4-13 帰りたかった



 ついにやってきました、六十階層台!

 これで俺たちも晴れてS級だ。

 なにより、凍結地獄から脱出できるというのがうれしい! あんなとこもう二度と行くか!


 もちろん六十階層のボスは倒した。

 ゴリラっぽい顔が胴体の真ん中にある、パーマフロストヒバゴニアンというでかい魔物だった。


 四本の巨大な腕とも脚ともつかない四肢を持ち、雪の上でもなんのその。二本足や四本足で立ったり側転したりバク転したり、自在に動き回って大変だった。


 だからこっちは無闇に追い回さず、待ち構えて純粋な力比べに持ち込んだのだ。

 そして足を一本ずつ潰していったのだが、しまいには一本足で立って驚いた。それで潰された手足を振り回してくるのだから、敵ながら天晴れだった。


 いやー、今思い返しても、本当に見ごたえのある戦いだった。

 え? だって俺シータ使えないから戦ってないし。

 観戦しながら食べた自作の芋けんぴが、結構上手にできてておいしかったです。あとはヤケドしない程度に、たまに〈熱線眼〉をピュッとして邪魔するくらいはしてみたけど。


 とにかくこれで厚着ともおさらばだ。

 やっほうと喜び勇んでゲートをくぐったのだが……。


「あっつい……あづいよお」


 そりゃそうだよね、火山地帯なんだから。すぐそこを溶岩流れてるんだから。一分深呼吸してたら、肺が焼けてしまいそう。

 見渡す限りゴツゴツした黒い火成岩の岩肌と灼熱の溶岩だけで、草木の一本も生えていない。


 火属性で火山って、安直かつしんどすぎるよ……でも個人的には寒いより暑い方が好きなので、五十階層台よりはマシだけど。


「これはたしかに、厳しいっ」


 俺を抱えるルチアは、今回は息を荒げてきつそうだ。

 ルチアは盾役だから、あまり薄着になるわけにもいかないせいだろう。着ている厚手のシャツも汗が染み込んでいる。

 さすがに暑いだろうし俺も自分で歩こうかと聞いたのだが、そこは頑なに断られた。


 でも俺も暑いし、ルチアのシャツが俺の首にぺったり張りついている。

 いくらムニムニが気持ちいいからとはいえ、プラスマイナスで考えると……やっぱりプラスかな。


「魔族領を思い出します……」


 前を歩くニケの声にも当然のように力がない。寒さ同様、暑すぎるのも慣れてないのだ。籠手やすね当ても暑いので装備せず、剣一本で戦っている。


 ニケは普段スカートの中に俺が作ったスパッツもどきを履いているが、他のパーティーもいないので今は履いていない。

 戦闘中俺の視線が固定されてしまい、非常に危険だ。


「魔族領というのはこんなところなのか」


 ニケはお婆……人生経験豊富だから行ったことがあるが、ルチアは魔族領になど行ったことはないらしい。

 まあ当たり前か。遠いし、人と魔族は仲が悪いし。

 そもそも交通の便が悪いから、産まれた国を出たことのある人の方が珍しい。


 魔族については聖国にいたときそれなりに学んだ。

 太古の時代、人と魔族はこの星の覇権をかけて争った。そして勝ったのは人間である……と、リグリス教では説いている。


 でも本当に争ったのだとしても、実際はおそらく痛み分けってとこだろう。魔族と魔族領は今も昔と同じように存在してるし。

 魔族領は南米と北米の間よりもほっそい陸地で、人族領と繋がっているそうだ。


「全てではありませんが、ここのような酷暑地帯や五十階層台のような寒冷地など、魔属領は過酷な環境が多いですね」


 それは大変だとも思うが、そんな環境だからこそ生きてけるようなやつらもいるのだろう。


 っていうかさ……。


「ねえ……帰んない?」


 実はね、もう六十四階層なんだよ! 六十四!

 もういいんだよ? 一気に進まなくても。

 五十九階層で地上に戻ったとき、セレーラさんがちゃんと俺たちの特例をもぎ取ってくれてたし。


 それなのに「少しだけ先を見ておきましょうか」「うんそうだな」とか言って、どんどん進んでくんだよ……全然少しじゃないんだよ……二人もキツいはずなのに、なぜそんな貪欲なんだ。


「どのみち通る道ではないですか、マスター。私たちは水晶ダンジョンを攻略するのですから」


 ええ……どんだけ本気で攻略する気なの。ここで攻略終わろうという気は俺もないが、もうちょっとゆっくりでもいいんじゃないかと思う。


「それにステータスも高めておいた方が安全だろう?」


 地上に上がってからの話だろう。ルチアは色んなやつらがたかってくるのを警戒してたし。


「でもさ、もうここらの魔物は大体食ったんじゃないか?」


 溶岩の中から突然飛び出てくるカエルみたいなのとか、空から襲ってくるブレイズワイバーンとか、手強かったので言うとルミナスサーペントという火の化身みたいなのとか。

 六十三階層までの魔物で〈アップグレード〉した結果、水晶ダンジョン来る前に比べて、全てのステータス値が五割増し以上になっている。


「仕方ありませんね。セレーラも待っているでしょうし、六十五に入ったら戻りましょうか」

「六十四入ったばっかだよ? 入り口すぐそこだよ?」


 俺の涙ながらの訴えに、血も涙もないニケは首を振る。


「ここまで来たのであれば六十五には行っておきましょう。見てもらってから、対策を講じなければなりませんから」

「対策?」

「はい。見てもらった方が早いので行きます」


 そう言って有無を言わさず歩き出す。

 もう出入りは自由になるんだし、それも鋭気を養ってからでいいんじゃないかな……。




 そして三日後──


「うわぁ……」

「これは……」


 俺とルチアは、その光景を前に絶句するしかなかった。

 六十五階層は、七割がた溶岩に埋め尽くされていたのだ。


 陸地は溶岩の中に浮かぶ、クモの巣のように細い道だけ。

 その幅はまれに広いところもあるが、平均すれば六人パーティーがなんとか横一列に並べる程度しかない。大きな敵も多い中でのこの狭さは、かなり足を引っ張りそうだ。


 そして〈鷹の目〉を発動して上から見てみると、細い道は迷路状に入り組んでいることがわかる。

 おまけに浮き上がったり沈んだりで、正解のルートも変動し続けている。


 なるほどな。今はどうか知らないが、『マリアルシアの旗』もここで止まってたわけだ。

 地面から見ると正しい道など全くわからないし、たとえ〈鷹の目〉などで正解の道を進んでも、道が変わればやり直しになってしまう。

 しかも階層が進めば、さらに道が細くなったり複雑になったりするんだろう。

 ニケが対策を講じる必要があると言ったのもうなずける。


「ここを越えた者たちは、どのようにして突破したのだろうか。ニケ殿が以前来たときは?」

「ここを越え七十にたどり着いた者たちは多くないでしょうが、やはり〈氷魔術〉により溶岩を冷やして道を作って進むのが一般的ですね。私が越えた三度のうち、二度はそうでした」

「ニケ、残る一度は?」

「地道に一層ごとに何泊もしてです」

「それはきつすぎんな」


 そんなことしてたら事故も起こるだろう。

 ラボで休めている俺たちでさえ、この前ルチアが溶岩に片足を突っ込んでえらいことになっているし……〈アップグレード〉で治ったけど、恋人が苦しむ姿を見たいわけがない。


「氷魔術か……水で冷やしては駄目なのか?」


 ルチアちゃんの素朴な疑問。

 まず間違いなくダメである。

 日本で教育受けてれば、溶岩に水とかかけたらどうなるか想像つくが、ルチアは異世界育ちだし仕方ないだろう。


「初めて来たときに、パーティーに氷魔術持ちなどいなかったので水魔術を試しましたが……」

「とんでもないことになったろ」

「わかるのですか?」


 うなずいた俺は首をかしげるルチアを呼び寄せ、マジックバッグから出した木のコップを渡した。

 それに水筒から水を半分入れる。


「よしルチアくん、実験だ。その水をそこの溶岩にまいてみなさい」

「わかった」


 なにも臆することなく、ルチアは溶岩のすぐそばまで近づく。

 そして手を伸ばしてコップを逆さまにした。


「って、バカぁん!」

「わーーーっ! あつっ、あっつ!」


 バシュンと起こったのは、いわゆる水蒸気爆発というやつだ。

 爆発的に大量発生した水蒸気で溶岩がちょびっと飛び散り、俺の恋人が苦しんでいる。


「主殿ぉ……」

「まいてみろって言っただろうに……」


 そんな恨めしそうに泣きそうな目で見ないでおくれ。ポンコツ可愛さに襲ってしまいそうだ。こんな姿なら何度でも見たい。


 それとニケちゃん。


「お前はやらんでいいっ」


 俺を片手で抱え直して空いた、ニケの反対の手をガシッと掴んだ。

 その手には、いつの間にか水をなみなみとついだコップが握られていたのだ。


 ニケのVITでその水量を足元水蒸気爆発は危なすぎるわ! お前も十分ポンコツ可愛いよ!

 しぶしぶといった雰囲気でコップをしまったニケに安堵する。そこまで体張って対抗しなくても……ていうか俺抱えたままやろうとしてたよね!?


「うう、なぜあんなことになったのだ?」


 下級ポーションを飲んで軽いヤケドが癒えた、ルチアちゃんの素朴な疑問第二弾。


「水は水蒸気になると、体積が何百倍だか千何百倍だかになるからな。それが大量に起こるとああなる」


 ニケはなんとなくはわかってただろうが、しっかりと考えたことはなかったのだろう。ルチアと一緒になるほどーと言っている。


「それにしても氷魔術ねえ……そんなの持ってないしなあ」


 氷魔術を見たことはないが、単に氷を発生させるというだけではないのだろう。周囲の物体の温度を下げたりとかもできるに違いない。

 そうでなければ、結果は水とたいして変わらなくなってしまうだろうし。


「氷魔術自体、持っている者は珍しいですからね。ここを越えようというパーティーは、持っている者を勧誘するか……あるいは『遺宝瘤いほうりゅう』から出ることを期待して、探し回るという策を取るかと思います。実際私が越えたときも一度は遺宝瘤から出ていますし、この周辺からは出やすいのではないかという話でした」


 遺宝瘤というのは、ダンジョン内に不自然に存在するコブのことだ。その中には金銀財宝や、どこかの誰かが落とした物品などが入ってたりする。

 要するに宝箱であり、一般的にも宝箱と呼ばれている。


 その遺宝瘤の中身で大当たりなのが、スキル習得スクロールである。

 俺が聖国にいたときもらって〈MP消費〉を覚えたやつだ。


 俺たちはダイバーがよく通る安全なルートでここまで来てるから、一度しか遺宝瘤を見つけていない。

 中身はちょっとした宝石と鑑定スクロールと、誰かの落とし物の鎧だった。鎧は男物で汗くさそうだったので、そのまま捨てた。


「氷魔術のスクロール出たときは、どんくらい探したんだ?」

「……たしかレベル上げをしながら、運良く四ヶ月ほどで」

「そういう感じだよね……」


 スキル習得スクロールというのは、そんなにポンポン出るもんじゃないのだ。よく四ヶ月で見つかったな。


「どうする主殿。探すか勧誘するか、それともこのまま進むか?」


 俺たちにはラボがあるから、そのまま進むという手もなしではないだろう。

 だが、怖い。

 このあいだのルチアはケガで済んだが、二人が取り返しのつかないことになってしまったら……。


 もちろん戦ってるんだから、その可能性はいつでもついて回る。

 でも確率の問題だ。危なすぎる手段は選べない。こんな狭い道で長い期間戦うのはごめんこうむる。


「このまま進むのはなしだ」

「そうだな、私もそれがいいと思う」


 ルチアは俺の心配してるんだろうな。一番危ないのはルチアなのに。


「探すにせよ勧誘するにせよ、ここでだいぶ足止めを食らいそうですね。なにか代替案があればいいのですが……」

「代替案ねえ。そう都合よくは見つからないと…………あ」


 はっきり言って、思い出したことをものすごく後悔してるんだが……あったな、アレが。


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