8-36 しんどかった
「美紗緒! こいつらにあのこと話したのか!?」
カヨがお父さんに会いに行けと言ったことに驚いていると、美紗緒はあっさりとうなずいた。
「うん」
「うんてお前」
「やっぱりみんなに黙ってるなんてできなかった。ごめん」
あのとき話したきゃ話せと言ったのは俺だ。謝る必要はない。
だが勇者たちが、自分も帰らせろと言ってくるようであれば……。
俺たちが少しピリッとした空気をまとったことに気づいたか、吉田が苦笑いしている。
「ははは、別に心配しなくても、俺たちも帰せなんて言わねえよ。そりゃ帰りたくないわけじゃないけど、帰せない理由は納得できたしな」
「帰してなんて言う資格、私たちにはないし。だけど美紗緒は自分だけ帰るの悪いと思ってるみたいだからさ、無理やりにでも連れて帰っちゃってよ」
カヨに背中を押された美紗緒が振り返ると、勇者たち全員が笑ってうなずいた。
「みんな……」
「ミサオ殿、いい仲間を持ったな」
「……うん」
ほほ笑むルチアに、美紗緒がうなずいてみせる。
その瞳から零れ落ちそうな涙が、陽光に輝く。
んー……しかしあとになって、やっぱり俺たちも帰せと言ってきたり、美紗緒を人質にして脅してきたりするかもしれないので、勇者たちは今始末しといたほうがいいのかもしれない。
「もうっ、そんな台無しにするようなことを考えないでくださいませ」
わかったわかったセラちゃん、ちょっと冗談半分に考えてみただけだから。
……ちょっと考えたことすらテレパスされて否定される俺の人権はどうなっているの。
頭に銅板でも巻いてたらテレパスを防げないだろうかと考えていると、勇者の一人が前に出てきた。
「橘」
犯人でお馴染みの泰秀だ。
「なんか用ですか? 僕は自分の人権確保の方法模索に忙しいんですが」
「なんだそれ……いや、その」
一度ぐっと拳を握りしめた泰秀は、ガバッと腰を折り曲げた。
「悪かった。俺が昔お前にしてしまったこと、ちゃんと謝らせてくれ」
剣聖と一緒に、俺をバカにしてたことについてだろうか。
深々と頭を下げている泰秀に、俺は優しく語りかける。
「謝罪なんてしなくていいんですよ、泰秀くん」
「橘……」
「そんな態度見せられても、地球には帰しませんから」
ペッと足もとにツバをはいてやると、泰秀はうがぁと頭をかきむしった。
「違うって! 俺は……俺はお前が嫌いだ! 健吾のことも納得できそうにない! それでも……自分がやったことにケジメをつけないと、前に進めないんだ!」
なんかヤケクソで叫んでいる泰秀を、ニケがボソリと刺す。
「真剣味を感じませんね。ニホンには、もっと謝罪に適した姿勢があったはずでは」
「うっ……そ、それは」
美紗緒ほど人ができていない泰秀が土下座にためらいを見せていると、ニケは「冗談です」とププッと笑った。
「……ニケ殿の冗談も、和まないことが多いと思うのだが。わかりづらいし」
「シッ、黙っていてあげなさいませ。またイジケますわよ」
……俺ならイジケてもいいのかな。
とにかく、泰秀なんてどうでもいいし終わらせよう。
「はい泰秀くんわかりました許しますよ」
「なんかおざなりすぎるけど……ありがとう」
もう一度頭を下げた泰秀は、頭を戻してから続けた。
「俺はこれから、聖国のほうでも活動するつもりだ」
お前のこれからなんて興味ないんだよ聞いてないんだよ。
というか公然と敵対宣言を発したが、勇者たちは……知っていたようで驚いてないな。
「当たり前だけど、獣人に害を成すためにじゃない。前にシャニィさんに言われてからずっと考えてたんだ。ここで獣人を背中に隠して守ってるだけじゃダメなんだろうなって。だから川端たちと協力しながら、今の獣人や亜人に対してのやり方に疑問を持っている人を聖国で探して、接触してみるつもりだ。そういう人たちを集めて、少しでもあの国を変えられるように。それがきっと獣人だけじゃなく、聖国の人たちのためにもなると思うから」
俺たちがこの世界に連れてこられたのは、上層部だけではなく聖国全体の責任も多少なりともあると思うのだが……物好きなやつだな。
「そうですか、目指せ第二の『ファマース村の惨劇』というわけですか」
「惨劇は目指さねえよ! ほんっとヤなヤツだな!」
「まあ頑張ってください。破壊活動なら、気が向いたとき手伝ってあげますよ」
「だからそういうんじゃないんだって! ああもう!」
せっかく人が手伝ってやると言ったのに、ぷんすかしながら下がっていった。情緒不安定すぎだろ。ほんとめんどくせーやつ。
ま、泰秀はどうでもいいとして、美紗緒を帰る気にさせてくれたようなので勇者たちには一応感謝しておくとしよう。
「じゃあ獣人たちが移動の準備しているあいだに、まずは帰るか。日本に」
美紗緒に顔を向けると、普段がウソのように愛想のいい返事がきた。
「うんっ、お兄ちゃん」
……。
「こんな子供にそんなこと言うの恥ずかしくない?」
「せっかく頑張ったのに、言わないで……」
サービスのつもりだったのか? 両手で顔を隠して恥ずかしがるくらいなら言わなきゃいいのに。
……実はちょっと兄心がときめいたのは内緒だ。
「ティルも行くんだよな?」
家からは出せないが、晴彦さんに合わせるだけだしそれでいいだろう。
まあフードでも被らせれば、少しくらいなら外を歩かせてもいいかなあと考えていたら──
「…………ま、また今度」
──お前、変わんなかったな。
恋人の親への顔見せからビビッて逃げたティルを見て、ニケが美紗緒に目を向ける。
「ミサオ、本当にあれで」
「いいの、それも言わないで……」
さすがに美紗緒もちょっとがっかりしていた。
というか、さっきから視界の端っこで気づいて欲し気にちょろちょろしているヤツがいる。
あまりのうざさに目を向けると、ちょろちょろラグビー部吉田はえへへと頭をかいた。そのガタイでくねくねすんな気持ち悪い。
「橘、連れて帰ってくれとは言わないけど……お土産くらい頼んでもいいよな?」
「仕方ないですね……カップ麺なら買ってきてあげますよ。銀貨二枚で」
「言うと思ったよ! 高ぇし! 買うけど!」
そうこうして、今後のことやその準備について語り合いながら、ようやく獣人や勇者たちは散っていった。
「ハァ、しんど」
大勢の相手をしてやって疲れたので、ルチアのお胸様に顔を埋めて癒される。ぬくぬく(温度)……むにむに(柔らかさ)……すんすん(香り)……元気!
活力完全復活したところで、ニケが意味のわからんことを言ってきた。
「よかったですねマスター、お友達ができそうで」
「なにを言ってるんだニケ、俺の友達は死んだだろう。えっと、あ……アヘンくん?」
「アヒムだ主殿……」
「その人のことじゃありませんわよ……というか友達なら名前くらい覚えておいてあげなさいませ」
「いい友達は死んだ友達だけだ。そして墓の前でだけその名を思い出す。それでいい」
世紀の名言を残したのに、なんでセラとニケはお手上げポーズしてんのさ。
それにしても、予想外の長い寄り道になってしまったな。収穫もあったけど。
再びスイカにはさまれて目をつぶり、まぶたの裏に浮かぶ一連の出来事。
──聖国で破壊活動して、金歯取って、剣聖殺して、リンコ殺して、ルチアの仇殺して。
「なぜそんなことばかり思い出すのだ……もっと他にもあっただろう」
そうだっけ?
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ということで大樹海編はこんな終わりかたとなりました。
お読みいただきありがとうございました。
じきに新作を投稿する予定ですので、そちらも応援していただけると幸いです。
禁忌破りの錬金術師 〜召喚されて、人間やめて、好きに生きて、〜 奥玲 囚司 @OK0
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