3-03 生意気感が強い形だった



 俺の戸惑いなど露知らず、縦ロールエルフさんは話を進めてしまう。


「五年前から、B級になられたダイバーの方には『鑑定スクロール』によるステータス鑑定が義務づけられるようになったのはご存知かしら」


 なに!? 知らないぞ……話し方に惑わされてる場合じゃなかった。


 鑑定スクロールとはダンジョンの宝箱から見つかる、対象を鑑定できる使いきりのアイテムだ。

 鑑定眼なんかだと魔眼を発動した本人しかステータスを知ることができないが、鑑定スクロールはそうではない。スクロール自体に鑑定した情報が記載され消えることがないので、信頼性が求められる場合に使用される。


 そんなものを使われてしまえば、俺たちのステータスが正確な情報として広まってしまう。それはさすがに問題がある。


 ルチアはピンク髪のせいで周りの目線がきつくなったから護衛に徹底しているが、俺と目が合うと知らなかったと首を振った。

 ルチアの実家は領地持ちの伯爵家だから冒険者ギルドとも関わりがあったはずだが、ルチア自体が家と関係よくなかったしな……。


「ニケも知らなかったのか」


 ニケの方にも小声で確認すると、耳元に息がかかった。


「はい、知りませんでした」

「剣聖とも行ったんじゃないのか?」


 懐かしの、俺とともにこの異世界に来た地球人のことである。たしか彼はケーンを持って聖国の水晶ダンジョンに行っていたはずだ。

 あのパーティーの力量を考えればB級くらいは簡単になっていると思うのだが。


「それは……あの者の成すことに興味がなかったので。そのようなことがあったのかもしれませんが……すみません」

「そうか。いや、いいんだ」


 まさか剣聖に対してケーンが心を閉ざしていたことが仇になるとは。


「皆様が知らないのも無理はありませんわ。そのことについて吹聴して回っているわけではありませんもの。秘匿しているわけでもありませんけれど。それに、その決まりがあるのはダイバーズギルドだけですの」


 なるほど、鑑定スクロールだってそれなりに貴重だもんな。ここでないと簡単に数を揃えることはできないか。


「そうなんですか。C級までは、ステータスの開示などを求められるようなことはないんですね?」

「ええ。無意味にステータスを知られることは、ダイバーに限らずどなたも望まれませんから」

「ではなぜB級のステータスを?」

「この国に情報を渡すためですわ」


 ずいぶんあっけらかんと言うな。

 しかし、そりゃ大っぴらにはしてないわけだ。


「国が囲い込むのに使われるわけですか」


 ダイバーというのは、冒険者の中で花形なのだ。強者はハンターやマーセナリーにもいるが、そこまでの道を駆け上がるのはダイバーが圧倒的に多い。網にかけるなら一番いい。

 そうして能力が高い者を国の機関に引き抜いたり、他国に流出しないように目を光らせたりとかするのだろう。


 しかしそういうことなら、剣聖はそもそも鑑定を受けていなかったのかもしれないな。もとから国に所属している人間だったわけだし。


「悪く言えばそうなりますわね。ですが国に声をかけられることを目指したり、栄誉に感じたりする方も多くいらっしゃいますのよ。むしろそちらの方が多いですわ。皆様は……違うのかもしれませんが」


 そう言って縦ロールさんは、俺たちを見渡して微笑んだ。


 大した肝っ玉を持った人だ。こっちが情報流出を良く思わないことを承知でこの態度を取れるとは。

 舐められているのとはちょっと違う。逃げも隠れもいたしませんわ、といったところか。


「鑑定の拒否はできないのでしょうか」

「それはできかねますわ。それがダイバーズギルドのルールですもの」


 少し申し訳なさそうに眉尻を下げたが、縦ロールさんはきっぱりと言って首を振った。


「水晶ダンジョンはこのリースの街の中にある、言わば国の所有物ですわ。この国が我々のルールを望んで水晶ダンジョンの管理を委託している以上、鑑定はさせていただかなければなりませんし、ダイバー以外を水晶ダンジョンに入れてさしあげるわけにはまいりませんの」

「なるほど、わかりました」


 要するに、情報収集するためにダイバーにならなきゃ水晶ダンジョンに潜らせないけど、文句があるなら国に言ってね、ってことか。

 きっと鑑定スクロールの強制以前から、ギルドは国にダイバーの情報を流しているんだろう。


 それくらいのことダイバーズギルドを通さずに国が直接やったらいいのにとは思うが、それはやっぱり難しいか。

 ギルドというのはいくつもの国をまたいで広がる大きな組合であり、その影響力は強い。

 ダイバーズギルドはそのギルドの中でも、ずば抜けて強大な力を持つ冒険者ギルドの一部門なのだ。

 水晶ダンジョンだけは国で管理させろなんて言って、ここで儲けたい冒険者ギルドと関係をこじらせるわけにはいかない。


「そして、あなたがピージさんに尋ねていたことの続きですが……たしかに高いお金を払うにも関わらず、大した特典も受けられないのがダイバーというものかもしれませんわ。ハンターやマーセナリーと違って」


 冒険者ギルドが内包する他二つのハンターズギルドとマーセナリーズギルドは、サポートは手厚いし登録料は安いと二人も言っていた。ダイバーズギルドで稼いだ金をそっちに回してたりするんだろうな。


「しかもB級になれば情報を売られると」

「散々ですわね」


 縦ロールさんが、吊り目気味の目尻を下げてクスリと笑う。

 一気に親しみが持てる笑顔になってドキッとした。


「ですが、私個人としてはとして会費は必要なものだと思っていますわ」

「ふるい、ですか」

「ええ。この水晶ダンジョンは、ふさわしい者も、そうではない者も引き寄せてしまいますので……残念ながらあまり効果はありませんけれど。皆様も己の力で得られるもの以上の幸運を、そう簡単に拾えるとは思われませんようになさいませ」


 忠告めいた言葉を告げてから、縦ロールさんが他に聞きたいことはあるか聞いてきたので首を振ると、「では」と続けた。


「それらを踏まえた上でなお水晶の輝きに惹かれるのであれば、ダイバーにお成りくださいませ。そしてダイバーにならないのであれば、水晶ダンジョンに潜らせるわけにはまいりませんので、お引き取りくださいませ」


 結局のところ、ダイバーに増えてもらいたいダイバーズギルドがここまで強気に出られるほど、水晶ダンジョンに魅力があるということか。

 たしかにニケとルチアに聞いただけでも、水晶ダンジョンに潜るメリットは多そうだったからな。みんなこぞって潜りたがるのも納得だ。たぶん縦ロールさんが言う、ふるいが必要というのもそのあたりのことなんだろう。


 それにしても、ラッキーだったな。些細な疑問から、鑑定義務なんて大事なことが聞けた。

 なによりこの人ちょっと面白い。

 縦ロールだと思って侮っていた。


 こっちがおためごかしを求めていないことを理解して包み隠さず話してくれる洞察力と胆力があるし、顔はきつめだが間違いなく美人だ。

 胸部にはズズンと飛び出た二連装ロケット砲がついてるし、ぜひ俺のハーレムに……。


 むう、いかんいかん。

 ルチアが増えて俺の幸せが倍増したせいで、最近もっと増えたらもっと幸せになるのではないかと思い始めている。オーキン玉効果で、二人相手に連戦連勝だし。

 欲望には際限がないものだね……少しは自制せねば。


 でも名前くらいは聞いてもいいよね。


「お姉さんは恋人とかはいるんですか?」


 間違えた。


「なっ、なんですのいきなり!?」


 驚いて体を引いた振動が、金髪縦ロールをみよんみよん弾ませる。

 俺がそれを目で追っていると、エルフ耳をわずかに赤くしたお姉さんは咳を一つついて姿勢を正した。


「もう、おませさんですわね……ごめんなさい、見た目通りの年齢ではなかったのでしたわね」

「いえ、こちらこそすみません。あなたがすてきな方だったので、名前を聞こうとして間違えました」

「どんな間違いですの……私はこちらで副ギルドマスターを勤めている、セレーラと申しますわ」


 副ギルドマスターだったのか。どうりでデキる女のはずだ。



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