第2章 辺津鏡 ~夢見る少女

第17話 ひとりぼっち

「ちょっと今日は風の精霊が五月蠅うるさいかな」


 穴山佐保理さおりは、今日もひとり屋上でお弁当を食べていた。


 口に出してしまったが、肌に感じるほど風が強い。


 彼女の劣等感の源のひとつである、ややくせっ毛のあるセミロングはさらにその度合いを増しそうである。


 これでも高二の女の子、最初はちょっと風対策をあれこれ考えてはいたが、少しばかりの努力では逆効果なのに気がついて、持ち前の暢気さを発揮し『ノンキスキル発動☆』と、すぐに気にしないことにしていた。


 くせっ毛にチャームポイントが増えるだけだし、問題なし、と。


 ここには、彼女の他に人影は無い。

 誰にも邪魔されないこの空間は彼女に安らぎを与えていた。



/*

 今の時間、皆は教室で、友達と机を合わせて食べているのだろう。

 本当は屋上に上がるのは禁止されているのだが、どうせ自分のことなど誰も気にしていないから大丈夫。


 自分の姿が教室に無くとも、どこに行っているのかさえ、きっと問題にはされない。


 もはやこの存在は透明人間。


 うん、そう思えば格好いいかも。


 透明人間だったらこんな学校なんかに縛られないで自由に好きなところにいけるのだ。


 ちょっと羨ましい。本当にそんな力があればいいのに。


 ひょっとすると、よくドラマや漫画などでありそうなトイレご飯だと思われたりしているのだろうか。


 もしそうであれば心外だけれど、そんなことも考える者がいないほど自分はボッチなのだから、気にするまでもないことだ。


 透明人間は孤高の存在。うん、悪くない。

*/



 ……佐保理はひとりごちた。長すぎる独り言だった。

 それはそうだろう、この空間に自分以外は誰もいないのだから。



/*

 そんな時、突然ひゅーっと風が吹いて、ふりかけの袋が飛びそうになる。

 それをパッと見事にキャッチして防ぎ、自分に向かって「10点満点」と言ってみる。

 そしてハッとして左右を見回し、誰もいないことに安堵する。


 何をやっているのだろう自分は、他人の目など気にしてもしかたないのに。

 それとも、こんな状況でも、まだ誰かとふれあいたいのだろうか。


 それは――可能であれば、イケメンで何でも自分のいうことを頷きながら聞いてくれるような素敵な、まるで少女漫画かゲームから飛び出したような彼氏がいれば最高だけれど、現実は厳しい。


 自分が班分けで必ず余るボッチなのはさておいて、クラスの男子をぐるりと見渡してみると……そもそもこちらから話しかけることができないからこの想像には無理があるんだった。


 ともかく、ここまで全部をさておいて、せめて、自分のことを他の誰からも守ってくれる、そんな人物がいたら、それだけで満点なのだけれど……


 この透明人間は誰にも見えないのだから、それは望めないだろう。まさに孤高の存在。


 他人に話しかけることはできない、でも彼氏はほしい。

 矛盾したことを言っているなとは思う。

 でも思うだけであれば自由。

 誰にも文句を言われる筋合いはない。


 例えて言えば、そう、光と闇があわされば最強、っていうアレだ。

 むむむ、何を考えていたんだっけ?

*/



 ……佐保理の独り言は今まさに絶好調を迎えていた。



/*

 スタイルはそんなに悪くないと思うんだけどな、Dあるし。

 これは、宝の持ち腐れ?

 いや、そうじゃなくて、きっと封印された宝、そう、これだ。

 常に全力を出すなど三流のやること、四天王の中で最強なのはこの私。

 もっとも、他の三人がどこにいるのかは知らないけれど。

*/




 止めどなく考えていたら、始業五分前のベルが鳴った。

 佐保理はお昼休みが終わり、これから長く陰鬱な午後の授業が始まることを思い、今日も深いため息をついた。



――――――――



/*

「よっしゃああああおわったああああああ」


 もちろん声に出してなどいない、心の叫びだ。

 四天王最強は自分の力や考えを外に出したりはしない。

*/



 ようやく今日の授業が全て終わったのだった。苦痛の時よさらば。


 佐保理はいつもどおり手早く必要な教科書とノートを鞄に詰め込むと、いつもどおり誰にも挨拶せず、誰からも挨拶されずに教室を出て、すれ違う誰とも顔をあわさずに下駄箱に向かい、そのまま学校を後にした。


 よし、そろそろ良い頃合いか。


 数分後、学校の正門に面した坂を下りきった頃合いに、道の片隅で念のため左右を確認し、彼女は鞄から読みかけのライトノベルを取り出す。


 この文庫は、紐がついているのが素晴らしい。

 しおりだと落としてしまったこともあるのだ。一体化されていれば問題は起きない。内容も申し分無く面白いし、素晴らしい需要と供給。

 もっとも、帰り道に本を読みながら歩くことが、そもそも想定外なのかもしれないが。


/*

 しかし、この、本を読みながらでも家まで帰ることができるというのはとても不思議だ。

 自分以外でもできるのか誰かに聞いてみたいが、そんな相手がいないのが、この件についてはとても残念。


 もしかして特殊能力だったりするのだろうか?


 自分は完全に本に集中しているということはもうひとりの自分がこの体を動かしている!? なるほど、押さえつけていた獣の封印がとうとう解かれてしまったらしいな。


 いやいや、そんなことを考えている場合じゃない、今は小説に集中集中。ピンチの主人公を放っておくわけにはいかないぞ。

*/


 佐保理はページをめくる。

 かの主人公は、なんとかピンチは切り抜けたものの、さらに別のピンチに陥っていた。


/*

 これは今日も家に帰るまで気を抜けない。当然帰ってからも読むけれど。ああっ、このヒロインはとても羨ましい。私もこんなヒーローに守られたいのに。

*/


 彼女がそこまで考えたとき――


「?」


 何かに呼ばれた気がしたのだ。


 気がつくと、左手に神社があった。

 別に異空間にワープしたとかではない、いつもの帰り道だ。


 この神社は田舎によくある本殿、神様のおうちのみのタイプ。

 神主さんや巫女さんがいる社務所などは無く、お正月等でもなければ人気ひとけというものは基本無い。


 そんな神社が、なぜか気になる。気になってしかたない。


 彼女はライトノベルを閉じて鞄につっこむと、足のむくままに、神聖な場所に一歩踏み出した。


 といっても、さほどの広さはなく、あっという間に本殿に辿り着く。目の前にはお賽銭箱、そして上からぶら下がる、上部に鈴のついた例の縄。

 だが何よりも彼女の注意を惹きつけたのは、そのお賽銭箱の上にあるものだった。


「何だろう、これ?」


 お行儀の悪いことは承知の上で、手をのばし、それを取ってみる。


「金属の円盤?」


 直径3センチくらいの小さく丸い円盤。裏も表も綺麗な鏡面となっており、彼女の手の中で、今は彼女の姿をその身に映していた。


 彼女はため息をつく。


 このそばかす可愛くないな、せめて、鏡の中くらいもっと可愛く映ってもいいのに。


 現実よ変われ!

 我にイケメンをもたらせ!!


 彼女がそう考えたとき――



 突然手に持つ円盤から目映い光が放たれた。


 あまりの目映さに、彼女は目を瞑らざるを得ない。

 そして一瞬の後。


「え? あれ?」


 両手を表裏確認。

 生命線の薄さも含めていつもどおり。

 足元他周囲の現場検証。

 自分の他に影はなく、横に鞄があるくらいだ。


 どこにも無い。無くなっている。


 そう、先ほどの円盤は跡形も無く消えていた。

 自分が見たのは幻だったのか?

 実はそれほど自分の心は何かにおいつめられているのか?


 気にしたら負けだと、彼女はそれ以上考えるのはやめ、自宅への帰路に戻るのだった。

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