2-07 次までおあずけだった



「どうやら私は、とんでもない人に買われてしまったようだな……」


 ルチアが眉間を押さえてしみじみと呟く。ニケが人になった経緯を聞き、ショックからなかなか立ち直れないようだ。


「褒められた」

けなされているのでしょう」

「ハハ、どちらだろうな。私にもよくわからない」

「ルチアはニケを人にすべきじゃなかったと思うか?」


 傷とは関係なくひきつった笑みを浮かべていたルチアは、俺の問いにしばらく沈黙してから口を開いた。


「正直に言えば、なんということをしてくれたんだという思いはある。だが、シュ……ニケ殿は今幸せなのだろう?」


 ルチアが視線を向けると、ニケははっきりと頷いた。


「これ以上ないほどに」

「ならば、主殿はきっと正しいことをしたのだろう。責めるわけにはいかないな。個人的には神剣シュバルニケーンを一目見てみたかったが」


 そう言ってルチアは柔らかく笑う。なんとも気持ちのいい女性だと思う。


さやならあるけどな。そうだ、神鋼オリハルコンが手に入ったら、レプリカ作ってやるよ」

「ほ、本当か!」


 ルチアがすごい食いつきで、ぐっと体を寄せてきた。そんなに見たかったのか。

 というか……なんかルチアっていい匂いがする。


「任せとけ。当然形しか再現できないけどな」

「私の紛い物を使われるというのは、私としては微妙な気分になりそうですが……」


 確かに自分のそっくりさんが、自分の知り合いと話とかしてたら微妙な気分になるかもしれない。


「さて、これで俺たちのことについてはだいたいわかってもらえたと思うから、次はルチアのことを教えてくれないか。俺はルチアのことをもっと知りたい」

「それは構わないが……私の話など、二人に比べたら全く面白味がないと思うぞ」

「じゃあ面白おかしく脚色して話して」

「む、無茶を言わないでくれ。私はそんなに喋り上手ではないのだ」

「そこで真面目に答えるから、マスターにからかわれるのですよ」

「な、なるほど。ではどこから話したものか」

「胎児だったころからで」

「無理だから! ……くっ、またしても」


 この調子でからかい続ければ、いつか幻のクッコロまで披露してくれそうな女騎士ルチアは、咳を一つついて姿勢を正した。


「では改めて……ジルバル殿は私のことをルクレツィアとしか言わなかったが、実は私のフルネームはルクレツィア・オイデンラルドと言う。側室の子ではあるが、グレイグブルク帝国で伯爵位を授かるオイデンラルド家の、次女だ」

「おお。なんだ、なかなか面白そうじゃないか」


 隠しきれない上品さが出てたのは、貴族だったからか。


「そんな感想か……」


 がっくりと脱力するルチアから、またフワッといい匂いが漂ってくる。なんだろう、香水……というほど強くはないし、体臭なのかな。


「貴族の子女が騎士という危険な職に就いたのですか……私は今の帝国についてよく知らないのですが、珍しいことなのでは?」

「女の場合はまれだろうな。帝国は実力主義の面が他の国より強いと聞くが、貴族の娘が政略結婚の道具とされるのは似たようなものだ。だが私はこの髪と肌の色が少々問題があって、家から疎まれていたのだ」

「うんうん、褐色肌ってなんかエロいよね」


 ルチアはラテン系の褐色肌といった具合で、健康的でありつつもあでやかだと思うの。

 しかもほどよく筋肉がついていて体が引き締まっている。イメージとしては、腹筋とかきれいに縦線が入ってる感じ?

 そんな体がミルクチョコレートでコーティングされているのはたまらなくセクシーだ。


「えろ!? ええと、なんだがまた話が噛み合ってないのだが……まあそんなわけで私は好きなように生きられたのだ」

「深い紫の髪色と褐色の肌ですか……濃色の髪や肌は魔族に多いですから少し連想させはしますが、人間にもそういった者はいるでしょう?」

「その少しというのが問題でな。髪色は母譲りなのだが、父も母も肌の色は白いのだ。そのせいで私は気味悪がられ、母は魔族と不貞を犯したなどと言われ失意の内に亡くなってしまった」

「そうか……」


 ノースリーブから飛び出る、ルチアのむき出しの肩をツンツンしてみたい。ニケよりも少し筋肉量が多くて、いい感じにプリっとしてるのだ。


「だから私は自分の力で生きていこうと決心し、アドラスヒル様……」

「どうしました、私の顔になにかついていますか?」

「あ、いや、なんでもない。とにかく師のもとで一心不乱に稽古に明け暮れた。そして幸いにも私の重騎士は、守りに優れる比較的珍しい職業だったから、騎士団に入ることができた。だが騎士団でも私は疎まれてな。女の私を引き立ててくれた人もいるのだが、それがまた騎士たちのしゃくに障ったようだ。結局ハメられて傷つけられ、敵に捕まった。そのときにこの有り様になったのだ」

「そうか……」


 にしてもルチアはいい匂いだ……甘さと爽やかさのバランスがいい。ずっと嗅いでいられる。


「そして捕虜となった私の身代金をオイデンラルド家が払うことはなく、私は奴隷になった。実家にしても私をハメた騎士たちにしても、私が生きて帝国に戻ってしまっては都合が悪いだろう。だから私を連れて帝国に行けば、厄介事に巻き込む可能性がある、というわけだが……あの、主殿、私の話を聞いていたか? というか近い、近いっ」

「そうか……」


 もっと嗅ぎたい……この細く引き締まった首の辺りとかどうかな……あっ逃げないで。逃げられたら追ってまうやろー。


「聞いていませんね。どうやら発情しているようです」

「はつっ!? いやいやいやいやさすがにそれはないだろう、こんな体の女に。というか、私の話を聞きたいと言ったのは主殿で、しかもそこそこ重たい話をしていたと思うのだがひぁっ、鼻息が首筋にぃ」

「そうか……」


 むふぅ、たまりませぬ……舐めてもいいかな? ちょっとだけだから、ちょっと味見を──


「あばばばば! な、なんばしよっと!?」


 ビリビリきたすっごいビリビリきた!

 振り向けばそこにはニケの視線が絶対零度。


「マスター、ルクレツィアが怯えています。彼女を求めるなとは言いませんが、初日からジルバルの期待を裏切るやり方をしてどうするのですか」


 気がつけばルチアはソファーで横になり、俺はその上に覆い被さるような体勢だった。


 ふむふむ……俺は雇用主。ルチアは従業員。

 これはあれだ、まごうことなきセクハラである。

 だがこの世界ではセクハラという概念はない! ここは漢らしく強気でいけばいいのだ!


「すみませんごめんなさい! ルチアが色っぽくてつい魔が差したというか、いい匂いがしてふらふらーっとほんとにごめんなさい!」


 ソファーから飛び降りた俺は、強気で床に頭を叩きつけた。やはり土下座こそが漢の生き様であろう。


「いっいや、別に怯えていたわけではないが……困惑はしている。主殿は私をからかっているのか?」

「からかうというのはどういう意味でございましょうか」

「だからその、色っぽいとか……と、とにかく頭を上げてくれ、私は奴隷なんだぞ。私に何をしたところで、主殿が謝る必要などないのだ」


 俺は床に頭を擦りつけながら首を振った。


「無理っす。もともと奴隷とかいない国で産まれたから、奴隷だグヘヘ俺の好きにもてあそんでやるぜみたいな清々しい思考にはなれないでござるにんにん」

「それなのにあんな迫り方をしてしまうのですね、マスターは」

「うあぁん、なけなしの良心が痛い!」


 なんだかんだでこの世界に俺も染まっているし、はっきり言って敵には何をしてもいいと思っている。

 でも奴隷であろうが、仲間……というか、うん、惚れた相手を傷つけてしまうのはつらい。


「この数ヶ月、私とただれた生活を送ってきてかせが緩んでいた部分もあるのでしょう。それは私にも一因があります。許してあげてくれませんか、ルクレツィア」

「爛れた生活……神剣シュバルニケーンが……いっ、いや、本当に気にしていない。頼むから頭を上げてくれ」


 恐る恐る顔を上げると、ルチアは眉を寄せた可愛い困り顔をしていた。


「ほんとに怒ってない? 嫌いになってない?」

「なっていない。というかその、主殿……」


 一度なにかを覚悟するように息を吐き、ルチアがゆっくりと顔を寄せてきた。

 ぱっちりとした、丸いアーモンド型のルチアの右目。その中に輝く、茶色ベースに青が混じった神秘的で美しい虹彩が、俺を射抜きながら近づく。


 こ、これはあれだよね。

 俺はいつの間にフラグ立てに成功していたのだろう。よくわからんが、俺は目を閉じて唇を突き出した。


 そして唇に柔らかい感触が…………

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