3-02 俺は百発百中のスナイパー……でもなかった



 話をしたり屋台を巡ったりしつつ石畳の大通りをのんびり歩き、ようやく水晶に突き当たった。

 水晶の周囲はロータリーというか、円形の広場のようになっていた。


 見上げれば、平面を幾何学的に組み上げた塔が、先を細らせながら天をいている。

 何十階建てかの高層ビルといった感じで、見たことがない高さではない。

 でも壁も柱もなく、曇り一つない透明なぶっとい水晶がそそり立っているのは迫力がまるで違う。


 その回りをまるで城壁のように、三階建ての建物がぐるりと取り囲んでいる。

 この建物が丸ごとダイバーズギルドらしい。


 正面に構えられた広いアーチをくぐると、内部は銀行のような作りだった。清潔感と解放感があり、荒くれ者の巣窟といったイメージは皆無だ。

 建物を抜けた先には水晶の根もとが見えるが、監視の目が光っていて勝手には近づけない。


 入って左手側にはカウンターが並んでいた。と言っても最多で十人くらいで対応できそうな広さのカウンターには、三人しかいなかった。

 立ち話なんかをしてるのもちらほらいるが、昼過ぎだしほとんどのダイバーはダンジョンに潜っているのだろう。


 ちょうど数少ないダイバーの相手が終わった受付嬢に手招きされたので、そこへ向かうことにした。


「ようこそダイバーズギルドへ! ボクはお姉さんたちとお使いかな?」


 ピンクの髪をツインテールにしている若い女の子で、かわいい顔をコテンと傾けている。


「ダイバーズギルドに加入させてもらうつもりで来たのですが、いくつかお伺いしてもいいでしょうか」


 ニケとルチアからダイバーズギルドについて色々聞いたのだが、俺としては引っかかる部分も多かった。大したことではないが、この際だしスッキリしておきたい。


「ダイバーになるって、お姉さんたちが?」

「僕もです」

「えっ、キミも!? うっそー、まだ子供でしょう? ちょっと早いんじゃないかなー」


 ニケに抱えられている俺がダイバーになろうとしているせいなのはわかる。

 わかるが──


「チェンジでお願いします」

「えっ?」

「他の方と代わってもらえませんか」

「ええっ! なんでなんで!?」


 お前みたいな女が苦手だからだよ。

 声がムダにでかくてうるせーし、仕草も自分のかわいさを知っているあざとさであふれている。

 身振り手振りは大袈裟で、男の目を意識してわざとやってるのが見え見え。この新人アイドルのようなぶりっ子感……ほらほら男ってこういうのが好きなんでしょ? と、小馬鹿にされてるようにすら感じてああああ、イライラするっ。

 ふとした瞬間についかわいくなってしまうルチアを見習えヘタクソめ。


 しかし他の二人はまだダイバーの相手してるし、奥にいるギルド職員の人たちは忙しそうだ。代わってくれそうな人がいない。加入前に脱退したくなってきた。


「種族的な問題でこの容姿ですが、マスターは子供ではありません。そもそもダイバーになるのに年齢制限はなかったはずですが」


 俺がうんざりしているのを感じたのか、ニケが助け船を出してくれた。

 しかし受付嬢には効果がなかった!


「人間の子供じゃなかったの? エルフには見えないし、うーん……っていうかマスター!?」

「詮索は無用です」


 ああもうっ。声がでかいせいで他のダイバーの注目も集まってきてるし、わざと情報まき散らしてるとしか思えない。

 もうさっさと聞くこと聞こう。


「まず初めに言っておきたいのですが、僕はダイバーズギルドに反感などはもっていません。それを理解してもらった上で伺いたいのですが、ダイバーにならないと水晶ダンジョンには入れないのですよね?」


 マリスダンジョンは潜るのに許可なんていらないが、水晶ダンジョンはそうではない。ギルドの建物で囲んでまで厳しく管理されているのだ。

 俺たちは秘密が多いし、勝手に入らせてもらえた方が都合いいのでいちおう聞いてみたのだが、ピンク髪の受付嬢はケラケラ笑った。


「アハハハッ。そうだけど、ボク話し方が大人みたーい」


 ニケの話聞いてなかったのかてめえは!

 くっ、落ち着け俺。


「それはなぜでしょうか。マリスダンジョンは許可など必要ではありませんよね? 国からマリスダンジョン攻略の依頼があったときなどは、こちらで斡旋あっせんしているとは思いますが」

「それはそう決まってるからで」

「その理由を伺っているのですが」

「えっと……」


 しどろもどろでピンクは後ろを振り返ったりするだけで、答えは返ってこない。

 そしてついには、ちょっと不貞腐れた様子で開き直った。


「いいじゃん、そんなのどうでもー」


 こいつ……。


「……もういいです。次の質問ですが、ダイバーになるには入会費が必要ですよね? それと年会費も。ではダイバーズギルドに加入すると、水晶ダンジョンに潜ることができる以外にどのような特典があるのでしょうか」


 国にもよるが、その会費はだいぶ高いらしい。

 ダイバー以外締め出してぼったくるとか、がめつすぎるんだよ。


 別段金に困っているわけではないが、無意味に散財させられるのは腹が立つ。俺は小遣い制でなんとかやり繰りしてるのに……さすがにこれはニケちゃん払ってくれるかな?


「素材! 素材の買い取りをやってるよ!」


 参ったかと言わんばかりに胸を張るピンク。そんなことは知ってるんだけど。


「買い取りなら商会などでもやっているでしょう。ここで売るメリットはあるのですか?」

「えっと……安定してる?」

「つまり高く売れることもないというわけですね」

「……はい」


 さすがに水晶ダンジョンがある街だけあって、通りにはでかい商会がいくつも並んでいた。ギルドに売らなくても、売る相手に困ることはそうそうない気がする。


「他に特典はないのでしょうか」

「み、身分証」

「身分証として使えるのはC級以上でしたよね。D級以下は街の出入りにもお金を払わなければならない。合っていますか?」


 ピンクは黙って頷いた。

 優遇されるのは、力を持っていることが証明された者だけだ。

 それは当然だし、とやかく言うつもりもない。聞いたのはただの確認だ。


「他に特典はありますか?」


 ピンクは黙ったままうつむいている。

 もう特典はないということだろうか? そんだけ金ぶんどるなら、レスキューサービスとかやってくれたらいいのに。

 などと考えていたら、ピンクの目から涙がこぼれた。


 ……は? なんなのこいつ!? っていうか打たれ弱すぎだろ! 単に疑問に思ったことを聞いてただけなのに。


「泣かれても困るのですが。別に責めているわけではありませんし。そちらに対して何か思うところがあるわけではないと始めに言いましたよね?」


 しかし聞く耳持たないピンクは、声を上げて泣き出してしまう。

 他のダイバーたちの注目もさらに集まり、こっちを指さしているやつもいる。悪質クレーマーだとでも思われているのかもしれない。


 仕方ないので、ピーナッツを取り出して親指で弾く。

 見事に口の中に吸い込まれ、ビックリしたピンクは少し泣き止んだ。

 よし、もういっちょ……あっ、鼻に入っちゃった。


 さらに大声で泣いてしまった。

 でもその拍子にポンとピーナッツが鼻から飛び出たので一安心していると、奥からツカツカと女性が歩いてきた。


「ピージさん、あなたは奥へ行っていなさい」


 ピンクを女性が奥の部屋に追いやる展開に、ちょっとジルバルさんを思い出す。

 だが、今回は期待できそうにない。

 だってこの女の人、見るからにプライド高そうな金髪縦ロールなんだもの。


「皆様、大変失礼いたしました。話は聞かせていただいていましたので、彼女の代わりに私が答えさせていただきますわ」


 まさか「ですわ」口調!? ほんとにいるんだ……しかもあの長い耳。めったに見ることがないエルフか? なんてキャラの濃さだ。


「まずダイバーにならなければ水晶ダンジョンに入れない理由ですが、一言で言ってしまえばそれがこの国からの依頼だからですわ」


 どうしよう、「わ」が気になって話が頭に入ってきそうにない。



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