8-09 ピョンでコンにはならなかった



「ピョン……」

「コン?」


 トゥーブさんとシャニィさんに続き、みんな聞いたことのない種族の名前に首をかしげている。


 うちの子たちを除き。


「それって……あれですわよね」

「ええ、あれでしょうね」

「………………オイ」


 ルチアちゃん、可憐な乙女がそんなドスのきいた声を出しちゃいけませんよ。


「そしてなにを隠そう、こちらにおわすお方こそ! 伝説のピョンコン様なのです!」


 片膝をつき、横にいるドスルチアに向け両手をヒラヒラ〜っとさせて続けた。


「さあ擬態を解き、皆にあなたの真の姿をお見せください!」


 幸いにもルチアは、まだ獣人の前では獣人化した姿を見せていない。ここで初お目見えとなればインパクトはでかいはずだ。

 …………はずなのだが、ピョンコン様が動かない。

 プルプル震えるプリプリお尻をペチペチしても動かない。どちたの?


「どうしたルチア、早く獣化するんだ」


 小声で催促すると、ギロリと据わった目が返ってきた。そして首根っこを掴んで持ち上げられた。


「するか! なんだそのデタラメは!?」


 なぜか怒っているルチアだが、獣人たちに聞かれないように小声で吠える分別は残っているようだ。


「なんだと⁉ なにがイヤだと言うんだっ」

「なにもかもだ! 本当の獣人でもないのに、変なウソでだますようなこと……しかも信じられたら信じられたで、妙なことになるだろう!」

「変身してくれないと困るんだけどー。ピョンコン獣人ルチアが発案したということにする作戦を成功させて、獣人たちが『ルクレツィア様に一生ついてくぜワッショイワッショイ!』となる予定なんだけどー」

「それがイヤだと言っている! そんなことしてどうするんだ!」


 ここまで強く拒絶を示すのは、前にベッドでアレをアレしたとき以来だな。だがそのときも結局アレとかソレまでできたし、今回もいけるはずだ。

 セラも協力してくれようというのか、ルチアをなだめるように背中をさすっている。


「ルクレツィアさん落ち着いて。ひょっとして、そうしておいてからなにかで獣人の力を借りる予定があるのではありませんの? ダンドンのときのように」

「む、むむむむむ…………なにか大きな目的があるのであれば、苦汁をなめるのも……うーん、イヤだが、すごくイヤだが致し方ない、かもしれないが……主殿、そうなのか?」

「いや? 単にそうなったらルチアが困って面白いかと思ってぉググググ」


 無言で主の首を絞めるのはやめとこうか。


「勘ぐって損しましたわ……」

「相変わらずふざけた人ですね。ですがどうするのですか、このままでは策について話す機会も得られませんが」


 いいぞニケ、呼吸もままならない俺の代わりにもっと言ってやって。


「う……いや、無理だ! 普通に獣化するならまだしも、あんな風に話を盛られてしまってはさすがに無理だ!」


 普通に獣化したって、新参者が発言権を得られたとは思えない。あれは必要なスパイスだったのに。


「おい、どうしたその伝説の種族とやらは!」


 ほら、トゥーブさんが待ちきれなくてイライラしてるし。

 でもおかげでルチアが首絞めから解放してくれた。危うく父さんと再会できるところだった。


「ハァハァ……も、申し訳ありません、ピョンコン様は少々恥ずかしがり屋でして。ですが信じてください! 本当にピョンコン様はいるんです!」


 ……ダメだこれ、全員の目が懐疑百パーセント。スタップ細胞並みに誰も信じてない。


「ルチアがちょっと獣化してくれれば話は早いのに……」


 ルチアを見上げたが、そっぽ向かれてしまった。


「くそう、ルチアがこんなワガママを言うなんて……こうなれば仕方ない、最終手段だ。武力行使で話を聞いてもらおう」

「全然ワガママじゃありませんし、二手目が最終手段は早すぎますわ⁉ というかニケさんだけでなく、ルクレツィアさんまで乗ってどうしますの!」

「獣化するよりマシかと思って……」


 セラに叱られ、ニケとルチアがファイティングポーズを解いてしまった。これが一番手っ取り早くていいのに。


 そもそも俺としては、みんなに崇められて困るルチアのかわいい姿を見て楽しむのが主目的であり、策なんてその通過点でしかなかったのだ。ルチアが獣化しないのであれば、もう策になどほぼほぼ価値はない。

 一応あきらめずに続けようとしているのは、美紗緒たちへの義理だけなのである。


「だいたいさあ、獣人でないと話も聞いてくれないとか頭が固すぎるんだよね」

「聞こえておるわ! 誰が頭が固いだと!」


 つい普通の声量で話してしまったようで、獣人たちがヒートアップしている。ここまでくると、もはや最終手段しか打つ手がないのではないだろうか。


「わざとやりましたわね……」


 一触即発の空気の中ヒューマンビートボックスでごまかしていると──


「その子の言うとおりじゃないか。ほんとアンタたち頭固いねえ」


 ──俺たちの後ろから、よく通る声が抜けていく。

 振り向いた先にいたのは、クマ獣人のポーラさんだった。

 集会所に突然現れたポーラさん、そして隣にいるもう一人を見て、シャニィさんが驚きを露わにしている。


「ポーラ⁉ それにヤロイまで……いっつも呼んでも来ないアンタらが、一体どういう風の吹き回しだい」


 ヤロイさんは白糸の大滝を見に行ったときに出会った、シカ角を頭につけたおじいさんだ。

 滝のところで水浴びしてる人がいて、長髪だったから女の人かと思って喜んだらヤロイさんだったのだ。目に焼きつけたことを激しく後悔した。


 それにしても二人ともこの場に悠々と入ってくるということは、族長とかそれに近い立場だったのか。

 ポーラさんが留守番中にみんなをまとめる役をしているというのは聞いていたが、そこまでとは思わなかった。ヤロイさんも偉い人だったようだし、驚きである。


「ふん、お前たちもようやく事の重大さに気づいたか」


 トゥーブさんも現れた二人を拒絶するでもなく、むしろ一目置いているように見える。


「別にはなから重大じゃないなんて思っちゃいないよ。ウチは数が少ないから、いちいちしゃしゃり出ることはないと思ってただけさ」

「じゃが、ワシらも変わらねばならんのじゃろう。きっと今がそのときなのじゃろうて」


 滝からの帰り道に、ヤロイさんとそんな話をしながら一緒に帰ってきたのだ。

 だからだろうか、ヤロイさんは腰の後ろで組んでいた手を解き、俺の頭をポンポンと撫でた。

 続いてポーラさんも俺の頭に手を乗せる。


「頭の固いアンタたちも、たまには新しい風を取りこんだらどうだい。この坊やはなんだか面白いからねえ」


 そりゃつまらないより面白いほうがいいけど、その頭ワシャワシャは首にクるのでもう少し手加減してほしいと切に願う。


 意外にも大御所だった二人の援護に、他の長たちはどうするべきかと顔を見合わせていた。

 だがしばらくして、渋々ではあるが俺の話を聞く気になった。トゥーブさんだけは最後までグチグチ言っていたが。

 ポーラさんとヤロイさんに感謝を伝えていると、シャニィさんがズバリ切りこんできた。


「それで策ってのは? どうやって帝国を倒す気だい?」


 さっさと終わらせたいのか鋭い目つきのシャニィさんに、こちらもズバリ返す。


「ただちに兵を集め、今から帝国を攻めに行きます」


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