4-14 このあとめちゃくちゃ説教された
昼食を食べ、少しラボで作業してから再び六十五階層に出た。
それから俺たちと距離を取ったニケの手には、青いボール──作ったばかりの魔石爆弾が握られている。
その中身は前にアイシングリバティから手に入れた、氷属性の魔石だ。氷属性の魔石は白かったが、白は無属性で使っちゃったから爆弾は濃い青にした。
「それでは発動します!」
手を上げて返事すると、魔石爆弾をセットしたニケが素早く戻ってくる。
そしてセットしてからカウント十八、鈴の音のような高い音が静かに響いた。
「これは……」
「美しいな……」
ダイヤモンドダストと呼んでいいのだろうか。
その光景に、二人から感嘆のため息が漏れる。
魔石爆弾を置いた周囲に発生したのは、灼熱の場に似つかわしくない濃霧。
おそらく極小の氷の粒で構成されているであろう霧が、日の光や溶岩の光を反射し、キラキラと白やオレンジに輝く。
奇妙な話だが暖かみを感じてしまうような光は、この暑さの中にしては驚くほど長く続いた。
終わってみれば、直径三十メートル近くと思われる範囲の溶岩が冷え固まっている。
「これなら道がなくなっても進むことができるな」
「それにこれだけの足場が確保できれば、戦闘も無理なくこなせますね」
発動まで若干時間がかかるが、ニケの〈危機察知〉があれば戦闘開始してすぐには舞台を用意できるだろう。上手くいけば敵を巻き込めもするかもしれない。
……そんな至れり尽くせりの結果を前に、たぶん俺は能面のような顔をしている。
「主殿、気持ちはわかるが……ステータスも上がっているし、きっと前よりは、な?」
「現実的に考えれば、これが最も早く進む方法ですから」
わかってるよ……わかってるけどさあ! またあの凍てつく階層に戻らなきゃならないなんて!
しかも今度は、外でアイシングリバティを探し回らなきゃならないのだ……それも相当な数を。
水属性の魔石を持ってる魔物は洞窟の地底湖にもいたが、氷属性を持ってるのはアイシングリバティしかいないのだ……こんなに暑いのに心は凍りつきそうである。
「さあ今は全て忘れて帰りましょう、地上に」
「そうだそうだ。地上はすごしやすいぞー」
「うん、僕帰るぅ……」
二人によしよしされ、冷えきった心を揉みほぐされながら帰途に着いた。
……が、そこはどこよりも地獄だった。
「あら、皆さんお帰りなさいませ」
お昼過ぎに久々にギルド内に入った俺たちを、笑顔のセレーラさんが迎え入れてくれる。
だが一瞬でわかってしまった。
この笑顔は爆発しそうな怒りを抑え込むための、氷の笑み……いや、暴風雪の笑みなのだと。
「は、はいっ、おかげさまで元気いっぱい夢いっぱいお腹いっぱいで帰って参りました!」
「まあ、それはよかったですわ。あなたが『六十階層のボスなんて朝飯前です。さくっと倒して、すぐに戻ってきますよ』とおっしゃっていたのは何日前かしら。ずいぶんと、ずいぶんと時間がかかっていたので、それはそれは、もうそれはそれは心配しましたのよ。食事も喉を通らないくらいに」
ニッコニッコとひりつくようなプレッシャーで追い詰めてくるセレーラさん。
今の俺にはあの縦ロールが、俺をくびり殺した上でぶら下げてアクセサリー替わりにするための禍々しい拷問器具にしか見えない。
ゆえに俺は、非情な決断を下さねばならなかった。
「違うんですセレーラさん! 悪いのはこの二人なんです!」
悪く思うなニケ、ルチア。
これは決して二人を売ったわけではないのだ。事実を述べただけなのだ。俺は帰ろうって言ってたのに、ノリノリになってしまった二人に強引に連れていかれたのだから。
でもこれで二人が謝れば、万事解決だ。
俺はなぜかわからんけどよくセレーラさんに怒られるが、二人はそんなに怒られないし。
さあ二人とも、セレーラさんに頭を下げ──
「我々のせいにするなんてひどいのではないか、主殿」
「私たちはマスターに従っただけなのですが……」
なっ……バカなっ! 俺が売られた!? 俺は無実なんだぞ! セレーラさんのプレッシャーに、この二人が負けたというのか!?
悲しげに顔を伏せる二人に驚きが止まらない。
っていうかニケちゃん笑ってるの丸わかりなんだけど! ププッて聞こえたよ! 俺を抱っこしてるから!
「ウフフ、それはそうですわよね。タチャーナさんがこのパーティーのリーダーなのですもの。進むも戻るも、歩む道を決めているのはあなた」
「ち、ちがっ、ほらっ、ちゃんと見てください! 僕自分で歩いてないでしょう?」
「もう結構ですわ。こちらへどうぞ」
笑みをスッと消したセレーラさんが、クルリと回る。カツカツと靴音を響かせてギルドの奥へと歩いて行った。
すれ違う職員はセレーラさんの顔を見て、引きつった表情で目をそらしていた。
「オ、オマエタチ……
「す、すまない主殿。つい」
「日頃の行いの差ですね」
「ふえぇ、ひどいよお」
「早くなさい!」
説教部屋を前に、セレーラさんがカツーンと靴音を響かせる。
ダイバーも含め、ギルド内の全員がビクッとした。
「はいっ、今行きますです! ……でもなんだかお説教も久しぶりですねっ」
「なんであなたはうれしそうにしてますの! もーーーっ!」
こうして久々の地上は、セレーラさんの愛ある説教から始った。
前にニケが壊しちゃったけど修繕が済んでいた説教部屋で愛を確かめ合った俺たちは、仲良くギルドの三階へ。
「あれは本当にマスターに従っただけなのですが」
「あそこは説教部屋ではありませんわよ……ただの会議室なのに、あなたが毎回問題を起こして入っているだけですわ」
そうだったのか。言われてみれば、他の人が説教されてるのを見たことがない。なんで普通に生きてるのに俺ばかり説教されるのだろう。
しかしゆうに一時間以上説教されたが、それだけ心配されていたということだ。愛されているというのは間違いないはず。
「あなたと関わると眉間にシワが増えそうですわ。お祝いはなしですわね」
「そんなっ!? 愛はいずこに……セレーラさんのウソつきぃ!」
「あなたに言われたくありませんわ!」
だから今回のは俺のせいじゃなくて、ウソなんてついてないのに……。
「こちらですわ」
お祝いの懇願をしても流し続けるウソつきセレーラさんが、一枚板で作られた豪華な扉の前で止まった。
ノックすると中から小さな声がかかる。
「……どうぞ」
「失礼します。タチャーナさんのパーティーをお連れしましたわ」
俺たちが連れてこられたのは、ダイバーズギルドのギルドマスターの部屋である。
六十階層を越えたダイバーは、ギルドマスターにS級と認定されるのが通例なのだ。本当はB級からそうらしいけど。
俺たちもセレーラさんに続いて、それぞれ礼をしながら入る。俺はニケに抱っこされたままだが。
「……本当にこんな人たちなのか」
執務椅子に座っていたのは、ずいぶんと若い男だった。二十歳をちょっと越えたくらいで、茶髪でなよっとしている印象。
貴族の子息なのでくれぐれも失礼のないようにと、セレーラさんから何度も言われたのだが……こんな若いとは思ってなかった。
お飾り臭がぷんぷんである。
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