4-16 上手に作れました
セレーラさんの拳により、椅子ごとぶっ倒れたゼキルが床に転がる。
「あっがっ、いた、痛いっ……なにをっ」
「なにをじゃありませんわ。あなたこそなにをしたかわかっていますの。余計なことはしないようにあれほど言ったでしょう」
ニケはセレーラさんにまた騙し討ちかなどと言ったが、疑うまでもなくセレーラさんの企てではないだろう。
鑑定眼なんて簡単には通らないものを、ここまでお膳立てしてくれたセレーラさんが使わせるはずがない。
以前は俺たちを心配してステータスを明らかにさせようとしたが、もうその必要はないのだ。
国やギルドから指令があったとしても、低い成功率と関係性の悪化を考えれば、こんなやり方は選ばない。
これはゼキルの独断専行と判断していいだろう。
「なにもぶたなくたってっ!」
そのゼキルは、殴られた頬を押さえて憤慨しているが……バカなやつだな。セレーラさんに感謝すべきなのに。
鑑定眼に限らず、魔眼なんてものを許可なく相手にかけるなんて、完全に敵対行為と判断されるに決まってる。問答無用で斬り捨てられても文句は言えないだろうに。
貴族だから反撃されないとでも思ってたのか?
生憎だがこっちは、敵であれば貴族だとか関係ない。
そこをセレーラさんが、お仕置きするから勘弁して欲しいと殴ってくれたのだ。
ほんと、常識のないやつはこれだから困る。
「あなたのお兄様に、殴る許可はいただいていますわ。皆様申し訳ありません。どうかこれでご容赦願えませんでしょうか」
ほらね、やっぱり………………な……にっ!?
ゼキルからこちらに向き直り、腰を折って深々と頭を下げるセレーラさん。
その姿を見ながら、俺は一つの考えに取りつかれていた。
バンとローテーブルに手をついて立ち上がると、セレーラさんが驚いて顔を上げる。
分厚いテーブルは折れかけてたわんでしまったが、それどころではない。
「まさか……セレーラさんは貴族の愛人なんですか!?」
「馬鹿じゃありませんの!? なんで今突然そんな話になりますの!」
「なっ、なんの話を」
「うるせえ黙ってろ。だってそこの人は貴族で、そのお兄様というのも貴族で、セレーラさんはその弟を殴る許可をもらうくらい仲がよくて、セレーラさんは恋人とか配偶者がいなかったら、もう愛人しか残らないじゃないですか!」
「ぼっ、僕を無視するな!」
「あなたはお黙りなさい! ハァ……なぜそう結びつくのかわかりませんけれど、この方のお兄様とは少々縁があって知り合いにならせていただいただけですわ。そのような関係になどなるわけがありません。あなたは本当にもうちょっと常識というものを──」
「ルクレツィア、どの程度であればギルドに素材を売ってもいいと考えますか」
「そうだな……商会のほうが高く売れるだろうし、さっきのことでつついてみるつもりではいる。しかし正直金で困っているわけではないし、それなりの割合で売っても構わないのではないか? あくまでも売る分の、だが」
「ふふっ、なるほど。売る分の、ですか」
「なんなんだよ、お前たちは……人が殴られたんだぞ……」
「──ということですか。ではセレーラさんは誰の愛人でもないと?」
「当然ですわ」
なーんだ、よかった。
セレーラさんはゼキル兄とお仕事の都合で知り合っただけで、深い関係ではないようだ。
安心して椅子に腰を落とすと、なんかゼキルが涙目になっていた。
それに気づいて気まずそうにしながらも、セレーラさんはこちらへの対処を優先した。
「ええと……それで、許してもらえますかしら」
「あ、おっけーでーす」
俺は寛大な心を持っているのだ。セレーラさんが完全フリーだということとは関係ないのだ。
だから脅すくらいで勘弁しておくのだ。
「次やったらこうなりますけど」
折れかけた机をもう一度叩くと、今度こそ完全に机は折れて真っ二つになった。
これくらいここに来たダイバーたちならできるだろうが、目の前で自分に向けた敵意を見せられたことはないのだろう。床に座ったまま、ゼキルは青い顔をしている。
「ゼキル様。言っておきますけれど、今回の件は完全にあなたに非があります。お父様や侯爵閣下に泣きついても無駄ですわ。これでわかったでしょう。この世界にはあなたが貴族であることをなんとも思わない人たちもいますのよ。相手が冒険者だからといってなにをしてもいいなどと」
「そんなんじゃない! ……たしかに僕は昔冒険者なんて見下していたさ。冒険者に関わるこの仕事も嫌で仕方なかった」
てっきり心を折れたかと思ったが、意外と元気そうだ。拳を握り締め、自分語りを始めてしまった。
「だけど毎日命を賭けて戦って、帰ってきては笑うダイバーたちを見て、そんな気持ちはどっかに飛んでった。この仕事だって、少しずつ楽しくなってきたんだ」
「それは気づいていましたけれど……ではなぜあんな軽率な真似を」
「……悔しいじゃないか」
そう言って、俺たちに射るような視線を浴びせてくる。
へえ……貴族のお坊っちゃまかと思いきや、なかなかどうして。
「彼らの思うとおりに動かされるなんて、悔しいじゃないか。これじゃあ僕たちが、ダイバーズギルドが負けたみたいじゃないか……僕は若造だし、お飾りだってのはわかってる……でも、それでも僕はこのギルドの長なんだ! だからっ!」
どうやらゼキルくんはギルドの長として、なにか自分にできることをしたかったようだ。
だけど今回の件は、ゼキルくんが長だというなら、なおのこと上に立つ者のやっていい行いではない。
「負けたみたいもなにも、負けたんじゃないですか。僕たちが勝って、そちらが負けた。その事実を受け入れるべきだと思いますけど」
「なっ……」
初めからこれは、俺たちのワガママとギルドの強いるルールとの戦いだと俺は認識している。
俺たちはそれに勝つために通常より危険な道を選んだのだ。
もちろんラボなどにより勝算はあったが、毎日戦い続け、進み続けるのが安全なはずはない。
ルチアが大ケガしたのも、その疲労が影響しているのではないかと思う。だから俺は早く帰って、一度リフレッシュしたかったのだ。
まあそれはともかくとして、俺たちは成し遂げた。
その結果、
それはギルドにとって明確な負けだろう。
そして、その負けの中からでも利益を得るために、俺たちを抱き込むという選択をした。
それを認めずにゼキルくんが俺たちに延長戦を仕掛けるというのは、彼自身がギルドに反旗を翻しているようなもんだ。
返す言葉を持たず唇をかみ締めるゼキルくんに、セレーラさんが語りかける。
「ゼキル様、あなたはまだ冒険者というものを知りませんわ」
その目は厳しいが……なぜだろう、どことなくうれしそうな気がする。ジェラシーである。
「……どういうこと」
「究極的なことを言ってしまえば、世界は力と力のぶつかり合いでしか成り立っていませんわ。ギルドが、それに……貴族が人々を従わせることができているのも、力を持つがゆえに過ぎません」
うわー、この社会制度で貴族に対してそんなこと言っちゃうんだ。貴族って、血がどうとかっていう選民思想的なノリで、民の上に立つのが当然とか思ってるやつら多そうだし。
さすがセレーラさん、惚れなおしちゃう。
っていうかルチアも貴族だったんだけど……。
ちょっと振り返って見てみたら、不思議そうにされた。この子はもう貴族だったことを忘れてるのかしら。
ルチアとは違って唖然とするゼキルくんに、セレーラさんはなおも続けた。
「保身や利益のため、人は力ある存在に従いますわ。ただ、そうではない者もいます。何者にも屈さず、危険を省みず、ひたすらに我を通す。それは犯罪者だったり奇人変人だったり……時と場合と見方によって、姿は変わりますけれど」
なんでかな? なんでセレーラさんは途中でこっちをチラっと見たのかな?
「でもそういう者が冒険をする者であったとき、それこそが真に冒険者と呼ばれるべき者なのではないかしら。そういう者が新たな道を切り開き、偉業を成してきたんですもの」
職業冒険者と本当の冒険者は違う、ということだろうか。よくわからんけど。
「……彼らがそうだと? だから僕たちは負けたのか?」
「それはまだわかりませんわ。ただ、冒険者ギルドというのは、そういう者こそを支援するのが本来の役目なのではないかと思いますわ。ですから──」
……話は続いてるけど、これってセレーラさんゼキルくんをいさめるとかを越えて、教育してるよね。
全部セレーラさんのシナリオ通りってわけじゃないのはわかってるが、いつの間にかうまいこと教育の場として使われてしまった。
このギルマスではいつも大変だろうし、そのこと自体は別に構わないが、話の内容がな……。
冒険者や冒険者ギルドの在り方とか、どうでもいいよ……。
つまんないからニケとルチアに構ってもらおうと思ったら、二人とも聞き入ってるんですけど。
あれ? ニケが退屈してる俺をほっとくなんて珍しくない?
しょうがないから、折れた机を将棋盤にでも改造してようかな。
このまま捨てられてしまうよりは、俺が有効に利用する方が机も喜ぶだろう。
机を部屋のすみに運んで、マジックバッグから解体用のチェーンソーを取り出す。
スイッチを入れ、ジョイーンバリバリバリと快調に切断して形を整えていく。これ動いてる相手だとすぐ壊れてしまうので、戦闘には使えないのが残念だ。
「マスター……」
「主殿……」
「タチャーナさん……」
「キミって……」
「ああ、そうですね。ゴーグル忘れてました。ちゃんとつけるので、どうぞ続けてください」
「…………もういいですわ。ゼキル様、続きはまたの機会に」
「あ、うん…………ぷっ、くっ、くくくくく、あははははは!」
なんだかゼキルくんが声を出して笑いだしたが、今集中してマス目を刻んでいるところなのだ。邪魔をしないでほしい。
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