8-08 ピョンでコンだった
とっぷりと日が暮れ、獣人の集合場所にはそこかしこで
その中央、あぐら大岩に
「トゥーブ、今回の大失態どう落とし前をつける気だい。アタイらが道をふさいどけば、自分らが帝国を引き裂いてくれるとか大きなこと言ってたくせに。それがまさか、こっちが本隊との戦闘になる前に、
「ぐっ……き、貴様らこそ、ろくに戦いもせず逃げ出したのだろうが、シャニィ!」
「当たり前だろう? アンタの策のせいで部隊を分けて、数も少なかったんだから。通さないように守るだけならまだしも、まともにやりあったら犠牲が増えただけさね」
各種族の長たちが集う大広間。
その外にまで、はっきりと漏れ聞こえてくる声。
察するにトゥーブというのがイヌ系獣人の長で、それを責めているシャニィという女性がネコ系獣人なのかな。
そのシャニィさんに便乗して、ここぞとばかりに嘲笑の声がいくつか上がる。
「簡単に不意打ちを許すなど、本物のイヌほどには鼻も利かなかったようで」
「かわいがっていた次期族長候補の
トゥーブさんは甥っ子を最近亡くしたようだが、死者をネタにいじるのは品がいいとはとても言えない。
普段からイヌ系獣人に大きな顔をされたりとかで
「おのれ、貴様らぁ!」
「トゥーブ殿、どうか、ここはどうか落ち着いてくだされ。そなたらも大概にしておけ、今は内輪で揉めている場合ではない。これからどう戦っていくか、しかと考えねばならぬのだぞ」
声を荒らげるトゥーブさんをなだめたのはイヌ派閥だろうか。いずれにせよ、その言葉によって部屋の中が静まった──重苦しく。
皆わかっているのだ。自分たちが、いかに不利な状況に陥っているか。
ややあってこぼれるのは、弱々しいつぶやきばかり。
「どう戦っていくと言ってもな……」
「帝国の狙いすら掴めていない状況で、どうすればいいというのだ……」
「いずれも我らが聖地、どうあっても守らねばならんが……」
帝国側から外樹海に入って少し北上すると、東にも西にも進むことができる分岐点があるそうだ。
帝国軍はもうその辺りまでは進んでしまっているだろう。
帝国軍は内樹海でもまず進軍して陣を構え、それから通ってきた道を開拓部隊に逆走させて道を整えてきた。
なので多少の猶予はあるかもしれないが、道の開拓が終わればどちらかに進むことになると思われる──東のミスリル鉱床か、西の生命の泉かに。
獣人もそれらが帝国の狙いと踏んでいるようだが、向こうが動きを見せるまで打つ手なしとあきらめてるみたいだし、そろそろ頃合いかな。
では、いざ行かん。
「そこでっ!」
バーンと扉を開けて、世界陸上大好きなあの人ばりに俺が放った唐突な大声に、部屋内の長たちがビクッとなった。
俺たちは部屋の前で盗み聞きしていたのだ。
「マスター、どこを指差しているのですか。そちらには誰もいませんが」
カメラに決まってるじゃないか。
「なっ、なんだ貴様らは! なぜここに人間が入っている⁉ 警護はなにをやっているのだ! シャニィ、今日の役目は貴様のところだろう!」
部屋内にいるのは、十名ほどの有力種族の長たち。
頭についている獣耳などだけで種族を判別するのは難しいが、声からすると一番に怒鳴った男がイヌ系獣人のトゥーブさんか。
大型狩猟犬のようにシュッとした体つきをしていて、いかにも狩りが得意そうだ。後ろでくくっている特徴的な群青色の髪はどこかで見たような気もするが……気のせいだな。
「警護の方たちでしたら、お休みになってもらいました。どうしても通すわけにはいかないとだだをこねて、襲いかかってきたので」
「だだっ……」
トゥーブさんのみならず、一同が言葉を詰まらせる。
そんな中、思い切り吹き出したのが一人。
「なはははははっ、うちの
我が家の筋肉担当であるルチアよりも筋肉質な、この茶髪の女性がシャニィさんか。
三十前後に見える美しいお姉様だが、獣人は若く見えることが多いので実際はもっと年上なのかもしれない。ポーラさんも実年齢よりだいぶ若く見えたし。
その
猫耳が埋もれるラフで長い金髪は、ライオンのたてがみを連想させる。シャニィさんの旦那さんだろうか……ちょっと残念。
「笑いごとではないぞシャニィ! この神聖な場所に人間が足を踏み入れるなど、あってはならぬことだ!」
「然り然り!」
トゥーブさんの怒声に、何人かが同調して声を張り上げている。彼らがポーラさんが言っていた、ここを神聖視する連中か。
以前からこっちで活動していた勇者も、ここに入らせてもらえたことはないらしい。だから今回も勇者は誰もついてこなかった。
俺とて風習を否定し踏みにじりたいたいわけではないが、こんな状況なので許してもらいたいものである。
「そう言わずにお聞きになってくださいませんか。帝国に対する策について、皆さんに耳寄りなご提案をお持ちしましたので」
「黙れ! 人間に、ましてや子供になどこの場で発言する資格はない! さっさと出ていけ!」
「ま、たしかに今はアタイら獣人の命運がかかった話をしてるんだ。人間はお呼びじゃないよ」
シャニィさんの印象は悪くなさそうだったが、それでも俺たちの話を聞く気など持っていない。それは、この場の全員が共通しているようだ。
その代表たるトゥーブさんの剣幕を見て、俺を抱えるルチアがささやいてくる。
「取りつく島もないな……どうするのだ」
「問題ない、むしろ願ってもない展開だ。頼んだぞルチア」
俺の返事にキョトンとしているルチアから降り、トゥーブさんに顔を向けた。
「今、資格とおっしゃいましたが……資格ならあります」
「なに?」
そして座っていても目線の高さが同じくらいの獣人たちを見回す。
「皆さんはご存じでしょうか。遥かな昔、その比類なき力で獣人の頂点に立ち、率いていた、伝説の獣人種がいたことを」
「なんだい突然。それはここにいるアタイら以外の種族ってことかい? だったら知らないけど、そんなのがいたとして、それがなんだってんだい?」
尋ねてきたシャニィさんも、
「皆さんご存じないのですね……それも仕方のないことです。僕もすでに滅び、書物の中でしかその存在を知ることができないと思っていましたから。ですが、もしそのような存在が皆さんの窮地を救うべく現れたとしたら、その話を聞く価値はあると思いませんか」
「ふん、本当にそのような存在がいればな。だがそんなタラレバになんの意味がある? まったく、バカバカしい。子供のくだらん
切って捨てようというトゥーブさんの言葉を、ほほ笑みで封じる。
そして高らかに子供の声を響かせる。
「それが、実はですね……なんと! 僕たちは奇跡的に! その末裔と巡り合うことができたのです!」
手を組み、天におわす神に感謝するように天井を見上げた俺の告白に獣人たちはざわつき、シャニィさんも大きな目を見開いている。
「……ニケさん、巡り合いましたの?」
「そのようですね、知りませんでしたが」
後ろでヒソヒソやっているのは置いといて、俺はルチアの前から一歩横にズレてその隣に並んだ。
「お教えしましょう。伝説の種族、その名は──ピョンコン」
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