4-15 腰が入っていた
「こちらがギルドマスターのゼキル・モンドリア様ですわ」
「初めまして、タチャーナ・オンドゥルルラギッティンディスクァです。それとニケとルクレツィアです」
俺の紹介で頭を下げる二人に目を向けながら、ゼキルさんは生白い首をかしげた。
「おんどぅる……?」
「貴族ではないそうですわ」
「……ああそう」
なんというか、覇気がないな。
喋り方もボソッとしてるし、立ち上がりこっちへ歩いてくる姿もしゃきっとしない。
どこかふてくされてるようにも見える。
「一応握手とかしといた方がいいのかな」
ゼキルさんが手を出してきたので、ショタお手々できゅっと握った。離したらまた手を出してきたので、きゅっと握った。離したらまた手を出してきたので、しつこいなと思いつつきゅっと握ろうとしたら──
「いや、キミじゃなくて」
どうやら二回目からはニケにだったらしい。だが、差し出された手を前にニケは微動だしない。
「えっと……」
困惑するゼキルさん。
そういえばニケは他の男に触れる気がないんだった。握手もダメか……。
「すみません、ニケは男性アレルギーなので」
「あれるぎー?」
「僕以外の男に触れると白目をむいて奇声を発しながら三日三晩踊り続けてしまう奇病でグフゥ」
お前のためを思って言ったのに、なぜギリギリと締めつけてくるの……。
「そ、そう」
結局ルチアと握手するのもやめて、ゼキルさんは応接用の椅子に一人で先に座った。
それを見てこめかみをピキッとさせたセレーラさんだったが、俺たちに座るよう促してきた。
といっても俺だけが向かいのソファーに降ろされ、ルチアとニケは後ろに立ったけど。
「では、潜層記録用魔道具を拝見させていただきますわ」
最後に座ったセレーラさんに言われて、ローテーブルに板っ切れ魔道具を三枚置く。
それを見てゼキルさんは目を見開いた。
「ろ、六十五……」
「あなた方そこまで行ってましたの……」
先に進んだとは言ったけど、階層までは言ってなかったか。
セレーラさんは眉間にシワを寄せていたが、ハッとしてすぐに揉みほぐしていた。
そんなに気にしなくても、ツルツルプリプリでキレイなお肌なのに。
「二回潜っただけで、もう『マリアルシアの旗』と並びましたわね……どうかしてますわ、本当に」
まだ旗は止まってるのか。あそこを越える手立てを模索中かな?
「本来ならここで、鑑定スクロールを使っていただくことになっていますけれど……」
「そうだったんですか。僕たちは不意打ちで使わされそうになりましたが」
つい口が滑ってセレーラさんににらまれた。
またヒューマンビートボックスでごまかそうと思ったが、犬に『待て』をさせるポーズをされてしまったので、大人しくやめておくワン。
「けれど皆さんは特例が認められましたので、ステータスの開示は不要となりましたわ」
前に聞かされてはいたものの、この場で改めてセレーラさんの口から聞けて、俺たちは安堵の息を漏らした。
だが──
「ただし!」
そんな俺たちを、セレーラさんの強い口調が制す。
「こちらの出す条件を飲んでいただければ、の話ですけれど」
なにそれ聞いてない。
一気に警戒感を出した俺たちに、セレーラさんがふふっと笑う。
イタズラが成功して喜ぶ子供みたいでかわいかった。
「あなた方にとって、それほど大した条件ではないと思いますわ。あなた方がダンジョンで得た魔物の素材の売却先として、こちらにも少し融通をきかせて欲しいというだけのことですの」
他の商会とかだけに売るんじゃなくて、ギルドにも売ってくれってことか。
六十階層以降の魔物素材なんて、めったに出回る物ではないからな。七十階層越えの素材なんて、それこそオークションに回ってもおかしくない。
特例を認めてやる代わりに、今後の取引相手として契約して儲けさせろってことだろう。
そうすればギルドとしても面子は保たれるし、なかなか
あれ……なぜだろう。これの立案者の影が、金髪ですわ縦ロールエルフの人に見えるのは。
……まあいっか。
「驚かせないでください、セレーラさん。それくらいであれば全然…………んあ?」
了承の意思を示そうとした瞬間──ぞわわわと体を走る、気味の悪い感覚。
自分のものではない血が、血管を逆流するようなこの感覚……何者かのスキルによって放たれた魔力が、俺に影響を及ぼそうとしている。
この
……いや、こんなもん効くかい。
こちとらニケに抜き打ちで〈鑑定眼〉どころか、〈竜の威光〉までをもキャンセルする練習をさせられているのだ。〈竜の威光〉はキャンセルできた試しがないが。
MNDもそれなりに高い俺が、こんなへなちょこ魔力など通すわけがない。
案の定、自分の魔力を張り巡らせると、誰かの魔力は簡単に弾き飛ばせた。
そうしてから、その魔力が飛んできたと思われる方向に首を向ける。
その先にいるのは、この部屋の主。
「鑑定眼持ち?」
そう俺が口に出し終えたときには、部屋の主──ゼキルの首もとには抜き身の剣が突きつけられていた。
「えっ……ひっ!」
遅れて気づいたゼキルの口から悲鳴が上がる。
逃れるように背もたれに体を預けたが、剣先はピッタリ顎下を捉えて離さない。
「セレーラ、また騙し討ちですか」
剣をそのままに、持ち手であるニケが冷たい声を投げかける。
後ろからゴツゴツ音がするのは、ルチアが取り出した槍の石突きを床にぶつけてる音かな。〈無限収納〉とAGIの差で、ニケに軍配が上がったようだ。
槍を出したのは、ルチアが使ってる剣はニケの剣より短くて届かないからだろう。
事態に気づいて顔を手で覆っていたセレーラさんは、ゆっくりと首を振った。
「今さらそんなことをするはずがありませんわ……しかもあなた方に通用するはずもないことなど」
ゆらりと立ち上がったセレーラさんが、ニケにお願いするように剣に触れる。
そのニケは俺を見てきたので、うなずいてやった。
すぐに剣が引かれ、ホッとするゼキル。
その顔に振り抜かれたのは、セレーラさんの右手。
グーだった。
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