7-11 激闘などなかった
鼻血のついた手のひらに視線を落とした剣聖は、怒りに体を震わせていた。
「あーあ……マジでテメェ俺をキレさせちゃったな。知らねぇぞ、マジで。ガチでやってやるからな」
いちいち言葉選びが痛々しいんだよ……知性を感じないというか。一応あの学校は進学校だったんだけどね。
いついかなるときでもエレガントでクレバーな俺の爪の垢を、煎じて飲ませてあげたいものである。
もう一度鼻血を拭ってから、剣聖がバカの一つ覚えで再び飛びかかる。
ガチでやるとか言ってたが……ちょっとは速くなってるのかな? 大差ないような気がするんだけど。
「なあセラ、もしかしてあのマジガチバカウンコプリプリ脳筋男って」
「……その知性ゼロの呼び方はなんですの。でもたぶん、あなたの考えるとおりだと思いますわよ」
やっぱり……そういうことなんだろうな。
ガムシャラに振られる剣をルチアはまた避けていたが、じれったくなったのか盾で雑に弾いた。
「まだか? なにを遠慮している、本気で来い」
ルチアは気づいてないようだが、それ煽りになっちゃってるんじゃないかな。
「テメェ……生意気なんだよ、マジでよぉ!」
ますます顔を赤く染める剣聖の攻撃……だがそれは、溜まっていく怒りほどには苛烈にならない。
むしろ大振りになってルチアに余裕が生まれるだけだ。
その体たらくに、ルチアもいい加減わかってきたようだ。剣聖を蹴飛ばして大きく距離を取ると、なんとも言えない表情でニケに顔を向けた。
「ニケ殿……勇者は脅威だと言っていなかったか」
雷をバチンと飛ばして騎士を殺したニケは、愉快そうに手を口に当てた。
「ふふっ、たしかに脅威になり得るとはいいました。ですがそれも研鑽を積み続けていれば、の話です。その者の性根では、土台無理だろうと思っていました」
つまり──大して力が伸びていなかった剣聖は、脅威でもなんでもなかったのだ。激闘の予感? なんのこと?
たぶんそれは、レベルだけの問題ではない。
普段からニケやルチアを見ているせいもあるんだろうが、俺から見ても剣聖は動きが稚拙に思えた。ステータスとスキル頼みでやってきたというのが、ありありと見えてしまった。
たしかにあいつが持ってるスキルは強力なのだが、だからこそ技術を磨く必要がなかったのだろう。
瞬歩からの派生技も、使わなかったのではなく、使えなかったのかもしれない。スキルレベル七で覚えるはずだが、そこまで上がっていないのだ。勇者はスキルの成長にも補正かかってるはずなのに。
アゴが丸いのも、運動不足で太ったからじゃなかろうか。
「ルクレツィア、貴女だって初めに見たときに、剣聖がどの程度のものかわかったでしょうに」
「う……きっと勘違いだと思って」
ニケを信じていたからこそ、ルチアは感じたままを受け入れなかったのだろう。
剣聖は二人の話を理解などしたくないと、もうやめろと、近くにあった木を叩き斬った。
「黙って聞いてりゃ、なんだそりゃ……テメェらは俺が弱いとでも言いてぇのか! 原人ふぜいがよぉ!」
そして激昂して襲いかかる……が、簡単に足を払われ、つんのめって倒れた。
その背中に投げかけられるのは、失望をてんこ盛りにしたルチアの言葉。
「そのとおりだ。はっきり言って期待外れだった」
「なっ…………」
さらにセラも追い打ち。
「本気の殺し合いであれば、あちらの槍使いの方でもそれには勝てそうですわね」
「俺が泰秀より弱い、だと?」
己の強さを拠り所として優越感に浸ってきた剣聖は、もちろんそれを認めることなどない。
「……ありえねぇ! んなことありえねぇんだよ! 俺は剣聖だぞ!」
起き上がった剣聖はなおも斬りかかったが、それに合わせてルチアも踏み込んだ。
「バッシュ」
かわしながら放ったルチアのアーツが、剣を横から叩き砕く。
舞い散る金属片を目にして呆然と動きを止めた剣聖に、ルチアが剣を振るう。しかし鎧に大きな傷を刻んだものの、ギリギリかわされ本体には届かなかった。
その衝撃によろめきながらも、剣聖は必死で距離を取った。
「剣聖、か……お前はそんなものでしか、強さでしか自尊心を保てないのだろうな。哀れなものだ」
投げかけられたルチアの言葉に、剣聖が唇を噛む。
「うるせぇ……偉そうな口きくんじゃねぇよ! この世界じゃ強ぇやつが偉いんだろうが!」
あいつの考えるこの世界は、きっと脳筋ピラミッドの形をしているのだろう。
たしかに物理的な強さが地球より重要視されはするが、それが全てではないことは子供にだってわかるだろうに。
そんなことを言っても、あいつにはムダだろうけど。
もはやダダをこねているだけの剣聖に、ルチアが挑発するように笑う。
「フフッ、偉そう? お前の理論でいけば、お前より強い私の方が実際に偉いのではないのか?」
その返しに顔を真っ赤にした剣聖は、折れた剣を投げ捨てた。
「ちっ、違うっ。まだだ……まだだぁ! まだ終わりなんかじゃねえ! まだ俺は負けてねえ!」
そう吠えて腰のマジックバッグに触れ──取り出したのは濃紺の直剣。
やっぱり予備の剣は持っていたようだが……なんだかあの剣、装飾や形状に禍々しいものを感じる。
それを裏づけるように、聞こえてきたニケのつぶやきには驚きが強く含まれていた。
「あれは……まさか魔剣ですか」
「そうだ! これは使いたくなかったがしょうがねえ!」
俺には魔剣というのがどういうものかよくわからないが、剣聖は勝ちを確信したような笑みを浮かべている。
そして魔剣を握る右手が、見せつけるように高々と掲げられ──
「起きやがれ! 魔剣グラン──」
「熱線眼んんん!」
──俺のビームでジュワッと焦げた。
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