幕間1-2 大きければいいというわけじゃないと思った
「うわー、なんか泣いちゃいそうだよ」
静岡県掛川市。
生まれ故郷を目にして懐かしむ俺とは毛色が違う感嘆の声を、三人は漏らしている。
「なんて大きな街ですの……」
「防壁がないぞ……」
「一体どこまで続いているのですか」
日本では至って普通の、いや、どちらかと言えば田舎寄りの街ではないかと思う。人口もリースなんかの方が余裕で多いはず。
ただあちらは防壁で囲わなければならないので、あまり街を広くは作れないのだ。
「というかシンイチさん……歩いてきたのは、重要な街道ではありませんでしたの」
張り巡らされている道路を見た、セラのジットリとした視線。
それから逸らした目に、ちょうど飛び込んできたのは──
「おお、富士山! 俺は帰ってきたぞ!」
ここからはそれほど大きく見えるわけではない。それでもはっきりと、冬の澄んだ空に浮いている富士山が見える。
見慣れていたはずのその姿。
でも、昔よりいっそう美しく感じられた。
「あれがリビングに描かれていた山ですのね」
「驚きました。てっきり誇張して描かれているとばかり思っていましたが」
「ああ……なんて壮麗な」
雪化粧を施された霊峰富士に敵う山など、そうはない。みんなでたっぷりうっとり見とれた。
しばらくして街の方に視線が戻ると、ルチアが指を差す。
「主殿、あの大きな建物は城か? あまり飾りっ気はないが」
「ちょっと違うが似たようなもんだな。あそこには工場長っていう、王様みたいな偉い人がいるんだ」
要するにただの工場である。
「あっ、城はあれではありませんの? ほら、あの山の中腹の」
「あれは闘技場ではないでしょうか。同じようなものを、あちらの世界でも見たことがあります」
「二人ともちょっと違うが似たようなもんだな。あそこにはキングが戦いに来たりするんだ」
キング◯ズがな。要するにただのサッカーとかやれるスタジアムである。
「王が闘いに来るのか!?」
「……私たちが知らないからといって、嘘ばかりついていませんか」
俺を抱っこするニケにむぎゅっと締めつけられていると、セラが声を裏返した。
「なっ、なんですの! あの白くて長い魔物は!?」
「大きい! しかもあの速さだと!? なんて化け物だっ」
セラとルチアが言っているのは、高架の上を三百キロとかで走り抜けた白いアイツのことだ。
「だから魔物はいないぞ。あれは
「主殿……こちらの世界では、神の存在は不確かだと言っていたと思うが」
そういえば、以前ちょろっとそんなことを話したような。
……三人とも、そんなに人を視線で切り刻んではいけないよ。
「えっと、あれは人が作った新幹線という乗り物だ」
「あれが乗り物!? ……言われてみれば、たしかに人工物に見えましたわ」
「人があんな乗り物を作ったというのか! すごいな!」
今度は素直に驚く二人とは違い、乗り物嫌いのニケは鼻で笑っている。
「なにを馬鹿なことを。あのようなわけのわからない危うい物に乗る者など、いるはずがないでしょう」
俺は無言でマジックバッグから取り出した望遠鏡を渡す。
俺を片手で抱え直したニケはいぶかしみながらも、今度は逆方向からきた新幹線に向けた望遠鏡を覗いた。
「……まさか、こんなことが」
こちらにいる普通の人間では無理だろうが、高ステータスのニケはそれを目にしてがく然としている。
「くくく、見えただろう乗客が。そしてニケよ驚くがいい。新幹線はな、開業以来列車の過失による死者が一人もいないという奇跡の乗り物だぞ。歩くよりもなによりも安全な移動手段なんだからな」
「そんな……私の抱っこよりあれを選ぶというのですか」
「それは話が別だ」
抱っこの幸福感は、安全とかそういうものとは違う次元にあるのである。
改めて後頭部を包む幸せの感触を堪能していると、ルチアが望遠鏡を片手に大興奮していた。
「主殿主殿! あれを操ってみたいのだが!」
「うーん、こっちじゃ無理だが……向こうでいつの日かな」
俺たちは寿命長いし、いつかなんとかなるだろ。
最悪テーマパークとかで子供が乗る、ミニトレインみたいなのでも作ってあげればいいよね。
あれ運転してはしゃぐルチアとか、確実にかわいいと思うんだ。
新幹線など言語道断、絶対反対と荒ぶるニケをなだめつつ、眺望するのを終えて山を下りた。
その俺たちの前を、軽トラが横切る。
「マスター……先ほどから思っていたのですが、今のは」
「自動車だな」
「やっぱりあれが自動車なんですわね! クリーグから話は聞いていましたけれど、本当に馬なしで走りますのね」
「ううむ、しかしダグバと比べるとずいぶん頼りないな」
「ええ、まるで別物ですね……自動車は信用と実績あふれる乗り物だから安心しろとマスターは言っていましたが、あれこそが自動車なのでしょう。信用と実績のないダグバなどではなく。ねえ……そうなのでしょう?」
恨みがましい低い声と共に、またしてもむぎゅうと締めつけられる。
どうやらニケとこちらの世界は、いまいち相性が悪いようだ。
そう思っていたら、テレパスとして目覚め始めたセラのジト目が飛んできた。
「相性うんぬんではなく、あなたがいい加減なことばかり言っているせいではありませんかしら」
ふうむ……自動車のことはともかくとして、たしかにちょっと浮かれすぎているかもしれない。
俺にとっては普通のことでも、みんなはなにも知らないのだ。ちゃんと教えてあげるべきか。
ニケがこっちの世界を嫌いになっても困るし。
そう心に決めて、しばらく進んで市街地に入った。
駅近くまで来ると、さっき話題に上がったアレが見えてくる。心を入れ替えた俺はちゃんと教えることにした。
「見ろ三人とも、あれこそが城だ! この街の誇り、掛川城であるぞ!」
俺が指差したのは本物の城。
街中にピョコリと現れた、漆喰の白が青空に映える天守閣である。
ただ……なぜかみんな、困った子を見る顔を俺に向けている。
「ハァ、主殿……それは無理があるだろう。そう何度もだまされはしないぞ」
「立地は良いと思いますが、こんな大きな街の城だと嘘をつくのであれば、もっと大きな建物を選べばいいでしょうに」
「でも
もう誰も信じなかった。
俺はオオカミ少年の悲しみを知った。
いやまあ実際、掛川城は小さいけどね……そこも含めて好きなんだけど。
それからもあれこれ説明しては疑われることを繰り返しつつ、俺たちはのんびり進んだ。
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