8-10 夜戦した



「アンタ今からって……」

「今すぐにです。今すぐここを出て全速力で行けば、夜明け前までには帝国軍のところに着くのではありませんか? そこでそのまま夜襲をかけます」


 敗れた獣人たちがトボトボ戦場から帰ってきて一日二日しかかからなかったようだし、帝国は今はもっと近くにいる。限界まで急げば、夜明け前に帝国陣地に辿り着くのが不可能ではないはずだ。

 そんな俺の策にみんな唖然としたあと、多くの者が鼻で笑った。


「なにを馬鹿なことを。我々は先ほど戻ってきたばかりだぞ。傷ついた者もおるし、疲れもある」

「だからこそ、です。帝国もまさか逃げ帰ってすぐにまた攻めてくるとは思わないでしょうから。とにかく夜のうちに着きたいので、ついてこれない者は置いていきます。ですがイヌ系以外の獣人の皆さんは損害も少なかったようですし、問題ないでしょう?」

「子供の浅知恵だな。いかに夜襲するといっても、そのような強行軍で消耗したまま戦いに臨んでどうなるというのだ」

「おや、獣人の方々は身体能力に優れ、森の移動にも長けていると思っていましたが……買い被りでしたか。一晩寝ずに走った程度で参ってしまうほど貧弱だったなんて」


 ふんぞり返って言い返してきていた長を軽く挑発してみると、「べ、別に無理だとは言っておらん」と返ってきた。無駄にプライドが高い相手はチョロくていいわ。

 もちろんそうではなく、冷静に聞いている者もいる。シャニィさんもその一人だ。


「なるほどね。たしかにうまくいけば、帝国の意表は突けるかもしれない。でもそれだけだ。とてもじゃないが、それだけで帝国に痛い目を見せられるとは思えないね」

「そうですね、こちらも万全な状態ではないわけですし。ですから火計を用いるつもりです」


 これにはシャニィさんも含め、全員がますます険しい表情になった。

 樹海は獣人にとって大事な土地だし、火事になってしまっては大変なので拒否反応が出るのは仕方ないとは思うけど。


「森に火を放つというのか! そのようなことっ」

「どうせこのままでは、帝国に拓かれていくばかりでは? 心配しなくとも、こちらには風や氷や水魔術を高いレベルで使える魔術師もいます。燃え広がる先を切り倒して限定することだってできるでしょう」


 あー、はいはいルチア。そんなチロチロ見なくても、土魔術だって消火とかに使えるから。

 でもねニケちゃん。そんなガン見されても神雷は消火には使えないんじゃないかな。

 

「む、魔術か……」


 自分たちの苦手なジャンルの話に、長たちの多くが口ごもる。

 獣人は身体能力は高いが、魔術や魔法を不得手としている種族が多い。中には秀でた種族もいるが、圧倒的に数が少ないのだ。


「し、しかし、そもそも生木なまきに簡単に火はつかぬぞ。それも魔術でつける気か?」

「いいえ、ですが問題ありません。僕たちは最近まで水晶ダンジョンに潜っていましたが、六十階層台に放蝦蟇ほうがまという油の塊のような巨大な魔物がいまして。それを二、三匹ぶつ切りにして敵陣に放り込めば、着火剤としては十分でしょう」


 下手に傷つけると油が巻き散らかされることになり、周囲が炎の海になってしまう厄介なカエル型の魔物だった。


「ろ、六十階層⁉ 何者だ? お前たちは……」

「ピョンコン様と華麗なる仲間たちです」


 水晶ダンジョンが立っていなかったここでも、六十階層台がどの程度のものかはわかるようだ。愛くるしい子供と美女パーティーの俺たちに、信じられないといった目が向けられる。


 聖国は撃退したしここの警護も倒してきたので、そこまで疑っているわけではないようだが……具体的な数字が出て強さがイメージしやすくなったから、改めて驚いているのだろう。たぶんそのイメージも間違っているが。

 ただ、俺たちの力も後押しになったか、長たちの表情も真剣さを帯びてきた。


「それならば……いや、しかし……」

「賭けるべきか否か……どうする?」


 そんな中でもトゥーブさんだけは、いまだに明確に反対する姿勢を見せている。


「馬鹿げている! 貴様らこんな人間の子供に乗せられて、なにをその気になっているのだ! それでも誇り高き獣人か!」


 誇りだなんだ言ってるが、イヌ系獣人は損耗が激しくて策に加わりづらいというのもあるんだろうな。そうなれば他の獣人に手柄を持っていかれてしまう。

 しかしこちらは、そんなものを考慮してやる必要などない。


「別にこの話に乗りたくない方は、乗らなくても構いませんよ」

「なに!?」

「幸いにもヒツジやヤギなど内樹海の獣人の皆さんは大勢志願してくださいましたので、行くことはもう決まっています。あとは兵の上積みが増えれば、火を放った際の混乱の中で討ち取る数が増えるというだけです。そのあとはすぐに撤退する予定ですし」

「あやつらが……」


 戦いの不得手なティルたちが進んで戦場に行こうということに、みんな一様に驚いている。

 ティルたちはこの場に代表者も呼ばれないほど当てにされず、下に見られているのだ。

 というか──


「泣かせる話ではありませんか。皆さんの彼らが、皆さんを救うためにまたその身を投げ出して戦おうというのですから」

「貴様、その物言いは……」


 どこかの長の言葉尻がすぼんでいくのを聞くに、多少は自覚があるようだ。

 不意に訪れた静寂により、後ろの三人がヒソヒソやってるのに気づいた。


「まだヒツジ獣人たちに話してすらいないのに、よくもここまで堂々と言えるものだな……素直に感心する」

「たしかにこの才は感服せざるを得ませんね」

「ええ、ここまで際立ったペテン師の才を持つ人はなかなかいませんわ」


 あまりよく聞こえなかったが、褒められていることだけはわかる。俺の堂々たる弁舌に惚れ直しているのだろう。

 おっと、照れてる場合じゃなかった。


「これは大変失礼しました、言いすぎてしまったようで。いずれにせよ内樹海の獣人の方がここで帝国に痛撃を与えでもしようものなら、皆さんもこれから先、彼らに対して大きな顔はできませんね」


 グッと奥歯をかみしめた長たち。

 その中から、一番に声を張り上げたのは──


「……いいだろう、やってやろうではないか! 我らイヌ系獣人が、あやつらに遅れなど取ってなるものか!」


 ──まさかのトゥーブさんだった。なんというチョロさ……いや、誇り高さ。


 そしてトゥーブさんを皮切りに、我も我もと声が上がる。

 話の途中から神妙な顔つきをしていたのが気になったが、最終的に二大巨頭の片割れであるシャニィさんも賛同し、一同の意志は一つとなった。


 そうしてここに、策は成った・・・・・




 集会所を出ると、勇者たちが待ち構えていた。

 今から出撃するから、ティルの部落の獣人に準備させるように伝えた。こいつらにも策を教えていなかったのだ。


「今から電光石火で進軍して戦いに行くのか……」

「なっ、なるほどな! 乱暴な作戦だけど、これなら内通者なんていても関係ねえな!」


 吉田……声がでけぇんだよ。一緒に出てきたポーラさんにバッチリ聞かれちゃったじゃねえか。


「やっぱりそういうことかい。内通者を意識しての策だったんだね」


 他の獣人よりは、まだ聞かれたのがポーラさんで良かったのかな? どうやらポーラさんもその可能性を考えていたようだし。

 しかし吉田はうかつすぎるな。やはりこいつらに策を教えなかったのは正解だった。


「取りあえず吉田くんは、内通者候補ということで」

「なんでだ!?」


 うかつキャラを装って周りに情報を漏らしている可能性もなくはないからな。


「さて、アタシもウチの連中をまとめないと」

「ポーラさん、改めて礼を言わせてください。協力してくれてありがとうございました」

「いいってことさ。こっちこそアタシらのためにありがとね。じゃあまたあとで」


 俺の頭をグリングリンゴキンゴキンしたポーラさんが歩き去ると、すぐにカヨが少し焦った様子で前に出てきた。


「ねっ、ねえ橘くん、美紗緒とティル知らない? 探しても見つからなくて……」

「ああ、彼らなら大丈夫ですよ。僕が用事を頼んだだけなので」


 俺の返事に、カヨが胸を撫で下ろす。


「そうなの? 良かった……美紗緒は強いし滅多なことはないと思ってたんだけど、内通者がいるかもってことだったからさ」

「ちょっとした用事なので心配はいりません。それより皆さんも急いでください。小一時間もしたら出撃すると、他の長には言ってありますから」

「そっそうだね、急がないと。戦うように説得するなんてイヤだけど……それでもやらないと、もっと不利な戦いになっちゃうし」


 勇者たちが足早に去っていき、残されたのは俺たち四人だけ。

 やにわに慌ただしくなった獣人キャンプを眺め、ルチアがポツリとつぶやく。


「……胸が痛い」


 気にすんな。





 そしてそれから俺たちはラボでゆっくり風呂に入り、寝室でそれぞれと二回ほど一戦交え、また風呂に入ってから、ぐっすり寝た。

 

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