2-08 やはり高弾力メロンだった




 唇に柔らかい感触が…………こない。いつまでじらされるのだろうか。


「主殿は、本気で私を女として見ているのか」


 目を開ければ、ルチアの顔はずいぶん離れた場所にあった。


「ひどい、騙したのね! アタチの純情を弄ぶなんて!」

「す、すまない。そんなつもりではなかったのだが、ちょっと信じられなくて……だって私を捕らえた傭兵たちですら手を出してこなかったのだぞ? 立ちんぼの方がまだマシだと言ってな。主殿は私を……醜いとは思わないのか? というかなぜハンカチを噛んでいるのだ」


 ニケのときもそうだったが、こちらにはハンカチを噛んで悔しさを表現する文化がないのか。カルチャーショックだ。俺が日本にいたころは、三日に一回はハンカチ噛んでたのに。


 それにしてもルチアが醜いか、か。

 初めに見たときは目を背けたくもなったが、すぐに気にならなくなった……などと馬鹿正直に言うのはなしだろう。

 たとえ今俺が気にしてなくても、女の子はそんなこと言われたくないはず。


 ここは褒めるべきだ。俺は童貞とは違うのだ。俺は配慮ができる男なのだ。ニケよ、見ておくがいい。ふふふ。


「思わない。はっきり言って、見た目すごくエロいと思う」

「マスター、それは褒めていません。欲望を吐露しているだけの言葉です」

「なんだって!? じゃ、じゃあルチアは基本凛々しくてかっこいいのに、ふとした拍子に女の子らしくなって可愛くなるよね。しかも柑橘系の匂いがするからずっと嗅いでたくなって、俺はもうとりこだ」

「マスター」

「これもダメ!?」

「私の匂いはどうなのですか?」

「煮詰めた蜂蜜みたいに甘ぁい匂いで、俺は脳髄をやられて中毒になってる」

「ならいいです」

「張りあっただけ!?」


 しれっと俺からの褒め言葉(?)を引き出してご満悦な表情を浮かべているニケにがく然としていると、可愛らしい笑い声が響いた。


「ふふふっ、あなたたちは面白いな……一つ聞くが、ニケ殿は主殿が私を求めることをなんとも思わないのか?」

「ええ。マスターが私を必要としなくなることさえなければ、あとは全て些事さじです」

「それはそれですごいな……本当のことを言えば、主殿がこんな私を女として扱ってくれることはむずがゆくもあるが、うれしく感じている」


 まさか俺のセクハラが高評価だったなんて……。

 いや、同意を得られたということは、セクハラはすでにセクハラではないということだ。


「ただ、私は今まで武に生きてきたせいで、色恋というものがよくわからない。健常であったころは女として見られることなど、鬱陶しいとしか思えなかったしな」


 やっぱりセクハラだったようだ。


「そうか。俺が言うのもなんだが、別に無理することは──んむっ!?」


 今度は目をつむる間すらなかった。


 ルチアの顔がスッと近づき、離れた。

 唇に柔らかな感触だけが残った。


「もし……」


 ただいま絶賛混乱中の俺をまっすぐに見つめて、


「もしあなたに身を委ねれば、私にも少しはわかるようになるのだろうか」


 そう言ってルチアがはにかむ。


「その……流されてみるのも悪くないのではないかと……今の私にはそう思えるのだ」


 それは己の力ではどうにもならない流れに飲み込まれ、その中でもジルバルさんに助けられて俺のもとに流れ着いたからこそ言えた言葉だったのかもしれない。

 ……そう思ったのはあとになってからだが。


 そのときは、俺の頭はショートしていたから。






 頭真っ白にはなったけど、優しくすることはできたと思う。三回ほど。

 でも二回戦が終わってから、治りきっていない怪我が少し痛んでいそうだったのでポーションを飲ませたら、治らなくていいとこまで治ってしまって申し訳ないことになった。


 飲んだのが上位ポーションだったことにルチアは目を白黒させたが、傷が目立たなくなり、動きも楽になって目を潤ませていた。

 いくら自分の状態を受け止めているとはいっても、つらくないわけじゃないよね。始めに飲ませてあげればよかった。


 ちなみにニケは今日は遠慮して、他の部屋で休んでいる。ただ、明日はたっぷり可愛がってもらいますと言っていたので、ちょっと明日が怖い。


 横になって一息ついたところで、薄暗い部屋の中でも汗に濡れて輪郭を際立たせる褐色ボディを引き寄せた。

 その腹筋は、やはりまっすぐな一本線。芸術的なくぼみを指でなぞると、光沢のある体をよじらせた。


「こら、くすぐったい……しかしよかったのか、私に上位ポーションなど飲ませて」

「いっぱいあるから問題ないぞ」

「こういうときはウソでも、お前のためなら惜しくはない、とでも言うべきではないのか」


 俺の肩に頭を乗せるルチアが、いたずらっぽく笑う。

 傷のひきつれも少なくなり、自然に笑えているおかげでより魅力的に見える。


「その言葉はエリクシル作ったときに言うわ」

「……本気で言っていそうだな」

「当然だ。それで、少しはわかった?」

「いや、なにもわからない。今はあなたのことで頭が埋めつくされて、なにも考えられない」


 そんなことを言われてしまったら、まだ眠るわけにはいかないと思うんだ。






「これがラボか……すごいな」


 昼に起きた俺は、ラボにルチアを招待した。

 ここで生活するにあたりなにが必要か考えてもらい、あとで買い物に行かなければならない。と言っても服とかちょっとした小物以外揃ってるけど。


「ルクレツィア。これが私の鞘だったものです」

「おお! これが……なんて気品のあるこしらえだ」

「これ自体にはなんの力もありませんし、私の記憶にある限り八代目になりますが」

「なるほど。それでも見事なものだと思う」


 二人が女同士、キャイキャイやっている……と言うには武骨な話をしているが。

 俺はその間に、ルチアの失われた左腕について考えておこう。


 やはり今のままでは不便だろうし、義手を作ってやりたいところだ。

 もちろん形だけを作ることは全く問題がない。人を丸々作れたわけだし。


 とはいえ生物的な義手を作ってもすぐに痛むだけだから、無機物にするのは規定路線だ。

 それで魔石を動力として、魔導具の要領で義手を動かすことは不可能じゃないとは思う。しかしあまり複雑な動きには対応できないだろうし、強度の問題もある。

 うーん、やっぱり試しに作ってみなきゃわからないか……。


 いっそのことルチアと義手を錬金でくっつけちゃえたりしないだろうか。そうすれば自由自在に動かせるかもしれない。

 なーんて無理か。

 そもそもそれができるなら、わざわざ義手を作らなくてもよさそう。その辺に転がってる素材とルチアを錬金して、新しい手を生やすことができる気がする。


 ニケの〈無限収納〉で保管してもらわなくても問題ない素材は保管部屋に置いてあるので、ちょっと覗いてみる。


 んー……例えばこのブレードタイガーブラックの黒い牙をベースに、所々ミスリルで装飾されているような左腕が生えていたらどうだろう。


 ちょっと錬金でそんな姿になったルチアを想像してみた。

 うん、なかなかかっこいいかもしれない。

 まあそれはさすがに………………






 ………………できるんかーい!



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