7-10 激闘だった?
飛びこんだ剣聖は、初撃にも関わらず大胆に振りかぶる。様子見の小技を出す気などゼロだ。
しかし大地を踏みしめ、剛剣を振り下ろした位置は、どう見ても浅い。
知らない者が見ていれば、誰しもが届くはずがないと判断しただろう。
だからルチアが大きく引いたのも、奇異に映っただろう。
剣はまるで届いていなかったにも関わらず、その髪が数本断たれて宙を舞うまでは。
「なるほど……これが
〈虚剣威伸〉──剣聖がこの世界に召喚されたときに与えられていたスキルだ。
俺とニケから聞いていたルチアも、その力に少し目を見開いている。
その能力は剣で攻撃したときに、一瞬遅れて不可視の刃が発生し、斬撃を与えるというものだ。
不可視の刃の攻撃力は実体の剣と同等なのだが、刃渡りが実体の剣の二倍になる。つまり攻撃が届く間合いが二倍ということだ。
それだけでもとてつもなく強力なのだが、さらに厄介な特性も持っている。
「俺のスキルのことまで知ってやがんのか。ま、知られてたところで関係ねえがな」
続けざまに二度三度と振られる剣。その太刀筋の延長線上に立たないように半身でかわしてから、ルチアは大きく距離を取る。
追いすがった剣聖は、ルチアが大木を背にしていることに構いもせず剣を横薙ぎに振るった。
しゃがんで避けたルチアに代わり、大木が不可視の刃に断ち切られて傾いていく。
しかし剣聖はまるでなにごともなかったかのように、すでに切り返して剣を振るっている。
それこそが虚剣威伸の厄介な特性である。
不可視の刃は実体の剣を防ぐことが可能な防御力のものに当たれば、破壊されて霧散する。だがまた攻撃したときには発生する。
そして不可視の刃がなにかを斬りつけたり破壊されるようなことがあっても、実体の剣の振りにはまったく響かない。
要するに不可視の刃だけが当たる距離をうまく保てば、素振り同然に攻撃し続けることができるのである。
それが剣聖職の脳筋ステータスと相乗効果を生み、通常攻撃だけでも相手を圧倒できる非常に凶悪なものとなるのだ。
少しヒヤッとしたが、その特性も聞いているルチアに油断はなかった。
逆からの横薙ぎを、今度は飛び上がって避ける。
低いしゃがみ姿勢からのとっさのジャンプは軸が傾いてバランスが崩れたが、一回ひねりを入れて整えつつ、大木を蹴って離れる。
普段はどっしり構えているルチアの、黒豹を思わせるようなしなやかさと躍動感。魅せてくれるぜ……もうむしろなんかエロく感じる。決めた、今日の夜は女豹のポーズにしよう。
「はっ、よく避けやがったな。だがまだまだイクぜ! オラァ!」
大木の倒れる音が響く中、なおもオラオラ言いつつ剣聖は追い、ルチアは避ける。それを何度も繰り返す。
周囲の木々は断たれ、地面には深い切り傷がいくつも刻みつけられていく。
そうやって中央で暴れ回るせいで、獣人と騎士も巻きこまれないように引いて、二人の戦いを見守る形になってきた。
騎士たちはバラけて獣人と戦っていると、ニケという暴虐の化身に狩られるということもあるし。
「どうしたぁ! でけぇ口叩いたくせに逃げ回ってばっかか!」
両手持ちの長大な剣を、ときには棒切れのように片手で軽々と振るう剣聖の姿は、さすがに迫力がある。
しかしルチアを小馬鹿にして軽口を叩いているが……俺にすらわかるし、気づいてないわけじゃないよな?
ルチアは左手に持った盾も使わず、ただ避けている。
それが可能であるなら、泰秀のように距離を詰めて実剣を受け止めるのが、対処としては一番楽にも関わらず。
しかも徐々に、避け方も大げさなものではなくなっている。
初めは太刀筋の延長線上には立たないか、かなり距離を取っていたのに、実剣に近づいてきているのだ。〈直感〉の効果とかもあるのだろうが、見てて怖いくらい。
早くも剣聖の攻撃はほとんど見切られていると思うのだ。
「チッ、チョロチョロしやがって」
さらに当たらない攻撃を繰り返したあと、シビレを切らした剣聖が立ち止まる。
小休止──ではなかった。
剣を引き、体を絞りながら身をかがめた剣聖は、大きく一歩踏み出した。
「
剣術アーツでの爆発的な加速。
ルチアの
とっさにルチアが出した盾が、甲高い破砕音を響かせる。不可視の刃が砕けた音か。
っていうか……あれ? 今の攻撃、ただの斬り上げだったよな。
〈瞬歩〉からの派生技は、出しておいて損はないって前にニケから聞いたんだけど……。
〈
瞬歩自体の足のクールダウンは長いが、派生技で腕に生じるクールダウンは短い。
したがって攻撃に使うときは、瞬歩だけで終わることはあまりないのだそうだ。
ニケとルチアでよく稽古しているが、そのときもニケは派生技を使ってルチアに対処法を覚え込ませていた。
だからこそ想定外の剣聖の通常攻撃を、ルチアは慌てて盾で防ぐことになったのだろう。
意表を突いてきた……のかなぁ?
「今のは驚かされたぞ」
ルチアの言葉に、剣聖が犬歯を剥き出す。
「ぁんだその上から目線……マグレで受け止められたからって生意気なんだよ! 原人のくせによぉ!」
そういやアイツ、こっちの人たちをそうやって呼んでたな。どう考えても侮蔑の意味がこもっている。
軽蔑すべき者はこの世界に限った話ではなく、当然いるだろう。
でも無条件でこっちの人全員を見下せる思考は、ほんとに理解できない。
「なるほど……ニケ殿が忌避した理由がよくわかるな」
ウンザリとした表情を浮かべているルチアも、この短い時間でわかったようだ。
剣聖は関わればどうあっても不愉快にしかならない、関わったら負け系の人間なのだ。
少し気配の変わったルチアに気づかず、また剣聖が飛びこむ。
しかし今度は迎え撃つように前に出てきたルチアに、盾で突き飛ばされた。
強打した鼻を押さえる剣聖の指のすき間から流れる血を見ながら、ルチアがため息混じりに言い放つ。
「もういい加減出し惜しみはやめてもらいたい。お前の本当の力を見せてくれ」
あまりに余裕があるので、剣聖が本気を出していないと思っているんだろうけど……うーん?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます