3-07 作法を教えた



 レッサーダマスカスゴーレムとの戦闘は順調に進んでいる。二人と一体に、武器が傷んでいる以外の被害はない。

 だがゴーレムの攻撃は当たればでかいので、集中を切らすわけにはいかない。

 ゴーレムの真ん前で攻撃を引き受けているルチアは正直すごいと思う。


 今も巨体を揺らし、踏み込みながら左右の拳で殴りつけてくるゴーレムの攻撃を、必要最低限の動きでかわしている。

 締めの一発なのか、ゴーレムが上半身を大きくねじった。

 そこから横ぶりに放たれるゴーレムの右腕──


「バッシュ! ぐうっ!」


 ──破壊力満点のそれを、盾アーツで迎撃!

 いや、無理せんで避けてよ……。

 ゴーレムは体勢を崩したが、ルチアも薙ぎ倒されそうになってるし。


 VITというのは地面に根を張る力でもあるらしいのだが、高いVITを持つルチアがアーツの補助を受けてなお崩されるゴーレムの攻撃は脅威としか言いようがない。ニケとかまともに食らったら、どうなっちゃの……。

 ともかく今は、ルチアが作ったチャンスをムダにするわけにはいかない。


「衝破」


 ニケの格闘アーツが、攻撃を集中させていた左膝に大きな亀裂を入れた。

 そこにシータの鉄球パンチを叩き込む。

 いえぃ、粉砕っ。

 ガランガランと大きな音を立て、左膝から下がゴーレムから離れて転がった。


 ゴーレムは倒れはしなかったものの膝をつき、動き回ることができなくなった。これで一気に優位に立ったはず。

 そう思って一息ついていると、ゴーレムの腕が肩のところでぐるりと回転し、後ろにいるシータに殴りつけてきた。


「うひぇっ」


 一人ラボの中で変な声を出しつつ、紙一重でシータにかわさせることができた。

 どうやら脚破壊でゴーレムの敵愾心ヘイトを稼いでしまったらしい。


 すぐにルチアが盾術の挑発アーツでターゲットを取ってくれたが、


「マスター、高位のゴーレムが人と同じ動きしかできないと思ってはいけません」


 大きくはないがよく通る声で、ニケにお叱りを受けた。肝に命じよう。


 にしてもすごくない? 俺戦ってるよ。オーク砦の襲撃から考えれば相当な進歩だと思うの。 

 悦に浸りながらポテチをパクリ、蜂蜜レモン水で流し込む。そんな俺の耳に誰かの話し声が聞こえてきた。なんだかデジャヴュ。


 だが今回聞こえてきたのは、オークの声ではない。


「おー、やってるやってる」

「ん? あれってさっきガキと一緒にいた女じゃないか? 一人増えてるみたいだが」

「ガキがいないな」

「どっかで隠れてんだろ。つうかあの女、獣人だったか?」


 どうやら行き止まりの部屋にいたパーティーが、大部屋の手前まで出てきたようだが……態度がちょっと変だ。階層レアを取られたことを悔しがってる様子がない。


「うわ、強ぇなあの三人……どうするよ」

「やめた方が無難かもしれんな」


 とっても不穏な雰囲気。

 この部屋が広いから、シータが人形ということにはまだ気づいていないようだ。動きからしても人形とは思えないだろうし。

 だがそれも時間の問題だろう。


 案の定しばらくして気づいた。


「おい、あれ人じゃないぞ。人形だ」

「まさか魔導人形マギドールってやつか……しかもあんなに動くなんて、間違いなくアーティファクトだな」


 アーティファクトというのは、ダンジョンや遺跡から見つかるとんでもないお宝全般のことを言う。シータは違うんだけどね。


「あれを売っぱらえば、ゴーレムどころじゃないぞ」

「やるか。相手は二人と一体。おまけのガキだしな」

「人形はどうやったら止まるんだ?」

「知らねぇが、命令を出してるやつを殺せば止まるだろ」

「もったいなくねぇか!? あの二人とんでもねえ上玉だぜ」

「バカか、あの強さだぞ。生かそうとしたらこっちが殺られる」

「クッソ、もったいねえ」


 ああ、やっぱりそういう人たちね。

 他のダイバーにゴーレムと戦わせて、漁夫の利を得ようとしているクソどもだ。しかもかなりやりなれてる。

 さて、どうしたものか。


 シータ目線ならわかるが、ニケとルチアもこのパーティーが来てるのは気づいていて、まれに視線を飛ばしている。

 しかもこいつらに襲いかかられても対応できるように、力をセーブしながらゴーレムと戦っているのはさすがである。この分なら大丈夫だろう。


 それでもこいつらは、この階層に滞在できる程度の能力はあるのだから油断はできない。

 ゴーレムを倒したら、一度仕切り直させてもらう。


 クソパーティーに見守られながら戦闘は進み、ついにゴーレムの胴が破壊され中の魔石が剥き出しになった。

 この魔石を壊すか取り出すかすれば、ゴーレムは動かなくなる。


 ここでクソどもが動き出すようだ。


「おぉし、行くぞ」


 だがさせんよ。


「ルチア! 通路ふさげ!」

「了解!」


 射程の問題からこっちにひと跳ねして近寄ったルチアが、地面に手をつく。


「ストーンピラー!」


 ラボのすぐ横に、音を立てて極太の石柱が生える。

 ルチアが作ったその柱は、細い通路の出口をふさいだ。


 こいつらが来てからルチアが魔術を使ってないのはわかっていたから、クールタイムやMPには問題がない。

 もっとも溜める時間はあまりなかったからMPはあまり使っていないかもしれないが、ルチアのINTであればこれくらい余裕だ。


『なっ、土魔術!?』


 わずかな隙間だけ残して通路をふさがれたクソどもの、くぐもった声が響く。


『クソッ、どこにガキがいやがったんだ!』


 キミたちのすぐ隣だよ。玄関ドアは現界させてたけど、斜め後ろからじゃ見えないのだ。


 やつらが騒いでいるうちに、ニケがゴーレムから魔石を引き抜く。そしてすぐに〈無限収納〉の中にゴーレム本体も消えた。


「お疲れさん。こいつら俺たちを襲おうとしてたみたい」

「やはりそうでしたか。敵意はずっと感じていましたので」


 ニケとルチアはマジックポーションを飲み干し、装備を新しいものに替えている。

 その間もクソどもは石柱をガンガンガリガリやっている。


『クソが! 出しやがれ!』


 ガンガンガリガリガリガリ。


「ちょっと待ってろや、今……って、ガリガリうるせーな」


 ガンガンガリガリガリガリガリガリガリガリ。


「マスター、この音はこの者たちが立てているわけでは」

『うぎゃああぁぁあ!』


 ニケの言葉をさえぎり、野太い悲鳴が上がった。


『ライディ! クッソ、湧きやがった!』

『クソアリがぁ、ライディを離しやがれ!』

『おい! 数がクソ多いぞ!』


 どうやらホーンドアントあたりが湧いて出たらしく、石柱の向こうでは悲鳴と怒号とクソが飛び交っている。

 っていうかまずい、クソッ。


「ニケ! 石柱ぶっ壊してくれ!」

「助けるのですか?」

「このような輩、助ける価値はないと思うが」


 二人は揃って顔をしかめている。


「いいから早く!」


 渋々ニケが〈神雷〉を柱の根本にぶち当てて壊してくれた。


「よし、アリを殲滅せんめつするぞ!」




 アリを始末するのに、さほど時間はかからなかった。クソパーティーを取り囲んでいるのを、周りから排除していっただけだし。


 クソは一人減って五人になってしまっている。あそこでぶつ切りになっているのは、たぶんライディくんだろう。

 間に合わなかったか……。


「……礼は言わねえぞ」


 ライディくんの遺品をまとめ終わり、そう言って勝手に立ち去ろうとするクソパーティー。


 おやおや、どこへ行こうというのかね。

 その背中、スキだらけだよ?


「ヒャッハー!」


 世紀末的掛け声とともにシータを飛びかからせ、最後尾クソの脇腹に鉄球フック!


「ぐゲぼぇっ」


 うん、いい手応え。

 クソは吹き飛んで壁に激闘。死んではいないと思うが、もう動けまい。


「てめぇ! クソッ何をっ!」


 続けて二人目に殴りかかったが避けられてしまった。やっぱりクラッシャーアームだと動きが遅いなぁ。

 仕方ないので、血を吐いて倒れている一人目の首を俺本体で踏んづける。


「抵抗すんな、武器よこせや。こいつをぶっ殺されたくなければなぁ。クックックッ」


 クソどもが歯ぎしりしながら、武器を投げてよこす。仲間思いのやつらだと楽でいいな。

 というか、ニケとルチアはなにをしているのだ。


 二人に目を向けると、ニケは理解して動き出した。


「……そういえば貴方はそういうやり方でしたね」

「えっと、どういう……」


 そしてルチアがなんか戸惑っている間に、クソどもの脚を破壊していく。

 逃げようとしたやつもいたが、ニケからは逃げられなかった。


「死にたくなければ、マジックバッグの所有者登録を解除してもらおうか」


 マジックバッグは高価なものであり、C級くらいだとパーティーで一つしか使ってないところも多いが、こいつらはみんな持っている。

 所有者登録がなされているマジックバッグは、職人のところでめんどくさい手続きを踏まないと他人が開けられないのだ。

 なのでここでひと手間かけなければならない。


 悲鳴を上げるクソどもを暴力で黙らせつつ、持っていたマジックバッグに触らせる。そうして各々が決めたキーワードを口にさせれば、所有者登録の解除が完了。

 しっかり解除されて、マジックバッグが俺でも使えるようになったかもちゃんと確認した。


 失神していた一人目も、無理矢理起こして解除させた。確認をしてから、そいつの顔面に鉄球パンチを食らわせる。

 グシャッとなってビクンってなって死んだ。


「なっ、てめぇクソッ、話がゴベッ」


 わめこうとしたクソの首が、ニケキックで変な方向に曲がる。

 残り三人もシータとニケで仕留めた。


「生きて帰すわけないだろう。本当にクソなやつらだな」

「……あの、主殿」


 どういうわけか、ルチアの顔がひきつっている。ちょっとルチアが人間だったころを思い出した。


「ルチアは騎士のとき賊退治とかあんまりやってなかったのか?」

「いや、やってはいたが……」

「ああ、手っ取り早く殺すだけだったのか。これだからお役所仕事はなってないんだ。覚えておけ、これが賊狩りの正しい作法だからな」

「これでは一体どちらが賊なのか……」


 ニケがルチアの肩に手を置いて首を振っていた。どうしたん?



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