3-06 レアだった



「むぐぐ、やっぱり強度不足か……」


 戦闘を終えると、シータのアタッチメント式の腕であるピアッサーアームはひん曲がって、先端も欠けていた。

 ほんとはドリルにしたいのに、強度の問題で不可能だった。理由は──


「こればかりは仕方ないでしょう。もう良質な素材があまり残っていませんから」


 そう、俺たち三人の体と武器防具、さらにシータの関節部などの重要部位にいい素材をつぎ込んだので、ろくなものが残ってないのだ。

 本当はシータもニケみたく本物の人みたいな美人に作りたかったが、それもあって無理になった。


 俺が〈人形繰り〉でスムーズに操るには、魔力経路と呼ばれるものが対象に必要であるということがわかっている。

 それは魔力が流れる目には見えない道であり、人を含めた多くの生物に存在していて、ニケのホムンクルスボディにも存在する。


 なので美人人形を作ろうと思ったのだが、素材不足とニケの反対にあってやめさせられた。

「そんなことをしたら、どうせすぐに意思を持たせたくなって、マスターはまた無茶をするに決まっています」というのが反対理由である。

 俺無茶なんて今までしただろうか。これはこれで気に入ってるからいいけど。


 それと実はもう一人二人奴隷を増やそうかなどという話もあったのだが、それも素材不足が理由で立ち消えとなった。

 俺としては別に、無理に錬成人にしなくてもいいんじゃないかと思ってるんだけど。戦闘で役に立たなくても、他にエロエロ……いろいろ役に立ってもらうこともあるだろうに。


 ちなみにルチアも戦える人であれば、ハーレムが増えても気にしないらしい。

 むしろ俺の安全性が増すということで大賛成だった。いい子である。


「今のところ、これといって良い素材を得られるような敵は出ていないな……私たちの強化も、もっと深く潜ってからになるだろうか」


 シータをしまうと、先に喉を潤していたルチアが俺のお手製水筒を渡してきた。

 酷使した体と脳に、爽やかな甘味と酸味の林檎ジュースが染み込んでいく。んんん~よみがえる。

 石に座って水筒を傾けてコクコクする俺を、ルチアは微笑ましげに、ニケはよだれ垂らしそうな顔で見ている。このショタコンどもめ。


「ぷはぁ。んー、そうでもないんじゃないかな。特化したステータスを持つ敵の素材でなら、そろそろ強化できそうな気がする」

「ですがそれでは、一つのステータス値が上がっても、他が下がることになりませんか?」

「〈アップグレード〉が言葉通りなら大丈夫だと思うんだけど……やってみないとわからないな。にしても……」


 ニケに水筒を渡した俺は、マジックバッグから地図を取り出す。


「まだこの階層半分くらいしか進んでないか。やっぱ水晶ダンジョン広いなー」


 マリスダンジョンなんかとは全く規模が違う。それが水晶ダンジョンの利点でもあるのだが。

 十日で俺たちがここまで来れたのは、地図見ながら高ステータス任せで突っ走ってきたからだ。


「そのぶん敵には事欠かないがな。人気のあるマリスダンジョンなどでは、敵の奪い合いがひどいからな。ここに潜っている者はみんな行儀が良くて助かる」


 ルチアの言うように、ここまで何度も他のパーティーと遭遇しているが、みんなこちらが戦っていれば離れていく。

 セレーラさんに聞いたダイバーのマナーどおり、わざわざ近くで戦ったりしないし関わってくるようなこともなかった。

 俺たちはひたすら深層を目指して突き進んでいるから、近くで戦われようがどうでもいいんだけど、そんなこと他のダイバーは知らないしね。


 ちなみにルチアの獣化やシータについては、ことさら隠すようなことはしていない。

 隠し通せるようなものではないし、ステータスという決定的なものさえ隠せればいいという方針だ。


「とは言え奪い合いが全くないわけではありませんが」


 そう言って、林檎ジュースを飲んだニケは水筒を〈無限収納〉にしまった。


「そうなん?」

「ええ。階層レアと呼ばれる珍しい魔物が、一桁に五がつく階層に湧くのです。おそらくそれを狙う者たちが、この階層にも多くいるでしょう」

「そう言えばここもそうだけど、十五と二十五もダイバー多かった気がするな。ここには何が出るんだろ」

「さあ、そこまでは」

「まあいっか。素材は欲しいけど、無理して狙うこともないな。もうじき夜になるだろうし、どっかいい場所見つけて休もう。うーん……ここにするか」


 地図を見ていたら、今いる近くに人が来なさそうな行き止まりの部屋を見つけた。

 立ち上がると、自然とルチアが後ろにきて俺を持ち上げる。もう慣れっこである。




 しばらく進んでいくと大部屋に出た。


「えっと、ここを左だな」


 地図を見ながら方向を指し示した先は、急いでいたら見逃してしまいそうな細い通路。


 その通路を進み、奥の部屋につくと──先客がいた。


「こ、子供?」

「なんでこんなとこに」


 俺の容姿に驚いたのは、六人組のパーティーだ。

 全員が立ち上がり、武器に手をかけようとしている。


「すみません、休憩中でしたか。すぐに去りますので」


 返事もせず警戒も解かないパーティーを置いて、俺たちは部屋を出ることにした。

 攻撃してくるようなことはなかったが、通路を戻るあいだ視線をびんびん感じた。


「なにをあれほど警戒しているのだろうか」

「さあねえ。仕方ない、他の場所に……って、おいあれ」


 大部屋に戻ってきた俺が指を差した方向には、色とりどりの光の粒が集まっている。ダンジョンの魔物が出現する兆候である。

 その粒は徐々に密度を増していき、なにかを形取っていく。


「ゴーレムでしょうか」


 たしかに人のような輪郭は、ここでたまに見る石とか鉄製のゴーレムに酷似しているのだが……。


「ちょっとでかくね?」


 アイアンゴーレムのでかいやつでも三メートル位だったのに、これは四メートルを越えてそうだ。

 光がおさまり、魔物が完全にその姿をあらわにしたとき、その理由がわかった。


 鉄の鈍い輝きをベースにした体に、多くはないものの部分部分に焦げ茶色の金属があしらわれている。

 角張った体はアイアンゴーレムなどよりも太くたくましく、断然強そうに見える。


「あれってダマスカス鋼か」


 茶色い金属には、木目調の模様が浮かび上がっている。魔力伝導率は低いが、ミスリルより硬くてしなやかな希少金属ダマスカス鋼の特徴だ。


「ええ。ダマスカスの割合から考えれば、あれはレッサーダマスカスゴーレムですね」


 レッサーとは劣種を表す言葉だから、本当のダマスカスゴーレムはもっとダマスカスがたっぷり使われているのだろう。それでも盾の一つ二つは作れそうだが。


 現れたレッサーダマスカスゴーレムに対し、俺を降ろしたルチアとニケが構えを取る。

 だが、ゴーレムは動こうとはしなかった。


「どうやら攻撃的な魔物ではないようだが……どうする主殿」

「愚問であるぞ、ルチアくん。当然やるさ、ダマスカス欲しいから。こいつって話してた階層レアってやつだろ」


 大部屋なのに魔物の一匹もいなかったのは、こいつが現れる前兆だったのかもしれない。


「間違いないだろう。さっきのパーティーは、このゴーレムを狙っていたのかもな」


 彼らはまだ来ていないが、この辺りが湧くポイントの一つと知っていて張っているのだろう。道理であれだけ敵意を剥き出しにしていたわけだ。


「ニケ、ステータスわかるか?」

「はい。STRとVIT、それとMNDは高いですが、あとは低いですね。多少時間はかかるかもしれませんが、十分倒せます」


 ニケの〈鑑定眼〉は問題なく通ったようだ。

 実は相手に作用するような魔眼は、仕掛けた相手に気づかれてしまうのだ。しかもステータス差がかなりないと、容易にレジストされてしまう。

 だから人や知能が高い魔物には、〈鑑定眼〉や俺の〈憑依眼〉などはあまり効かない。それが魔眼の弱点だ。


 俺も練習のためにニケに抜き打ちで魔眼をたまにかけられるが、〈鑑定眼〉ならかなりの確率でレジストできる。

 今回はゴーレムの頭が空っぽだから効いたようだけど。


「一撃は重いでしょうから、万が一を避けるためにもマスターはラボにいてください」

「わかった。二人とも気をつけろよ」


 うなずいた二人が装備を取り出す。

 ルチアが右手に持ったのは、ルチア用の金属バットである。アーツは使えなくなるが、極端に硬い相手には剣や槍よりマシだろうということで前に作った。


 俺はマジックバッグを触りながら念じて、シータを出す。

 膝を抱えて丸まるシータに触れ、〈人形繰り〉を発動。MPが流れ込み、リンクが完了して動き出した。


 腕をピアッサーアームから、手が鉄球のようになっているクラッシャーアームに換装する。これは動きが遅くなるからアリの群れには使わなかったが、このゴーレムが遅いというならいけるだろう。

 あとは〈憑依眼〉をシータの顔に張りつけて準備完了。

 俺たちが出てきた細い通路の横に、ラボを出して立てこもる。


 さあ、大物退治といこうじゃないか。



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