、ちゃんと逃げずに良く来たな」


 そう言って、波瑠先輩はフフッと笑う。


 覚えている。

 懐かしい。


 八握剣やつかのつるぎを山に取りにいったあの時の台詞だ。


 もっとも、あの時は駅前だったが、今は社会科準備室。

 もう夜遅く、カーテンも締め切っている。


 いつもどおり、木下先生経由で許可もとってあるから問題はない。

 問題はないが、何だかこうして二人きりでいると鼓動が何故か速くなる。


 波瑠先輩は……魅惑的な美人だから仕方ないか。

 そして俺は男だから仕方ない。


 もっとも彼女の心はまだジョーさんにあるのだろうけれど。

 そんな彼女にとって今日は……


 そうだ。

 一瞬和んでしまったが、これからの戦いのことを思いだし、俺は気を引き締める。決意を口にする。



松莉まつり菊理くくりを解放しなきゃですからね」



 そう、今日はこれから松莉の家に行き、全てに決着をつける。

 おそらく辛いこと皆無というわけにはいかないだろう。

 でも、そうしなければ、皆前に進めない。

 これは、そのために必要な戦いなのだ。



「お前には本当に申し訳なく思っている」


「先輩、気にしないでください。俺は八握剣やつかのつるぎを振るうことしかできないですから」



 俺の今日の役割はもちろん、松莉が召喚するであろうゾンビの掃討だ。

 浄化の剣、八握剣で斬って斬って斬りまくる。


 だが不思議なことに、ジョーさんと八重さんについては俺は斬らなくて良いと言われている。


 校舎裏の件で、俺では斬れないと思われているのかもしれない。

 俺には斬らせたくないと思われているのかも知れない。

 二人をどうするつもりなのかはわからないけれど、そこは波瑠先輩の作戦だ。きっと何か考えがあるのだろう。俺はそれに従うまで。



「今日のことじゃない。いや、それもその一つではあるんだが……」


「となると、この前波瑠先輩が言ってた、十種の件に巻き込んでしまったってアレですか?」


「そうだ。もう七月。『絶対予言』で見た、あの時は近づいている。私が『沖津鏡おきつかがみ』の神子でなければ、そもそもこんなことにはなっていない。死ぬのがわかっているのは……不安だろう」


「確かに、死ぬのは怖いですけど、でも、あの真理奈まりなによると、もう十種は全てあるんですよね。後は最後の一人を見つけて、皆に協力してもらう約束を貰えれば、安心して死ねますよ、俺」


 平気ぶってるって言われるかもしれない。

 でも、精一杯の笑顔で俺は応えた。応えられたと思う。


「お前は強いな、秋山。こうなってしまったからには私も全力を尽くす。ヤチに先んじて十種を集め、彼女に対抗し、お前と上杉を必ず生き返らせることを誓う」


「信じてます」


 波瑠先輩の言葉に、菊理の名前も出てきたのがとても嬉しかった。


 十種を狙う神ヤチがどんな手を使ってくるのかはわからないが、こちらは十種の所有者のほぼ全てを把握して抑えている。


 今日松莉と菊理を仲間にすることができれば、後はひとり。

 そのひとりを抑えれば、儀式を行うことで神の力を手にすることができる。


 問題は、俺が死んだ後にやってもらわないと、俺が生き返られないことくらいだ。


 俺が死んだ後……ここで俺は思い出す。


 波瑠先輩には以前教えてもらえなかった。

 今聞けば、教えて貰えるのだろうか。


 やはり自分は顔に出やすいらしく、わかってしまったのだろう。

 波瑠先輩は心配そうな視線を投げかけてきた。


「秋山、私を信じてくれるというその言葉は嬉しいが、無理はしないでくれ」


「違うんです。その、俺は誰に殺されるのかなって……今なら教えて貰えますか? 波瑠先輩」



 この俺の言葉に、先輩は視線を反らした。



「すまないが……それは言えない」


「どうしてですか?」


「お前の良く知っている人物だからだ。だが、私にはその人物がお前を殺すとは到底信じられない。お前もそうだと思う。あの時も言ったが、世の中知っていた方が良いことと、知らないほうが良いことの二つがある。これに関しては、後者だと私は思うんだ。わかってほしい」



 澄んだ瞳で見つめられて、こう言われては何も言えない。


 波瑠先輩から見て、俺が良く知っている人物ということは、キョウケンか生徒会、もしくは菊理、松莉といったところだろう。


 いや、前に尋ねたあの時には、まだキョウケンに入ったばかりだった……そう考えると、知りたいという思いが急速にしぼんで行く。


 俺は誰も疑いたくない。最期まで。



「わかりました……そ、そういえば、市花いちかなおはどうしたんですか?」



 気まずい雰囲気を変えようと、言った一言だった。


 今日は真理奈とのあの対面の後、この時間に社会科準備室に来ることと、それまでは誰にも会わずに一人で過ごすように言われたので、やむを得ず、学校から距離のある本屋やゲームセンターで一人遊んでいたのだ。


 よく分からない指示ではあったが、他ならぬ波瑠先輩の言葉、何の意味もないとは思えなかった。

 ひょっとして女子同士でしか話せないことかもしれない。

 だから真面目に遊んだ。目一杯遊んだ。


 他のメンバーもこの時間に来ることは疑っていなかったのだ。



「彼女達は今日は来ない」


「えっ!?」


 意外だった。

 これまでどんな時もキョウケンとして一緒に頑張ってきた二人なのに。


 しかし、波瑠先輩の次の一言で、この俺の疑問は氷解する。


「今回は明らかに戦いになる。浅井と遠山には十種が無いから遠慮してもらったんだ。お前がいると二人とも引けないかもしれないから、お前には居ないでいてもらった」


 キョウケン部長としての配慮だったのだ。

 これには敬服するしかない。


「納得です。じゃあ、今回は、俺と先輩の二人ってことですか?」


 嬉しいような気もするが、心細いと言えば心細い。

 菊理は、波瑠先輩が舌戦で封じるつもりなのだろうか?


「いや、そろそろ来ると思う」


 丁度先輩がこう言ったときに、ノックの音がした。

 扉から入ってきたのは、小木曽おぎそ真理奈まりな


「私は君が恐ろしいよ、小木曽。時間ぴったりすぎる」


「秋山先輩とのお話はしっかりしていただきたかったので、実は外で様子を窺ってたんです。三人で」


「三人!?」


 思わず大声をあげてしまう。

 あとの二人は一体……。


「先輩方、もう入ってきていいですよ」


 真理奈の言葉で扉が再度開いた。

 そこにいたのは……


「佐保理! いぬい!」


「ダーリン……ひ、ひさしぶ……り」


 佐保理は言うなり下を向いていて、よく顔は見えなかったけど、真っ赤であるのは予想がついた。


「さおりん、可愛いけど、可愛いぞ。絶対とらきちにはやらないからな!」


 嬉しそうな顔をして、乾が後ろから佐保理に抱きついている。

 黄色いパーカーのフードが舞う。


「こらこら何を言ってるんだお前は……でも、どうして?」


「マリリンから事情を聞いたんだ。アタシ達の力が必要だってな」


「わ、私、皆に迷惑かけちゃってるから……少しでも返せたらいいなって、思ったの」


「というわけです。秋山先輩。今日の作戦はこの五人で行います!」

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