3-04 ふっ、今日のところはフラレたことにしておいてやろうと思った



「そうだったのですか。お忙しいところ、お手をわずらわせてしまいすみませんでした。僕はタチャーナ・オンドゥルルラギッティンディスクァです」

「あら、お貴族様でしたの。オンドゥルルラギッティンディスクァという家名は聞いたことがございませんが……」

「いえ、貴族ではなく…………なん……だと……」


 まさか適応した!? 馬鹿な……エルフだからか? エルフは耳がいいのか? ……いや、違う。こいつはオンドゥル使いだ!


「どうなさいまして?」

「……いえ、なんでもありません」


 優雅に小首を傾げているセレーラさんと同好の士として親睦を深めたいところだが、ニケがいらんことをするなと脇をつねってくるのでやめておこう。


「それで、ダイバーにはなられますかしら」

「はい、なります」

「いいのですかマスター」


 こっそり聞いてくるニケにうなずき、セレーラさんの差し出した書類を受け取る。


 書類にはいろいろ記入欄があったが、必須なのは名前だけだった。海の物とも山の物ともつかない新人ダイバーになんか、ギルドは興味がないのだろう。


 身長の問題でカウンターの上に乗っけられた俺は、タチャーナとだけ書いて済ませた。

 ニケとルチアも名前だけ記入し、入会費として三人合わせて金貨六枚を支払わされた。

 分割払いも可能らしいが、一人二十万円って本当に高ぇな。ニケが出してくれて助かった……。


 そしてダイバーズギルドの決まりやダンジョンについて話したあと、セレーラさんは俺たちの前に金属でできた大きめのトランプカードサイズの板を置いた。


「こちらが潜層記録用の魔道具になりますわ。これに魔力を流してくださいませ」


 ひもを通す穴があり、裏面には階段をモチーフとしたダイバーズギルドのシンボルマークが彫られている。

 ダンジョンに行けばこれに階層が記入されるのだろう。


 言われたとおりに魔力を流すと、彫られていたシンボルマークに青く色がついた。これで個人認証が完了ということか。

 セレーラさんはそれを確認すると、改めて魔道具を俺たちに差し出した。


「これは水晶ダンジョンに潜る前と出てきたときに、毎回ここでチェックさせていただきますわ。ダイバーランクはF級から始まり、その魔道具に記録された階層が十増える度にランクが上がりますの」

「ということは四十階層を越えればB級になるわけですね?」

「ええ、四十階層のボスを倒せば。ふふっ」


 笑ったのは、そう簡単になれるものではないぞ、ということだろうな。子供と美人二人のパーティーだししょうがない。


「記録用の魔道具はマジックバッグに入れていてもいいんですよね?」

「ええ。なくされてしまうと、再度作るときにお金をいただかなければなりませんので、ぜひそうしてくださいませ」


 絶対それも高いんだろうな……。


「そうですか。差し支えなければ教えてもらいたいのですが、今この街で一番深くまで水晶ダンジョンに潜っている人は何階層まで到達しているのでしょうか」

「公表されているので構いませんわ。現在『マリアルシアの旗』というクランのリーダーパーティーが、六十五階層まで到達していますわね」


 クランというのは、一つのパーティーでは収まらない集団のことだ。荒くれどもが群れたがるのは、異世界でも一緒だね。


「そうですか、ありがとうございます。では地図を売ってください」

「何階層までをご入り用ですの?」

「全部です」

「え?」

「地図がある階層は全部ください」


 セレーラさんは絶句していたが、しばらくして引き出しから紙の束を取り出した。


「ギルドで扱っている正確な地図は、四十九階層までありますけれど……本当に全部ですの?」

「はい、それ全部ください」


 全部で金貨十五枚もした。ダイバーズギルド本当にがめつすぎんよ。さっさと深層に行くには必要だし、仕方ないけど……。

 とにかくこれで準備は整った。あとは──


「これから行かれますの?」

「いえ、まずは靴屋に」

「行きましょう、マスター。ではこれで」

「失礼する」


 二人揃ってペコリと頭を下げてから、カウンターに乗っていた俺をニケがひょいっと持ち上げた。

 ってちょっと待てい!


「さすがにダンジョンで靴なしは」

「大丈夫です」

「問題ないぞ、主殿」


 なんなのこの人たち、今までずっと静かに従者感出してたのに。どんだけ抱っこしたいんだ。


「問題あるよ! セレーラさん助けて!」


 セレーラさんはクスクスと笑いながら、小さく手を振っていた。


「お気をつけて。皆様に水晶の輝きがあらんことを」


 あんた俺たちが様子見にいくだけだと思ってるだろ。違うんだ、こいつらガチなんだ!

 そう訴えようとしていると、セレーラさんはなにかを思い出したようにポンと手を合わせた。


「あ、私は包容力を感じさせる殿方が好みですわ。中身とに」


 うわーん、フラレた!

 ガックリと肩を落とすと、すぐそばから失笑が二つ聞こえてきた。


「人の失恋を笑うなんて、君たち人間失格だよ!」

「たしかにもう人間ではないな」


 そうだったね。


 建物を突き抜ければ、すぐそこには透き通った水晶の塔。

 その向こうには、帰還時用の背の低い水晶が立っているらしい。


 二人は問答無用で出発用の水晶に近づいていく。


「わかった、わかったから下ろしてくれ。やっておきたいことがあるから」

「何をするのですか?」

「そんなの決まってるだろ」


 下ろされた俺は、マジックバッグからトゲトゲ金属バットを取り出した。こいつは今の俺のステータスに合わせてパワーアップしてるんだぜ。

 靴下のまま駆け出し、失恋の悲しみを込めて水晶にフルスイング!

 甲高い音が鳴り響き──


「いってぇ! くっそ、まじで壊れないのか」


 金属バットのトゲが潰れて手が痺れただけで、水晶には傷一つつかなかった。


「マスター……」

「主殿……」


 そして警備員がすっ飛んできてすぐに捕獲された。


「何をやっていますの……」


 さっき見送ってくれたセレーラさんもやってきて呆れられた。

 仕方ないじゃないか、気になってしょうがなかったんだから。






 石で囲まれた通路に、二人分の足音が響く。

 音に釣られて現れたのは、大きなコウモリの魔物。

 バチンと雷に打たれて炭になった。


「それで、どうするのだ主殿」


 水晶を殴りつけてさんざん絞られたあと、改めてダンジョンに突入した。

 水晶に手をつけて「エントリー第一階層」と口にしたら、触っている面が波打ち、手が水晶を突き抜けたときは驚いた。


 一度到達した階層には自由に行けて、一緒に入れる人数は六人まで。

 だが他の人に連れられて深い階層に行けたりはしないので、俺に合わせて一階層からのスタートだ。

 階層を戻ることはできなく、次の階層に行ったときにゲートを戻れば地上に帰ってこれるらしい。


 現在はルチアが抱っこ係で、ニケは敵が来たら雷を飛ばしている。

 十階層までは迷路型ダンジョンで、敵はスライムコウモリゴブリン的な雑魚しかいない。


「B級問題のこと?」

「ああ。私たちのステータスを知られるのはまずいのではないか?」


 たしかにバレれば面白くないことになるだろう。だからといってB級になってしまう四十階層を越えずにいれば、水晶ダンジョンに来た意味がない。

 俺たちは強い敵を求めて、最高峰難易度のここに来たのだから。


「考えてる案は二つある。まず一つは……ニケに聞きたいんだけど、昔に主と認めた人と来たとき、潜層記録用の魔道具ってあった?」

「いえ、ありませんでした」

「じゃあこれ〈無限収納〉に入れたらどうなるんだろう」


 マジックバッグから取り出した金属の板っきれをヒラヒラさせる。


「なるほど。時間が止まる〈無限収納〉であれば、記録されないかもしれません」


 この魔道具はどうやってるのか知らないが、所有者が階層を超えるときに記録するだけのものである。水晶ダンジョンに入るのにも進むのにも必要なわけではない。機能させなくても全く問題がないのだ。


「しかしそれでは、四十階層以降で他のダイバーと会ってしまえば露見するのではないか?」

「ギルドにチクられたらね。知らぬ存ぜぬで突き通してもいいんだけど、バレたときややこしいことになるな」


 俺は記録用の魔道具をマジックバッグにしまった。


「なので、ここはやっぱり二つ目の正攻法かな」

「鑑定を受け入れるのか?」

「いやいや、鑑定されない方法の話をしてるんだぞ。二つ目の方法は、『ごねる』だ」


 二人の足が止まった。


「……それは正攻法なのでしょうか」

「ニケくん。ルールを変えさせる、もしくは特例を認めさせたとき、それはすでに正道なのだよ」


 ニケは愛しのマスターを、カメムシ見るみたいな顔で見ている。照れる。


「ごねるというと響きが悪いか? ならキレイに言おう。神が与えたもうた水晶ダンジョンを私利私欲のために独占するギルドと国が横暴にも強いてくるルールに、屈することなく正々堂々立ち向かい、冒険者としての尊厳と自由をこの手に掴み取るのだ」

「はいはい、わかりました」

「まあ表現方法はどうでもいいとして、そう上手くいくだろうか。セレーラ殿の態度を見る限り、簡単に特例を認めさせることなどできそうになかったが」

「B級になった程度でごねてもムダだろうな。最悪ダイバーズギルドを追い出されるのがオチだ」

「ではどうする?」


 抱っこされてて見えないが、ルチアはかわいらしく首を傾げているに違いない。


「ルチア、今この街で一番深く潜っているクランは何階層まで行ってるか聞いてたか?」

「六十五だと言っていたな」

「もう一つ質問だ。俺たちに、ダンジョンから地上に戻る必要はあるか?」

「ないな……まさか」

「ああ。四十階層から先は、一息で潜るぞ。最低でも六十、欲を言えば六十六以上」


 俺の〈研究所(ラボ)〉とニケの〈無限収納〉があれば、こまめに街に戻る必要などないからできる力業だ。

 さすがに用が済むまで潜り続けるのは無理だし、〈アップグレード〉次第という面もあるが、なんとかそこまでは到達したい。


「そうすればBもAも飛び越えてS級だ。ギルドも国もうなずかざるを得なくなると思わないか? 一気にそこまで潜れるダイバーに、鑑定拒否を受け入れてもらえないなら他の国で潜ろうかな、とでも言われれば」


 実際ダメならそうするつもりだ。冒険者ギルドのシステムはよくわからないが、名前を変えたりすれば他の国で潜れるんじゃないだろうか。


「それは……たしかに可能性は高いかもしれないが」

「実に悪辣あくらつですね」


 二人揃ってため息をつくんじゃない。


「ふん、忘れたのか。俺は悪逆無道の錬金術師だぞ」


 ニケは処置なしと首を振り、ルチアは──


「私は初めて聞いたが」


 あれ、そうだっけ?



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