3-05 しーた



 見渡せば、感情一つうかがえない目、目、目。


 角のようにせり出した頭部と巨大なアゴを持った、ホーンドアントの群れが波のように押し寄せる。

 俺と同じサイズのアリというだけでもなかなか怖いが、これほど集まるともはや笑えてくる。


 一階層に突入してから潜り続け十日目の現在、俺たちは水晶ダンジョン三十五階層にいる。


 十階層にいた層ボスはホブゴブリン三体で、三秒で終わった。


 十一階層からは草原と荒野が広がっていたが、どうということもなく進めた。

 二十階層の層ボスは大きな狼の魔物だった。開幕でニケの〈神雷〉を食らって怯んだ狼を二人が滅多打ちにして、十秒で終わった。


 二十一階層からは森林エリアで、三十階層の層ボスはマンドラゴラが成長した姿だというマンドラトレントという木の魔物だった。三十秒で終わった。

 というか土の上に出てる時点でマンドラゴラの個性死んでない?


 特筆すべきは、マンドラトレントの強烈な捕み攻撃を食らわないために、ルチアがついに俺の前でケモケモルチアになったことだろう。そのおかげで、なかなか強いはずのマンドラトレントはすぐに死んだ。

 そしてケモケモ化には時間制限があるらしいので、俺はすぐに〈研究所ラボ〉に連れ込んだ。

 もともと褐色肌に筋肉多めのルチアがさらに野性味を増したせいで、とんでもなく興奮した。「絶対主殿はおかしい」と、終わってから何度も言われた。


 ちなみに十一階層からは、入り口と出口のゲートの出現位置が何パターンもあるようになっている。

 それでも俺が〈第三の目〉による〈鷹の目〉を上空に飛ばして出口を見つけ、さくさく進むことができている。俺だって役に立っているのだ。

 三十一階層からは、剥き出しの岩肌に囲まれたアリの巣のようなダンジョンなのでそれは無理なのだが。


 どうやら三十から先は、十階層ごとに属性にちなんだ作りになっているらしい。

 一番手として出されてしまう土属性の地位の低さがあわれである。そう言ったらルチアが悲しんでいた。


 とはいえ突如として魔物が岩を掘り抜いて出てきたりするので、気を抜くとベテランダイバーなんかでもすぐ殺されてしまうらしい……のだが、ニケの〈危機察知〉とルチアの〈第六感〉で今のところ俺たちは危なげなく進めている。


 ……それにしてもおかしいな。

 四十階層から先は一気に行くとは言ったけど、三十九まで一気に行くなんて言ってない。なのにヤル気満々の二人に抱えられて気づけばここにいる。やっぱり二人は戦闘民族らしい。


 今も俺を背負ったニケが、楽しそうにアリを蹴り飛ばして他のアリにぶつけている。


「ルクレツィア。右端の柱が食い破られそうです」


 前方でアリの大群を防いでいるルチアの左右には、アリの進路をふさぐように四角い石の柱が二本ずつ立っている。


「わかった! ストーンピラー!」


 素早く駆け寄ったルチアが地面に手をつくと、崩れかけている柱の下からぶっとい石の柱がせり出す。

 もとからあった柱はアリを二匹潰しながら倒れた。


 ルチアが〈土魔術2〉で覚えたストーンピラーは、地面から石の柱を生えさせる魔術である。

 クールタイムの都合上アリの進行を完全に止めるほど乱立させることはできないが、後ろに流す数を制限させることによって楽に戦えている。


 もとの位置に戻ったルチアが、盾でアリの突進を防ぎながらもこちらに顔を向けてきたので褒めておく。


「いやー土魔術ってほんと便利だなー」


 顔を輝かせたルチアは、嬉々としてアリに斬りかかっていった。そんなに気にしなくてもいいのに。実際便利だし。


「〈神雷〉も便利ですよ」


 わかってるから張り合わなくていいの。こっちにはあんまりリアクションする余裕がないんだから。

 振り落とされないようにニケの背中にしがみついているのが余裕のない理由の一つ。


 もう一つの理由は右側にいるニケと俺の逆、通路の左側にいる。

 そこには俺たち三人の他に、アリの前に立ちふさがる影。


 突き出た前面から後部に向けて流線を描く頭部。

 腰は異常に細く、その上下は袖無しのミニスカ和服をモチーフとした装甲に覆われている。

 脚は不自然なほど凹凸がなく、足先はポックリ下駄のような形状になっている。

 黒を基調とする中、模様のように赤い光が走っているのは魔力が通っている証。


 球体関節をした女性型の人影は、俺が作り『シータ』と名づけた人形である。


 名前の由来は空から落ちてくる女の子じゃなくて、ギリシャ文字のΘシータからだ。

 そして顔から頭部にかけて、Θを落とし込んだデザインになっている。


 柱の合間からい出てきたアリの横に回り込み、シータが腕をアリに突き立てる。

 その肘から先は千枚通しのように尖り、微かな駆動音と共に回転している。腕はアリの目を抉りながら侵入し、断末魔の悲鳴を上げさせた。

 地に伏して六本の脚を痙攣させるアリを踏み台にして飛び上がったシータは、もう一匹の頭に同じような穴を開けた。


 まるで己の意思を持っているかのように、シータは動き回る。

 それもそのはず、シータは俺が〈人形繰り〉によって動かしているのだ。


 そしてシータが人のように動ける秘密は〈人形繰り〉だけではない。


 〈人形繰り〉だけでも俺がしっかり見ていれば動かせるが、ニケの背中で振り回されている俺が自在にシータを動かせるのは、〈第三の目〉を併用しているからだ。

 俺が〈鷹の目〉をシータの顔にくっつけて操っているのだ。


 本来〈鷹の目〉は視点を指定位置に飛ばすだけで、このようなことはできない。〈第三の目〉に組み込まれたからこそ可能になったのだと思われる。

 俺はこれを、〈憑依眼〉と名づけた。


 この〈憑依眼〉は別に、シータだけにしかつけられないわけではない。他の物や人にだってつけられる。

 とはいえ、今は詳しくは省くが魔眼の弱点によって人につけるのは難しい。セレーラさんのあられもないプライベートを覗くのは無理ということだ。残念。


 そしてこの〈憑依眼〉を併用した〈人形繰り〉はとても難しくて、まだ自分も動きながら動かすようなことができない。頭が沸騰しそうになってしまう。

 今回ニケが〈神雷〉でアリたちを殲滅せず、俺がニケの背中に張りついているのは、少しでも過酷な状況で〈人形繰り〉の練習をするためだ。


 ああっ、ほら余計なことを考えてたらシータがアリに突き飛ばされちゃったじゃないか。


 とりあえず様式美としてこれは言っとかないと。


「シーターーー!」


 返事はない。

 いつの日か、パとズとーとバとルとスを発声できる機能をつけたいものである。



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